第38話 決意
ジルベルトがレティシアへ婚約解消を告げた数日後、レティシアは、父親からジルベルトのあの発言の真意がはっきりするまで、王妃教育は休止する事になった為、暫く登城しなくていいと言われた為、公爵邸の庭園をぼんやりと散歩していた。
そこに、執事に案内されて公爵邸の庭園へ足を運んだアルフレッドが、彼女へ声をかける。
「レティ」
「………アル」
憔悴したような表情のレティシアに、ジルベルトは複雑な表情を浮かべた。
「大丈夫か……?」
「……聞いたの……?」
「……ああ……
だけどな、あの兄上は本来の兄上ではない
それは、レティもわかっているだろう?
父上と宰相が、兄上のあの話を他の者に知られないよう止めている
まだ確証はないが、今の兄上は操られているような状態だ
だから……」
「うん……わかってる……
お父様もお兄様もそう仰有っていたし、私が一番そう感じているわ
今のジルは、私の全く知らない人のように感じるから……」
覇気を失ったようなレティシアが、そう言葉を溢した。
「今アランと一緒に、兄上をあのようにした者を探っているから、全てがわかれば元通りになると思う」
「うん……
アル、私ね今回の事で思い知らされた事が沢山あったの」
「思い知らされた事……?」
「前にも言ったと思うけど、今のジルにとって異質な存在は私だけで、私がジルの隣から離れれば誰も悩まず苦しむ事だってないことは確かなのに、それでも私はジルの婚約者という立場から離れたくなかった
あんな風に突き放されて、余所余所しい態度をとられて、ジルの事を嫌いになれたら、それで丸く収まるのに、どうしても嫌いになんてなれなかったの
ジルがあんな状態になって、ずっと自問自答していた
その答えは、どれもジルへ対しての自分の気持ちが変わらない事だったの
ジルからあんな冷たい目で見られて悲しかったし、辛かったけど、それでもこの気持ちは変えられなかった……」
「レティ……」
レティシアの言葉に、どうやっても彼女の心の中には自分の入り込める隙間など欠片もない事がわかり、アルフレッドは苦しくなる。
「アルの気持ちを知ってるのに、こんな事をアルに言ってごめんね
アルの気持ちを踏みにじっている事もわかってる
アルの優しさに甘えて、自分の中で抱えきれない気持ちを、相手の気持ちも考えずに、こうして言葉にして溢すなんて私は酷い人間だよね」
「そんなこと構わないっ!
それで、お前の気持ちが少しでも和らぐなら、いくらでも俺を利用すればいいんだ!
お前が一人で苦しんでいるくらいなら、その方がずっといい!
今回の事だって、もし相手に辿り着く事に時間がかかって、婚約解消に間に合わなかったら、俺の元で兄上が元通りになるまで待てばいいんだ、お前の評判に傷が付かないようにして、また兄上の婚約者に戻してやる
だから───」
アルフレッドの言葉に、レティシアは首を横に振った。
「それは駄目」
「レティっ!!」
「アルの事を、そんな風に利用なんて出来ないし、したくない
アルも私にとって、大切な存在なの
大切なアルには、幸せになってほしい」
「俺は、お前が幸せそうにしている事が一番の幸せなんだ!
だから、俺は───」
アルフレッドは、レティシアがじっと自分の事を見詰めてくる真っ直ぐな瞳に、言葉が止まった。
「アルの大切な気持ちをありがとう
アルの気持ちは嬉しかったわ
だけど、ごめんね……
私は、ジルへのこの気持ちを変える事が出来ない
そんな気持ちを持ったまま、利用するようにアルの隣に立つなんて事は出来ない
だからね、もしジルの言った婚約解消に間に合わなくて、婚約者としてジルの隣に居られなくなったとしても、別の形でもいいから、私はジルを支えたいって決めたの」
「レティ……?」
レティシアの、何かを決めたような顔付きに、アルフレッドは彼女から今言われた自分の気持ちを受け取れないという言葉への辛さよりも、彼女が何を決めたのかわからないその不安の方が勝った。
◇*◇*◇
その頃、マリアベルとのお茶の時間を途中退席したジルベルトは、眉間に皺を寄せながら自分の執務室へ足を進めていた。
(あの王女と居ると、不快感が増すばかりだ……)
マリアベルに誘われる茶会に参加する度、ジルベルトは不快感が増していった。
それは、彼女と婚姻を結ぶと自分が決めたのにも関わらず、本当にこのまま彼女と一生添い遂げる事が自分に出来るのか不安を覚えるくらいだった。
(このまま、本当に婚姻を結んでも大丈夫なのか?
それに、あの王女にこの国の王妃となる資質は本当にあるのか?
あのように、毎日茶会だといって自分の事にしか時間を使わない者で……)
ジルベルトは執務室に戻り、書類を確認している時、自分の執務机の抽斗の奥に大切に仕舞われている小箱に気が付く。
(……何だ……これは……? 何であった……?)
その箱には見覚えがなく、ジルベルトは箱を手に取ると中を確認する。
その中には、自分のモチーフである鷹が綺麗に刺繍されている手巾が入っていた。
「これは……?」
見覚えのない手巾ではあるが、何故かとても大切な物であったような気がする。
(私は……何を忘れているんだ……?)
───ジル……
その瞬間、自分の愛称を呼ぶ声が頭の中で聞こえた気がした。
指先で刺繍の部分に触れる。
(……以前の私の……、彼女の記憶……なのか……?)
ジルベルトは、その手巾を何故か手元から離す気にならず、自分の胸ポケットにしまった。
─────王城の池の畔には、幼い少女に絵本を読んであげている、少女より少し年上の少年の姿があった。
『──これで、お姫様は王子様と幸せになりました……
おしまい
レティ、この本は面白かったかい?』
『うん!
面白かった! ジル読んでくれてありがとう』
『レティが楽しかったなら、読んだかいがあったよ』
『お姫様、王子様と幸せになれて良かったね』
『そうだね』
『私は……、このお姫様みたいなお嫁さんになれるかな?』
そう言って、自分の方へ振り向く少女に少年は問いかける。
『レティは、誰のお嫁さんになりたいの?』
『え……? えっと……』
『レティ……?』
少女は少し困ったような表情を少年へ向けると、口を開いた。
『ジルの……って、言ったら……
ジルは困っちゃう……?』
『私の?』
『うん……』
少女の言葉に笑みを深めた少年は、少女の頭を優しく撫でる。
『レティが、そう望んでくれるなら、喜んで私は君を私の元へ向かえるよ?』
少年のその言葉に、溢れそうな笑みを向けた少女の額に、少年は口付けを落とした────………
その瞬間、視界が変わり、いつも見る私室の景色に、ジルベルトは手の甲を自分の目元に置く。
「今のは……夢……?
私は……」
夜中の私室に、ポツリと溢れたジルベルトの呟きが暗闇に消えていった。
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