26-6
「今日はよく頑張ったな、疲れたろ」
帰りの馬車で、ゼフト部長が肩の力を抜いて笑う。
最後のダンスまで無事踊り終え、帰路についているところだ。
社交デビューをなんとか終えることができ、ほっと胸を撫で下ろす。
「部長、パートナー本当にありがとうございました。大変心強かったです」
「ははは、なら良かった。悪いがダンスカードを見せてもらえるか?」
カードを渡すと、部長が苦笑いをする。
「画に描いたような外交窓口っぷりだな。国外勢とのダンス中の会話、記録するから後で教えてくれな。……俺が把握する前に踊ったのは、子爵だけか」
「はい……ジェビオラ子爵閣下だけ、です」
ジェビオラ子爵ご夫妻……リュート様の、実のご両親。
シン、と馬車に静寂が訪れる。
「…………子爵夫妻には、手紙を送らなくていい。向こうも承知している」
「はい、わかっています」
お二人は、リュート様を養子に出したことで書類上は縁が切れている。私と懇意にすることで、この状況に巻き込みたくはなかった。
◇
「本当にお前までこっちでいいのか?」
「はい、リュート様と約束していますので」
ゼフト部長と私、二人とも家ではなく技術部棟に戻ってくる。
部長は今日の報告書作成、私はリュート様に顔を見せにいくためだ。馬車を降りる私をエスコートしながら、部長が声をかけてくる。
「ストックリー」
「はい」
「……リュートにダンスカード、見せてやれ。大丈夫だから」
馬車のステップを降りきったタイミングで、部長が誰かに私の手を譲る。
「おかえりカレン。やっぱり似合うね、このドレス」
「リュート様っ?」
「心配で馬車寄せまで来ちゃった。大丈夫だった?」
私の手を握っていたのは、リュート様だった。
包み込むような優しい、優しい赤茶色の瞳と微笑み。
泣きたいわけじゃないのに、勝手に目が潤む。
「……っ」
「カレン?」
「気ぃ張ってて疲れたんだろ。早く連れてってやれ」
ゼフト部長の言葉に、少しだけ何か考える素振りを見せたリュート様は……何を思ったか、私を抱き上げた。
「きゃっ!?」
「あ、すごい。やっぱりドレスって結構重いんだね」
「何やってんのお前……」
「え?疲れてるならこの方が早いかなって……違った?」
部長の呆れた声に、リュート様が不思議そうに答えた。
◇
「重いのにすみません……」
「ふふ、いいよ。お疲れ様」
リュート様は、結局顧問室――さらにその奥の仮眠室まで私を抱えたまま戻ってきた。
私も頭では降りなくてはと思っていたのに、安心する温もりから抜け出したくなくて、そのまま甘えてしまった。思ったより疲れていたらしい。
「舞踏会、大丈夫だった?ごめんね一緒に行けなくて」
「いえ!部長がほとんど面倒を見てくださって、私はダンス以外は本当について回っているだけで……」
ベッドに二人並んで腰掛け、話をする。
舞踏会明けの今はもう、深夜というより未明に近くなっている。本当ならリュート様にも睡眠をとっていただかないといけないのに、口が勝手に動く。
「ダンスカードも、驚きました。私、全然埋まらないと思っていたのに」
「そんなに申し込み来たの?妬けるなぁ」
「ええっ?あ、あの……えっと、ご覧に、なります?」
震える手でカードを渡す。緊張で鼓動が早くなる。
「ああ、ゼフトとルーク君と……この辺は他の国の人?名前の感じが違うね」
「は、はい。国外の方が多くて」
「ふーん……」
――ふと、リュート様の動きが止まった。
じっと見つめているのはもちろん、ジェビオラ子爵……実のお父様のお名前が書かれている欄だ。
声をかけていいのか分からず、おろおろしてしまう。
「……あ、あの、リュート様……」
「っふふ、あははっ。……あぁー……そうくるか」
リュート様は笑いながら眼鏡を外し、目元を手で覆ってしまうと、そのまま大きく深呼吸した。
しばらくの沈黙の後、目元を覆ったままのリュート様が口を開く。
「トゥルペ侯爵家に養子に出されてから、一度も会ってないし手紙の遣り取りも無いんだ。父さ……子爵夫妻はお元気そうだった?」
「は、はい!奥様はとても賑やかな方でとてもお優しくて、旦那様は物静かな方でしたが、笑うと……リュート様そっくりで……」
どうしよう。お二人がどれだけ素敵な方々だったか、きちんとお伝えしたいのに。どんどん涙が溢れてくる。
「……ひっく、うぅ……」
「……ありがとう、教えてくれて」
リュート様は目元を覆った手を外し、泣きじゃくる私の頭をゆっくりと撫でてくださる。
――その目元が少しだけ赤くなっていることに、気付かないふりをした。




