第4話 アルフレッドの心境
鍛練場の中央に出てきた第二王子のアルフレッドと、レティシアの兄であるアランの姿を見たレティシアは、なんとなくアルフレッドの雰囲気が何時もと違う様に感じた。
(アル……、なんだかピリピリしている……?)
アルフレッドもアランも学力や魔術だけでなく、剣術の能力も他の貴族子息達よりは高い。
しかし、剣術に関してはジルベルトやオスカーのように、ずば抜けて際立っている訳でもなかった。
剣の打ち合いが始まり、初めはその様子は何時もの鍛練の時と同じようにレティシアは感じたが、しかし何かが違うようにも思えたのだ。
いつものアルフレッドであれば、どの相手でも暫く剣の打ち合いをすると、勝敗を着けずに打ち合いを終わらせる事が殆どであった。
だが、今日は互角の打ち合いが暫く続いた後、アランが一度アルフレッドの剣を押し、間合いをとった時にそれは起こった。
アルフレッドが何かを呟くとその手には魔法陣が現れ、それをアランへ向けたのだ。
その瞬間、氷の刃が幾つもアランへ目掛けていく様子に、周囲にいた者達は目を疑った。
それは、レティシアも同じであった。
アランのいた場所から土煙が立ち上がる。
少しして、土煙が落ち着くとアランの姿が見え、その周囲を彼が自分で張ったであろう結界が張られている様子が見えた事に、周囲の者一同はホッと胸を撫で下ろした。
少し間に合わなかったのか、アランの頬に一筋の切り傷が出来て僅かではあるが血が滲んでいた。
剣を下ろしたアランが一つ息をつく。
「珍しいな、鍛練でアルが魔術を使うなんて……
この様は、何時も通りの剣の打ち合いだけだと、気を抜いていた俺の敗因だな」
「いや、アランこそ、さすがだね
詠唱の時間があったとはいえ、あの状況でそれだけの結界が張れたんだから
後で、頬の傷は侍医に見てもらうといいよ」
「アルの本気の攻撃であったら、防ぎきれなかったさ
絶妙に調整したものを撃ったんだろう?」
「流石に鍛練で本気のものは使えないよ」
そんな会話の途中、アルフレッドは一瞬観覧席にいるレティシアへ目を向けた。
その視線にレティシアは気が付くが、すぐ目を逸らしたアルフレッドは今度はジルベルトへ目を向ける。
「兄上、次の手合いの相手をお願いできますか?」
アルフレッドの言葉に、ジルベルトは一瞬驚いたような表情を浮かべるが、すぐ口元に弧を描く。
「アルが私に鍛練を一緒にやろうだなんて、珍しいね
勿論、構わないよ」
ジルベルトとアルフレッドの打ち合いが始まり、そんな二人の様子を観覧席にいるレティシアは不安気に見ていた。
剣のスピードや力は明らかにジルベルトの方が上であり、アルフレッドが圧されている事がレティシアの目でもわかる。
剣を打ちつけ距離が無くなった時、ジルベルトはアルフレッドへ問い掛けた。
「アル、何の心境の変化だい?」
「別に……」
「隣国の王女の件で、もう今のままでは居られないと悟ったのかい?」
ジルベルトの言葉に、ピクリと反応したアルフレッドが詠唱も無しに魔術を扱う。
突如として突風が吹き、辺りに土埃が舞った事で視界が悪くなった時、ジルベルトの死角にアルフレッドが入り、その気配を察したジルベルトがアルフレッドの剣を薙ぎ払う。
そんな攻防が暫く続き、なかなか勝敗がつかぬまま、二人の息はあがっていった。
だが、そのような均衡した状況は長くは続かず、ジルベルトはアルフレッドの核心を突いた。
「今日は、レティも観にきているからね
アルも何かを思い立っての、この行動なのだろう?
今まで、本気になろうとしなかった奴が……
だが、私もレティの前で格好悪い所をあまり見せたくはないからね
このままダラダラと長く続けたくはないから、本気でいかしてもらう」
「え──」
アルフレッドの隙をついて、一足飛びに彼の間合いに入ったジルベルトは、剣の柄でアルフレッドの腹を突いた。
衝撃で後ろに飛ばされ倒されたアルフレッドへ、ジルベルトは剣を突き付ける。
「今日はここまでにしようか
アルは詰めが甘いよ
最後まで気を抜かない事だね
だけど、久しぶりにオスカー以外の相手では、楽しい手合いだった」
「………っ!!」
そんな余裕を含んだジルベルトに、アルフレッドは悔しさからか顔を歪ませた。
鍛練が一通り終わり、観覧席にいるレティシアへ、ジルベルトは顔を向けると手招きをした。
その事に、隣にいるプリシラを気にするような表情をレティシアが浮かべると、一緒に降りてきていいとジルベルトは彼女へ合図を送る。
二人が鍛練場へ足を踏み入れると、笑みを浮かべたジルベルトがレティシア達の方へ近付き声を掛けた。
「私達の鍛練を見ていただけで、つまらなくなかったかい?」
「ううん、ジル達の気合いが観覧席まで伝わってきてドキドキしたわ」
そんなレティシアの言葉に笑みを深めたジルベルトは、フワリとレティシアの頭を撫でた。
それから、彼女の隣にいるプリシラへ顔を向ける。
「プリシラ嬢、サイモンやミカエルに声を掛けてくれると、彼等も喜ぶと思うよ
ミカエルは久しぶりの本格的な鍛練だったようで、あの通りぐったりしているしね」
「まぁ、お兄様ったら……」
「後、サイモンが嬉しそうに君からの贈り物の剣帯を見せてくれたよ」
「えっ!?
あ……、殿下がご覧になられるなんて……
あまりにも拙くて、お恥ずかしいです……」
「そうかな?」
「殿下?」
「愛する者が自分の為に心を込めて作ってくれたものは、技巧が素晴らしくその技術を生業にしている者が作ったものだとしても、比べることなんて出来やしないよ
その価値は、比べ物にすらならないと私は思うけれどね
サイモンのあの表情は、長年付き合いのある私が見ても、建前なんかではないと思うよ?」
ジルベルトの言葉に、プリシラの頬は真っ赤に染まった。
「勿体ないお言葉です……
ありがとうございます
御前失礼して、お兄様とサイモン様にお声をお掛けしたいと思います」
「ああ、そうしてやってくれ」
プリシラは、ジルベルトへ綺麗な淑女の礼を向けると、ミカエルやサイモンの元へ足を進めた。
そんなプリシラの後ろ姿を見送ったレティシアは、ジルベルトへ目を向ける。
「ありがとう」
「ん?」
「プリシラが、サイモン様へ贈った剣帯の事を褒めてくれて……
プリシラ、苦手な刺繍を自分で刺して贈った剣帯を、サイモン様が喜んでくださっているのか、とても不安そうにしていたから……
ジルの今の言葉に、凄く安心したと思うの
プリシラの友人として、私もジルの掛けてくれた言葉がとても嬉しかったから……」
「私は、見て感じたままの事しか言っていないよ?
だって、当たり前の事だよね?
大切な存在から贈られたものは、どんなものでも掛け替えがなくて、他のものとなんて比べ物にすらならないよ
私が以前、君から貰った手作りの手巾のようにね?」
「ジル……、ありがとう」
「どういたしまして」
二人の間に穏やかな空気が流れていた時、アルフレッドが何も言わずに二人の前を通りすぎる。
アルフレッドの何時もとは違う雰囲気に、レティシアは思案顔になった。
そんな彼女の頭を、ジルベルトは優しく撫でる。
「アルにも、色々と思うことがあるのだろう?」
「………以前アルが、王城でならあの事について、ゆっくり話してくれるって言ってくれたけれど、そんな時間もお互いなかなかとれなくて……
アル、やっぱり思い悩んでいるのかしら……?」
「私が言うべきではないのだろうけれど、おそらくそうなのだろうね」
このまま、アルフレッドから隣国の王女との婚約への思いを、レティシアは聞く事もできず王女の来訪日が決まり、国中へその事が周知された。
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