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ルキウス様の言葉に、にっこりと微笑みを返す。
「申し訳ございません。わたくしには、あの方を言葉で表現することなどできません」
「妻でしょう?」
「妻だからこそ、です。きっとあなたのご満足する言葉ではないでしょう」
正直にリュート様がどんな方か、お伝えするわけにはいかない。
人物像というのは貴重な情報で、防諜の観点からそれを漏らすわけにはいかないからだ。
私は、リュート様を守るためここに居るのだから。
私の言葉と態度からその事を察したのだろう、ルキウス様が今までとは違い、すこし素に近い笑みを浮かべる。
「成程、貴女のような女性を妻に出来る男だ、という事は理解しました」
◇
ルキウス様とのダンスを終え、休憩を挟みつつも大使様や文官様とダンスをさせていただいた。
皆様、リュート様にご興味がおありの様で婉曲に聞いてくる。
更にもう一つ、皆様が必ずお話してくることがあった。
「そういえば、御国では『銀』の価値が相場より低いとお伺いしました。」
今ダンスを踊っている、軍事国家の士官様もやはりそうだ。
「まあ、そのようなお話を、どちらで?」
とぼけて聞いてみると、士官様は私の質問を笑い飛ばす。
「はははっ。実に勿体ないことです。我が国であれば、適切な評価のもと取り扱うというものを」
「まあまあ、そうでいらっしゃいますか。……それにしましても、今夜は『銀』の話題をなさる方が多いですわね」
「……ほう?」
「とても不思議ですわね」
そう言って、にこりと微笑んで見せる。
将を射んとする者はまず馬を射よ、ということだろうか。
私の社交界での評判が良くないことを逆手に、待遇改善をちらつかせて懐柔しようとしてくる方が非常に多い。
お姉様やルーク、他にも大切な人が沢山いるこの国を見捨てる予定は、今のところない。
◇
「よく頑張ったな。あとは最後のダンスまでオッサン同士の世間話にでも付き合ってくれ」
国外の皆様のダンスのお相手を務め上げ、戻ってきた私にゼフト部長が優しく微笑む。
正直なところ、精神的な疲労が強かったので部長について歩けるのは大変ありがたい。
部長に連れられて、リュート様の義兄であるレオナルド様のような私的なつながりの方から、魔術院長、国勢院幹部、貴族議員など実務的な方まで様々な方と言葉を交わす。
――本当に、部長は凄い。これだけ幅のある人脈を持ち、それを使いこなすためには並外れた努力が必要だろうに。
「ゼフト君、娘が君と踊りたいそうなんだが、いいかね?」
とある貴族男性から声をかけられる。
部長はもう四十を越えておられるが、その立ち居振る舞いと容姿から人気があるらしい。
父親の後ろで、私と同い年くらいの女性がもじもじとしながら部長を見ていた。
耳を隠した髪型は、未婚の印だ。
「申し訳ございません。パートナーを一人には出来ませんので」
「ああ、それなら心配いらない。娘の友人たちが一緒に居てくれるそうだ」
部長が遠慮しようとすると、女性が二人、そっと私のそばに歩み出る。この二人も耳が隠れる髪形をしているので、未婚なのだろう。
舞踏会中一人きりの女性というのは大変不名誉なことのため、このような場合は女性同士で行動する必要がある。
部長がちらりと私を見たので、「大丈夫」という意味を込めて首肯し、見送った。
三人で軽食スペースに移動し人目が減った途端、それは始まった。
「……鉄臭いですわ」
「まったく、聖女様もどうしてこのような者に施しなどなさるのかしら」
まあ想定通りだな、と思いながら返事を返す。
「お久しぶりです。学園卒業以来ですね」
二人は学園時代、特に私に対して強く接してきた人達の一員だ。
どうせこうなるだろうとは思ったが、部長にダンスを断らせる方が後々に響くと判断して受け入れた。
二人は嫌そうな顔をして私を、私の髪型を睨む。耳を隠さず結い上げる、既婚の印。
「デビュタントもしていないくせに夫人として社交界入りとか、恥ずかしくありませんの?」
「あなたのような恥知らずのおかげで、同窓の私達まで馬鹿にされておりますのよ、わかっていて?」
どうやら、既婚の私が疎ましいらしい。二人とも未婚のようなので、年齢的にも焦っているのだろう。
しかし下手に言い返して万が一にもドレスを汚されたくないので、大人しく言葉を聞く。
リュート様と婚姻証明書を書いた、大切な思い出のドレス。これを汚されるくらいなら、ダンス一曲分罵詈雑言を聞き流す方がよっぽど楽だ。
そう思っていたら、柔らかい声が軽食スペースに響く。
「まあ、とっても美味しそう」




