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第36話 違和感

 ハーヴィル家から城へ戻ったジルベルトは、アルフレッドの執務室を訪れ人払いをした後、二人きりとなる。


「兄上、改まって話って何だよ?

 イヤーカフの件だったら、まだ手掛かりが掴めてないけど……」


 レティシアと同じような返しをするアルフレッドに、ジルベルトは笑みを浮かべるが、直ぐに表情を消す。


「今日は、違う件でお前と話をしたくて来たんだ」


「違う件……?」


「アル、お前はマリアベル王女との婚姻の話への答えは出たのか?」


「いや……、それは……」


「その事だが、父上や母上からも言われただろうが無理はしなくていい

 もし、我が王国とシャルテ王国との繋がりの件で悩んでいるのなら、それは心配ない」


「兄上……?」


「私が、マリアベル王女と婚姻を結ぶ事にする」


「は……?」


 アルフレッドは、ジルベルトが何を言っているのか理解が出来なかった。


「婚姻を結ぶって……

 兄上には、婚約者が……レティがいるだろ!?」


「………彼女には……お前の所に来る前に、私との婚約を解消して欲しいと伝えてきた」


 ジルベルトの言葉に、アルフレッドは耳を疑う。


「なっ……ん……だって……?

 何で……そんな事……

 何、考えてんだよ!?」


()()()私は、随分と傲慢で強引だったようだ

 お前の想いも無視して、彼女との婚約を強行したようだな」


「それはっ……!

 兄上が、レティの事を深く想っていたからだろ!?」


「そうなのかもしれないが、私はお前の感情を置き去りにしたまま、彼女との婚約の話を進めるべきではなかった

 それでも、()()()私であれば、彼女の事を幸せに出来たのかもしれない

 だが、()()私では、それすらも難しいかもしれないと思う

 それなら、彼女の事を強く想っているお前の方が、彼女を幸せに出来るだろう?」


「そんなっ……!

 どうして、俺達だけの気持ちを優先させるんだよ!?

 レティの気持ちは考えないのか!?

 あいつの感情を置き去りにする事の方が、間違っているだろう!?

 あいつは、兄上の事をずっと……誰よりも深く、想っているんだぞ!?」


「何時、私は彼女の記憶が戻るかすら、わからない

 今の……こんな私が、お前や公爵夫妻やアランが大切にしている彼女を、幸せに出来るとは思わない」


「今、記憶がなくたって、何時かは戻るかもしれないだろう!?

 記憶が戻った時、兄上は自分の決断に納得なんて絶対出来ないって、()()()兄上を知っている俺は、断言出来る!!

 その時、どうするんだ!?

 また、レティを振り回す気か!?

 そんな事、絶対俺は許せない!!」


 感情的に怒るアルフレッドを、ジルベルトは穏やかな笑みで見詰め口を開いた。


「お前のように心から怒りを露にするぐらい、真剣に彼女の事を想う存在が彼女の側にいた方がいい

 記憶が戻ったとしても、お前にならきっと私は彼女の事を託せると思う」


「…………もういい……

 もう、勝手にしたらいい……」


 アルフレッドは、ジルベルトの事を睨むと、言葉を続けた。


「何が……、『私の唯一』だ……

 何が……、『私達の間を脅かそうとするものは、何であっても許す事はできない』だ……

 記憶がなくなったって、強く想っている相手であれば、どんな形だとしても思い止まるはずだろ……?

 兄上のレティへ対しての想いなんて、その程度だったって事だ……

 そんな兄上には、絶対にレティの事を託す事なんて出来ない!」


「彼女との婚約を解消した後、お前と婚約させる事が出来るか父上とも相談したいと思う」


 ジルベルトはそう言い残すと、アルフレッドの執務室を後にした。

 残されたアルフレッドは、この状況に訳がわからなかった。


(レティに、兄上がそんな事を伝えたなんて……

 あいつは今頃ショックを受けて……)


 アルフレッドは、レティシアの今の様子を心配し、彼女の元へ向かおうかとするが、今まで感情的になっていたのが、時間を一時置いて少し落ち着きを取り戻すと、あまりにも不自然な今の状況に違和感を覚える。

 国内外に周知された婚約を解消してまで、ジルベルトがマリアベルと婚姻を結ぼうと考える事自体が、おかしいと思ったのだ。

 それは、シャルテ王国がそこまでする価値のある国ではないと、記憶を失う前のジルベルトが考えていた事を、アルフレッドも知っていたからだ。


(何だ……? この気持ちの悪い違和感は……?)


 その時、ジルベルトの立ち去った場所に、アルフレッドはある違和感を感じた。

 仄かに残っていたのは、ある香り……


「これは……」





 ◇*◇*◇


 王城の来賓の者が滞在する為の一室には、甘い香りが漂っていた。

 その部屋に一匹の鴉が窓から入って来ると、応接用の長椅子に腰掛けている少女の傍に寄るよう、椅子の背凭れにとまった。


「……そう……上手く事は進んでるようなのね?」


 その一室には、もう一人青年が別の応接用の椅子に腰掛けていた。


「やっと、マリアの望み通りになったってこと?」


「望み通りって、人の事を悪人みたいに言わないでくれるかしら? カート

 まだ、確定ではないけれど、皆が幸せになれる道筋が出来つつあるって言って欲しいわ」


「マリアのおねだりには、誰も逆らえないもんね」


「わたくしは、皆の幸せを願っただけよ?」


 可愛らしい笑みを浮かべたマリアベルは、手に持っているティーカップに一口、口をつけ、満足そうに笑みを深めた。


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