第19話 止められない思慕
アルフレッドは、レティシアの頬に触れている自分の指先に感じる、吸い付くような肌に捕らわれるかのように、手を彼女の頬から離せなかった。
アルフレッドは、先程から正反対の思考が交互に自分の頭の中を駆け巡る事に混乱してくる。
一つは、レティシアがこのまま目覚めなかったらという恐怖心。
自分が側にいながら、何故こんな事態を防げなかったのだという、自分自身に強い憤りを感じていた。
そして、二つ目は全く正反対の思考であった。
それは、このままレティシアが目覚めなかったら、ジルベルトとの婚約を続行させる事は難しくなるのではないかという考えだった。
(兄上は王太子で、未来の王妃になる存在である婚約者が、ずっと意識がないままであるなんて、不可能だ
このまま、こいつが目を覚まさなければ兄上との婚約は続行不能となって、ずっと俺の側に…………っ!……)
自分の醜い思考に、アルフレッドは顔を歪める。
だが、レティシアの頬に触れていた手は、未だに離す事が出来ないでいた。
(俺は、何を考えているだ?
こんな事を考える自分に吐き気がする
考えなければいけない事は、レティを目覚めさせる方法だろう?
それなのに、俺は……
自分のこの想いが届かない想いだとしても、こんな事を考えるなんて最悪だ……)
そう考えながらもアルフレッドは、どうしてもレティシアの頬から手を離せない。
自分の歪んだ思考に支配されそうになる事を、残っている理性で押し留めているような状況であった。
(………こいつと兄上に、幸せになって欲しいという気持ちは嘘じゃない
だけど……、俺だってずっと……
ずっと……、こいつの事が好きだった──)
カーティスに以前言われた言葉を思い出す。
『まるで、殿下の大切な存在のような庇い方ですね?
だけど、レティシア嬢は殿下の兄君の婚約者なのでしょう?』
この時、こんなレティシアの意識がなくなるなんていう想定外の事が起こった異常事態と、指先に感じる滑らかな肌に、アルフレッドは狂わされていったのかもしれない。
そんなアルフレッドの頭に残っていったのは、目の前で瞼を閉じている、ずっと密かに想っていた愛しい存在への狂おしい思慕だけであった。
手を伸ばしてもどうしても届かず、手に入らないと諦めようと思った事は何度もあった。
自分の過去の行動を悔いた事が、いったいいくつあっただろうか……
アルフレッドにとって……
彼女が側にいると、香る甘い香り。
その香りが、いつも苦しかった。
その香りを誰よりも側で感じたいと思いながら、ずっと諦めていたのだ。
「レティ……俺はずっと……」
理性が抜け落ちて、最後まで残っていたのは諦めきれなかった強い想い。
「…………っ……」
それは、何かに操られているかのような行動であったが、アルフレッドの頭の中はクリアで、自分の唇に感じる、欲しくてもどうしても手に入れる事の出来なかった熱をはっきりと感じていた。
しっとりと柔らかく温かいそれは、甘く、手にしてはいけない禁断の果実のようで、それを手にしてしまった今のその感情は……、悔恨と悦び、勝ったのは………
───ポタッ……
レティシアの瞼がゆっくりと開いたのは、アルフレッドの瞳から溢れ落ちた涙が、彼女の頬に落ちた時だった。
目覚めてまもない為に、ぼんやりとしているレティシアの瞳に映ったのは、この距離でいつも見る金色の瞳とは、似ているが違う金色の瞳であった。
「え……」
すぐ、その金色の瞳は離れたが、レティシアは思考が混乱したまま、自分の身体を起こす。
「アル……? 今……、何を──」
レティシアがアルフレッドの行為を理解した瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。
「レティ!!」
勢いよく開いた扉から入ってきたのは、息を切らし、額に汗を滲ませながら、何時もの落ち着いた様子ではなく、焦りの表情を浮かべているジルベルトであった。
ジルベルトは、大股でレティシアがいる寝台へ近寄ると、強く彼女を抱き締めた。
「視察先で、君が倒れて意識がないと連絡が入って、急いで戻ってきたんだ
でも、良かった……目覚めていたのだね
大丈夫なのかい?
何があったんだ、いったい………
レティ?」
ジルベルトは、抱き締めているレティシアの様子に、何時もと違う雰囲気を感じる。
そして、その横で佇んでいたアルフレッドへ視線を向けた。
「アル?
何があった?」
「……兄上、レティは今意識を取り戻したばかりで、まだ混乱していると思う
今、侍医へレティが目覚めた事を俺が伝えてくるから、あまり無理をしないように、兄上はレティの事を見ていた方がいい」
「ああ……そうだな」
淡々と話すアルフレッドの様子にもジルベルトは違和感を覚えたが、そのままアルフレッドが部屋を退室する後ろ姿を見送る。
その後、侍医が様子を見たり、レティシアの兄のアランや彼女の両親も彼女の元へ漸く来たりと、バタバタしていた為か、ジルベルトは自分が感じた違和感を、アルフレッドやレティシアにしっかりと聞く事が出来なかった。
それは、レティシアも同じでアルフレッドへ先程の行為の真意を聞けずに、自分の屋敷に帰る事となった。
◇*◇*◇*◇*◇
次の日、学園の講義がある日であったが、大事をとってレティシアは学園を休む事になっていた。
特に身体に変調もなかったが、昨日の一件で、複雑な表情を浮かべたまま寝台の上で休んでいると、レティシアの侍女のエマが扉ごしに声を掛けた。
「レティシア様にお会いしたいと、アルフレッド殿下がいらっしゃっているのですが……」
アルフレッドの名前に、ピクリと身体を揺らしたレティシアは、少し考えてからエマへ指示を伝える。
「お会いするから、応接室……ううん、テラスに殿下を案内してもらえるかしら?」
「あの……、お身体は……」
「身体は何ともないから大丈夫よ
仕度の時間を少しもらいたいから、少し時間がかかる事をお伝えしてくれる?」
「はい、畏まりました」
デイドレスに着替えたレティシアがテラスへ向かうと、学園の制服を着ているアルフレッドが座って待っていた。
何と声を掛けたらいいのかレティシアは迷ったが、口を開くと思いの外、いつも通りに話せる自分がいた。
「お待たせしてしまって申し訳ありません
アルフレッド殿下」
レティシアは、席に着くと周囲にいる公爵家の使用人へ伝える。
「少し内密の話しもあるから、少し離れた所で待機してもらえるとありがたいわ」
その、レティシアの言葉に公爵家の使用人は二人の姿は見えるが、声は聞こえない程度の離れた場所へ移動した。
未だに何も話さないアルフレッドに、レティシアは再度声を掛ける。
「この時間は学園に居るはずなのに、その姿のままという事は、お城から真っ直ぐここへ来たの?
どうして?」
「…………お前が、そういう表情をしていると思ったから……」
アルフレッドの言葉にレティシアは、彼自身も昨日の事を自分へ話しに来たのだとわかった。
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