第3話 恋の話
レティシアがアルフレッドと、隣国の王女の話をしてから数日経っていたが、あの日以来アルフレッドと隣国の王女の婚約についての話を、彼本人となかなか話す機会もなく日にちだけが過ぎていた。
そんなある日、レティシアは兄のアランが幼い頃から続けている、王子達と共に武術の鍛練を行う王城の鍛練場へ一緒に着いてきていた。
見慣れた顔触れが鍛練場に集い、鍛練場の横にある観覧席には、ミカエルの妹でレティシアの昔からの友人でもあるプリシラが、訪れたレティシアへ手を振る。
「レティ、おはよう」
「おはよう、プリシラ」
プリシラの隣に座ったレティシアは、プリシラの視線の先にいる存在に気が付き、その存在が身に付けているものに目を止めた。
「あの剣帯……
サイモン様に無事渡せたのね?」
プリシラの婚約者で、騎士団長を務めるマルクス公爵の長男であるサイモンの誕生日に、プリシラは自分が苦手な刺繍を自らで刺した剣帯を贈るのだと言って、彼女がずっと頑張って作っていた事を知っていたレティシアは、笑みを浮かべてプリシラに声を掛けた。
そのレティシアの言葉に、プリシラは頬を染めてコクリと頷く。
「お世辞にも、綺麗な仕上がりではなかったのに……
嫌な顔もされないで笑顔で受け取ってくださったの。
それだけでなく、こうしてこのような場で身に付けてくださっているお姿を見れるなんて、思っていなくて……」
「プリシラが心を込めて作った事が、サイモン様にも伝わったのよ
喜んで使ってくださるお姿を見られて、良かったわね」
「ええ」
はにかむような笑顔を溢すプリシラの姿が、とても可愛らしいとレティシアは感じた。
プリシラが、サイモンの事をとても慕っている事が伝わってくる。
人は恋をすると、こんなにもキラキラとした表情を浮かべるのだなと思い、ふと自分はどうなのだろうかと感じた。
レティシアが鍛練場へ視線を向けると、ジルベルトとプリシラの婚約者のサイモンの弟で、ジルベルトと同い年のオスカー·マルクスとの手合いの様子が目に入った。
何事にも秀でているジルベルトではあったが、二人の剣術の才能はほぼ互角であり、時折オスカーに負かされる事に、いつも余裕顔のジルベルトが、隠れてとても悔しがっている様子をレティシアは知っていた。
だが、そうやって競い合える存在はとても大切で有難いとも彼は話していて、ジルベルトはオスカーの事を信頼し認めているのだなとレティシアは感じている。
幼い頃から知っているジルベルトではあるが、今のように新たな一面を知る度ドキドキするし、ジルベルトの事をもっと何でも知りたいと思う自分がいると、レティシアはいつも感じていた。
レティシアが、ジルベルトへ向ける自分の恋心に気が付いたのは、つい最近であった。
それまで、幼い頃から兄のアランと同じように自分に接してくれるジルベルトへの感情が、どういうものなのかわからなかったのだ。
(自分のジルへの気持ちに気が付けた事はいいけど……
ジルの事をこんな風に、何でも知りたいって考えるなんて……
自分の中に、こんな欲張りな面があるなんて以前は思っていなかった……
恋をするって……、物語のような綺麗な事だけじゃないのだなと、改めて思う……)
レティシアがそんな事をぼんやりと考えていると、ジルベルトとオスカーの手合いが一度終わり、観覧席にいるレティシアへ彼が軽く手を挙げ笑みを向けた事に、レティシアはフワリと笑みを浮かべて小さく手を振った。
そんな姿を見たプリシラが、「ふふふ」と笑みを溢す。
「プリシラ、どうかしたの?」
「レティと殿下は相思相愛だなと思って」
「えっ!?」
「レティが、いつ殿下へ向ける自分の気持ちに気が付くのかな?って、いつも思っていたのよ
こうして、レティの幸せそうな顔が見られて私は嬉しいの」
「プリシラ……
でもね、気持ちに気が付いたらそれはそれで、自分の事が嫌になってしまうような気持ちがある事にも気が付いてしまったの……」
「嫌になるような気持ち?」
「えっと……
プリシラにも軽蔑されちゃうかもしれないけど……
ジルが……、違うご令嬢の方と話している姿を見ると、ジルの気持ちは信じているけど、なんだかモヤモヤとしたような気持ちの悪い感情が出てきたり……
ジルの事を誰よりも全部知っていたいとか……
そんな事を考える自分が、どこまで傲慢で我が儘なんだろうって……」
苦しそうな表情で、そんな事を珍しく言葉にしたレティシアに、プリシラはキョトンとした表情をした。
「そんなの、当たり前じゃない」
「当たり前……?」
「相手の事を真剣に好きなら、そんな感情を持つ事は当たり前よ
逆にそんな感情を持たない方が、その相手の事を本当に心から好きなの?って、疑問に思うわ」
「プリシラも、そう思う時があるの?」
「あるわよ……
レティよりも酷いかもしれないわ
サイモン様は、私よりも五つも歳上で私は漸くこの間デビューしたばかり
デビュー前は、既に成人なされて夜会にも出られているサイモン様の側に、誰か他のご令嬢の方が近付いていないかとか不安で仕方がなかったし……
デビューして一緒に夜会へ行けるようになってからも、サイモン様に話し掛ける方々は皆さん素敵な淑女の方々で、それに比べて私は酷く子どもっぽく思えた
その度に、サイモン様は私との関係の事をどう思っているのだろう……?って、不安を感じていたわ」
「プリシラ……」
何時も朗らかでハキハキとしているプリシラが、表情を曇らせてそんな事を呟く姿に、レティシアは何とも言えない気持ちになった。
「私達の婚約はお父様方が決めた婚約で、サイモン様はその事にどう感じているのかな?とも思ったわ
本当は仕方がなく、嫌々婚約されたかもしれないとか……
それでも私は、婚約が決まる前からずっと憧れていた方だったから、とても嬉しかった
私は華やかな容姿でもなくて、学力や魔力も人並みで凡庸だから、自信なんて全然持てなかったけど、ある時考え方を変えたの
何時も私と一緒に居てくれるサイモン様が、笑みを浮かべて言葉を紡いでくれるだけで、もしサイモン様が私の事を心から愛してくださっていなくても、自分の気持ちだけは本物だから前を向こうって思う事にしたのよ
それでも、時々不安にはなってしまうのだけれどね」
憂いを含んだような表情で、そんな事を話すプリシラへレティシアは胸が苦しくなった。
「何とも思っていない相手からの贈り物である剣帯を、あんな風に大切に扱ったり、しかも王族との鍛練の場では使わないと思うわ!
大切なプリシラからの贈り物だからこそ、ああして王族とのこの鍛練の場で身に付けていらっしゃるのだと思う
だから……、私にこんな事を言われたくはないかもしれないけれど、サイモン様はプリシラの事をとっても大切に想っていると私は思う!」
「うん……、ありがとうレティ
レティとこんな風に、恋のお話が出来るなんて嬉しい」
レティシアの言葉に、プリシラは笑みを見せた
「私も……
きっとまた、プリシラに沢山相談してしまうと思うけど、相談にのってね」
そんな事を話している時、鍛練場の中央に出てきたアルフレッドとレティシアの兄のアランの姿が彼女達の目に入った。
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