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8-1

いつもの朝。

各班からの日報や一通りの資料、連絡に目を通したリュート様と今日の打ち合わせを始める。


「今日の基礎研究班の週次報告会、3班に顔出すよう言ってもらったっけ?」

「はい、班長を出すと3班から回答がきております」


リュート様の傍には私が淹れたお茶がある。

コップを取り口に運ぶ手の動きも、かなり滑らかになった。

当たり前のように口にしていただけていることに、胸の奥が温かくなる。


「リュート様、今日は……聖女様が10班へ事前調査においでになります。参加からお変わりないですか?」

「うん、参加する。代わりに週次報告会よろしく。班長達に確認してほしい内容は、昨日渡した分から変わってないから」

「はい!」


宮廷魔導課と技術部、どちらが聖女研究の主導を握るかを決める研究発表会。

公平を期すため、開催される夏までの間、聖女であるクルーゼお姉様がそれぞれの研究室に等しく足を運び、協力するよう取り決めがされている。


お姉様が技術部にいらっしゃる……なんだかくすぐったいな。そんなことを考えていたら、リュート様がこちらを見つめていた。

「サンビタリア」

「はい」

「お姉さんに会いたいなら時間作るよ」

「……」


本当はお会いしたい。先日のルークも心配だし、他にもたくさんお話したいことがある。

でも……。


「……大丈夫です。お姉様にもご都合がありますし」

「そう、気が変わったら言って」

少しだけ握った手に力を込める。

リュート様の優しさは嬉しいけれど、きっとお姉様は喜ばない。



サンビタリアに週次報告会と通常業務を任せ、僕は10班――第十研究室に来ていた。


目の前に聖女がいる、というのは案外、人を高揚させるらしい。

研究の主である10班員はもちろん、この部屋にいる技術部員達の大半が聖女へ羨望や憧れのようなまなざしを向け、浮足立っていた。


「ローゼスさん」

「もしよろしければ、"リーリ"とお呼びください、聖女様……!」


特にローゼスはかなり舞い上がっているらしい、なんとも不躾なお願い事をしている。

キラキラとした瞳で聖女を見つめるその様子は、明らかに夢見る女児のそれだ。


クルーゼ嬢もそれがわかったのか悪い気はしなかったらしい、クスクスと笑うと笑顔で応える。

「まぁ、じゃあリーリ。わたくしのことはクルーゼと呼んでくださる?」

「よ、よろしいんですか!?えぇと、く、クルーゼ様……!」


リーリが真っ赤な顔で呼ぶと、クルーゼ嬢はにっこりと優雅に笑む。

「ふふふ、わたくしたち、これでもうお友達ね」

「…………!」

感動で震えているローゼスは放っておこう。

ゼフトが中座している今、この場で一番立場が高い……事実上の責任者である僕は軽く息をつき、計器を眺めた。


クルーゼ嬢が聖女といわれる所以は二つある。


一つ目は"聖なる魔力"と呼ばれる特異体質。

本来は秘匿技術で行われているはずの聖水の生成と、神秘系の術具を用いなければ発することのできないはずの神性魔力発現。

それをクルーゼ嬢は単独で行うことができる。


二つ目は、その膨大すぎる魔力量によって、国境全域に“聖水の霧”を展開していること。

この霧は魔物を弱体化・消滅させる効果を持つため、国防に大きく寄与している。

彼女が“水の“聖女と呼ばれる所以であり、10歳の頃から15年間、一日たりとも絶やすことなく保たれている。


研究発表会での発表内容はクルーゼ嬢の「再現可能性の証明」。

特に教会や古典派により秘匿されている上級聖水の生成実現、もしくは神秘術具なしでの"聖なる魔力"の発現を目指す。

そのための事前調査として、今日はクルーゼ嬢の特異な魔力を計測させてもらっている。


魔力計測中のクルーゼ嬢は、座って計器に魔力を流すだけなので暇なのだろう。

女性陣の会話に花が咲く。


「ねぇリーリ、カレンは……貴女たちに迷惑をかけてない?」

クルーゼ嬢は優雅かつ控えめに、ささやくようにリーリに問う。

その様子だけ見れば、妹を心配する良き姉に見えるはずなのに……迷惑をかけているのが前提のような問いかけに、なぜかイラっとした。


ローゼスが慌てたように手を振って答える。

「とんでもないです!カレンさんにはむしろ私が迷惑をかけまくってまして、この間も私が書類仕事忘れて徹夜する羽目になったんですけど、心配したカレンさんが手伝ってくれて……」

あれはお前のせいか。

珍しく僕に報告なく徹夜してるうえに、理由を聞いても「急な頼まれごとがあっただけ」と濁されたことがあったが、合点がいった。


「サンビタリアさん、いい子ですよねぇ。この間も新しい理論で仮組み中の治癒術式、簡単に伝えただけなのにキチンと再現してくれて……」

7班から応援に来ている女性研究員がのほほんと言うが、そんな話は聞いてない。


「私も体調悪くて座り込んでたら、応急処置して医療室まで運んでくれました」

「春に入った子だから技術部に来てまだ一年経ってないはずなのに、一緒になんとかしようとしてくださるから、困った時ついつい頼っちゃうんですよねぇ」


……皆、サンビタリアが僕の補佐官だって、忘れてないだろうか。

計器の示す値を10班のバロワと確認しながら、内心毒吐く。


サンビタリア本人は全然自覚してくれないけれど、もうあの子なしでどう業務を回してたのか思い出せないくらいには、欠かせない存在になっている。

冗談抜きで、あの子が抜けたら仕事が破綻する自信がある。


「よかった!カレンが皆さんのお役に立てているみたいで、安心しました」


――当たり前だろう。あの子がどれだけ努力してると思ってるんだ。

ホッと笑顔をこぼす聖女サマには申し訳ないが、やはり無性にイラっとした。


「あの……カレンは……?」

クルーゼ嬢のひとことで、僕へ視線が集中する。


計器に集中させてほしいと思いながら言葉を返す。

「サンビタリアには通常業務を任せていますので、こちらに来る予定はありません」

「……トゥルペ様と仰ったかしら」

「どうかリュートとお呼びください。姓で呼ばれるのは得意ではありませんので」


トゥルペ家には、養子に入ってからかなり迷惑をかけた自覚がある。

優しい義両親や義兄に迷惑をかけたくなく、あまり家族のつながりを名乗らないようにしている。


クルーゼ嬢は少しだけきょとんとした顔の後、ポンっと手を叩き優雅に微笑んできた。

「まあまあ、ではリュート様!普段のカレンの様子など、この後お聞かせくださいな」


……面倒くさすぎて、心の底から嫌なんだけど。

それでも聖女サマの機嫌を損ねるわけにはいかないため、渋々と了承の意を返した。

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