第2話 王族の義務
学園へ向かう馬車内で、レティシアはジルベルトが自分へ贈ってくれた香油の話をしている時、ある事を思い出し彼へ問い掛けた。
「そういえば、この香油って隣国のシャルテ王国原産の物って言っていたかしら?」
「ああ、そうだよ」
「今朝、お父様がシャルテ王国の末の王女殿下が、オーガストラ王国へ来訪されるかもしれないと話されていたの
来訪された時は、私と王女殿下は同い年でもあるから、話し相手として名前が上がる可能性が高い事を、頭にいれておきなさいって言われたのだけど……」
「シャルテ国王から、王女の遊学の打診があった事は確かだよ……」
その言葉と同時に、複雑な表情を浮かべたジルベルトに、レティシアは何かあったのかと察する。
ジルベルトは、自分へ心配そうな表情を向けてくるレティシアに笑みを返し言葉を続けた。
「王女の遊学の真の理由は、ただの学びの為や外交の為ではない事が明らかなのだよ
レティにだから話すけれど、これから話す事はここだけの話しにしておいてくれるかな?」
「え? ええ……」
「シャルテ国王が、我が国との強いパイプを築きたいという考えを持っている事は、私も知っていたのだけれどね
その足掛かりに、国王が一番可愛がっている末の王女を、我が国の王族と婚姻させたいと考えているようだと、隣国へ送り込んでいた密偵からの報告があったのだよ」
「王族との婚姻って、まさか……」
レティシアの言葉に、ジルベルトは頷く。
「私の弟で第二王子であるアルフレッドは、婚約者候補すら置いていない状況だ
シャルテ国王は、友好国の国王からの打診であれば、我が国から断られる事はないのだろうと思ったのではないのかな?」
ジルベルトの実弟で、オーガストラ王国第二王子のアルフレッドは、レティシアと同い年で幼馴染みである。
アルフレッドは、ある理由からずっと婚約者候補を置く事を拒否していた。
ジルベルトは、何とも言えない表情を浮かべるレティシアの頭をふわりと撫でると話を続けた。
「シャルテ国王的には、王太子である私へという考えもあったようだが、私には昔から国内に数名の婚約者候補がいたり、君との正式な婚約を今年国内外へ周知した事もあって、アルへ目をつけたのだと思う
まぁ、我が国としては力関係的にも、軍事力や経済力でも、こちらの方がシャルテ王国より優位的立場ではあるから、そのような打診がシャルテ王国からあったとしても、絶対に聞き入れなくてはいけない訳ではないけど……
断るにしても、国同士の摩擦も考えると簡単にはいかないのが、確かではあるかな」
「アルはその事を知っているの?」
「父上と宰相からは、密偵の報告も含めて知らされている
私もその場に同席したが、あいつがその事をどう思ったのかは、何とも言えないかな?
貴族もそうだが、王族の婚姻は政略的なものが多い事は珍しい事ではないし、私もアルもその事は理解している
だけれど、私的にはアルにも自分の感情を殺すような婚姻は望んではいない……
君を手に入れた私が、言える事ではないのだけれどね……」
複雑な表情を深めるジルベルトに、レティシアは何とも言えないような気持ちになった。
学園に着き、レティシアが自分の教室に入ると、先に学園に来ていたアルフレッドの姿に気が付く。
ジルベルトと同じように、幼い頃から仲良くしていた幼馴染みのアルフレッドは、あまり自分の思いを表に出さず、自分よりも周囲の事を優先するような性格であった。
レティシアは、先程の馬車の中でのジルベルトの話を思い出し、アルフレッドは隣国の王女との事を内心どう感じているのだろうかと思う。
当人でない自分が、そんな事を気にするなんてお節介な考えだとは思ったが、あまり普段から我が儘などを言わないアルフレッドの心が心配になり、じっと彼の事をレティシアは見詰めた。
そんなレティシアの視線に気が付いたアルフレッドは、彼女へ声を掛ける。
「レティおはよう
何だ? そんな所でぼんやりとして」
「えっ!? あ、あのっ……
おはよう、あっ、……ございます……
な、何でもない……ありません……」
アルフレッドに声をかけられた事に、狼狽えるレティシアの様子を訝しげにアルフレッドは見詰めた。
「その言葉使いはしなくていいって言っただろう?
いつもと同じでいいのに……ったく……
で? 俺に何か聞きたい事でもあるのか?」
「えっ!? き、聞きたい事なんて……ない……です……」
レティシアは、口ごもる自分の事をアルフレッドがじっと見詰める視線に堪えきれず、視線を逸らす。
その事にアルフレッドは彼女の核心を突いてきた。
「………お前……聞いたのか?」
「へっ!?」
アルフレッドの言葉に、動揺し狼狽えているレティシアの様子を見て、アルフレッドは溜め息を一つ溢すと彼女の頭をポンと一撫でした。
「取り敢えず落ち着け
そして、先ずは自分の席に座る
そんな所でそんな風に狼狽えていたら、他の生徒が変に思うだろ?」
「あっ、は、はいっ!」
レティシアはアルフレッドの言葉に素直に頷き、自分の席に座ると一つ深く深呼吸をする。
アルフレッドはそんなレティシアの様子を見届けると、自分もレティシアの後ろの自分の席に戻り、椅子に深く腰掛け背凭れに凭れかかった。
そんな何時もとは違う態度のアルフレッドの様子に、不安気な表情を向けたレティシアの姿を見ながらアルフレッドは口を開く。
「兄上から聞いたんだろ? 隣国の王女の事……」
「えっ!? あ……う、はい……」
アルフレッドには、自分の考えている事が筒抜けなのかもしれないとレティシアは思う。
そして、それは自分が感情を隠せていない事だという事に、レティシアは自分が情けなく感じ、誤魔化す事も無理だと思い頷いた。
椅子の背凭れに身体を預けたアルフレッドの表情は、何かを思い詰めたような表情で、レティシアはそんな彼の様子に不安がさらに増す。
「あ、あの……ジル……ジルベルト殿下からも、ここだけの話にして欲しいって言われたのに、こんな風に学園で表情に出してしまってごめんなさい……」
「別に、相手が来訪すればすぐ広まる話だろうし
来訪していない今は、お前が俺に対して狼狽えていたって、何の話なのかすら、わからないだろうから構わないよ」
「だけど……」
「心配するな
俺も、王族に課せられている義務は理解しているつもりだよ」
「でも、アルは──」
「ここではこれ以上話さない方がいい」
「っ!
あ……、はい……ごめんなさい……」
思わず愛称呼びをしてしまっている事も忘れ、必死な様子のレティシアの言葉を遮り、アルフレッドが話を終わらせようとした事に、我にかえった彼女は自分の考えの無さに後悔し謝る。
そんなレティシアの頭をポンポンと、アルフレッドは憂いを含んだような表情で優しく叩いた。
「別に、お前を咎めた訳じゃない
学園で話すよりも、城の方がゆっくり話せるだろ?
お前が何か引っ掛かるような所があるなら、後でゆっくり話すよ」
こんな状況でも、自分を気遣うようなアルフレッドの優しさに、レティシアは自分の考えの無さが余計に恥ずかしく、そして苦しくなっていった。
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