第13話 溢れる想い
オーガストラ王国、国王の私室には人払いをされたのち、アルフレッドが呼ばれていた。
「まだ、決めかねているのか?」
「………申し訳……ありません……」
その場には王妃である母親も同席しており三人だけで、ある事について話していた。
「お前が、気が進まないのなら、断る事には、我が国は何も不都合はないのだぞ?」
「しかし、縁を結べばこの国への恩恵もあるのですよね?」
「全くない訳ではないが、そんな些細な得という理由で、お前だけ生涯の伴侶を決めさせる事は、私達の本意ではない」
「その通りよアル
だから自分の気持ちを偽ってまで、周囲の事を考えないでちょうだい」
「父上……母上……
俺の我が儘でしかないのに……
ありがとうございます……
自分の中でどうしたいのか、もう一度しっかり考えたいと思います」
アルフレッドは、国王と王妃である父母が、王族としての立場よりも、親子として自分の気持ちを尊重してくれている事に、心から感謝した。
国王の私室を退室した後、王城の回廊を歩いていた時、様々な事が彼の頭の中には浮かぶ。
国王である父が、アルフレッドに確認していた事は、マリアベルとの婚約の事であった。
先日、シャルテ国王から正式なものではないが、そのような打診があったのだ。
アルフレッドが、その打診にあまり良い返答を答えられないでいる訳は、相手がマリアベルであるという事が不満であるとか、そのような理由ではない。
ずっと、昔から彼の心に秘めていた想いが、今まで婚約者候補を置かず、そして今回も返答を決めかねている事の、本当の理由であった。
アルフレッドは回廊のある場所に差し掛かった時、そこから見える庭園を目にとめる。そこは、彼が幼い頃よく遊んでいた場所であった。
アルフレッドの脳裏には、幼い自分と幼いレティシアが走り回り、遊んでいた頃の思い出が思い浮かぶ。
(レティとは、それこそ物心つく前からの付き合いだった
俺の両親と、あいつの両親が古くからの付き合いで、よく王城に母親に連れられて来ていたから……
兄上以外で、一番身近な同じ年頃の相手で、一緒に遊ぶのが当たり前の日々だった
だけど、レティへ向ける感情が、家族や友人へ向けるものとは違うものかもしれないという事は、いつしか少しずつ気が付いていたけど、その感情をどうしたいのかという事は、その頃の俺には幼すぎてまだ良くわからなかったんだ
それが、はっきりわかったのは、兄上の婚約者候補にあいつの名前が急に上がった時だった
兄上が、俺と同じ感情をレティへ向けている事はわかっていた
でも俺とは違い、兄上はあいつを確実に自分の隣に置く為の、行動に出たんだ……
俺はどうしたらいい?
マリアベル王女との縁談を受ける事は、この想いに区切りをつける切っ掛けになるのかもしれないが、王族の義務であるとはいえ、そんな気持ちで縁談を受けても上手くいくとは思えない……
俺は、どうしたいんだ?
俺は、あいつの事を───)
「アル?」
アルフレッドが、そんな自問自答をしている時、彼が何よりも一番聞きたいと思う反面、聞いてしまうと自分の心を乱される声が自分の名前を呼んだ。
彼が振り向くと、今、心の中で思い浮かべていた存在が自分の事を見上げていた。
あの幼き頃よりも、随分女性らしくなった、その存在に心臓が波打つ。
以前は同じ目線であったその存在が、いつしか自分の事を見上げるようになるぐらい、お互い成長したのだと思わされた。
「レティ、今日は城に来て……
あぁ、王妃教育の日だったのか」
「うん、そうなの
アルは? いつも側にいる護衛の方々がいらっしゃらないけど……
ここで、何をしてたの?」
側に居るのは、レティシアが昔から付けている公爵家の護衛だけだったので、彼女にしては珍しく、昔と同じ口調で自分へ話し掛けてくれる事に、アルフレッドは嬉しく感じた。
「庭園を眺めていたんだよ
そろそろ、季節が変わる頃だなと思って」
「そうなのね
ここの庭園懐かしいわね、昔お母様と一緒に王城へ来ると、ここでよくアルと一緒に遊んだわよね」
「ああ、そうだな」
風が運ぶレティシアから香る、甘い香りに胸が苦しくなった時、アルフレッドは先日の茶会でカーティスから言われた言葉を思いだす。
『まるで、殿下の大切な存在のような庇い方ですね?
だけど、レティシア嬢は殿下の兄君の婚約者なのでしょう?』
(………もっと早く、せめて兄上が動く前に、俺の方が先に動いていたら……
おまえの隣に立っていたのは、俺だったのだろうか……?)
苦しい感情を押さえて、アルフレッドは隣にいるレティシアを見詰めていると、自分の事を見上げた彼女は、アルフレッドが彼女の表情で一番好きな柔らかな笑みを自分へ向けた事に、また胸が波打つ。
「久しぶり……」
「レティ?」
「こうして、アルと何も考えないで話せたの久しぶりね
アル、ずっと何だかピリピリしていたり、王女殿下が来訪されて、殿下のエスコートをされたりしていて、こんな風に気軽に話せなかったから
今日は、嬉しい」
「レティ……俺……」
「アル?」
「俺は──」
「レティに、アル
こんな所で、二人で何をしているのかな?」
アルフレッドが言葉に詰まりながらも、その一言をレティシアへ伝えようとした時、アルフレッドもよく知っている声が彼女の名前を呼んだ。
目の前にいる彼女がその存在に気が付くと、アルフレッドが見たことがない、初めて見る嬉しそうな表情を彼女が浮かべた事に、アルフレッドの胸には痛みが走る。。
「ジル
ここで、偶然アルに会ったの
ジルこそ、そんなに急いでどうしたの?
さっき、休憩時間に会ったのに……」
「君の事を部屋へ迎えにいったら、もう退室しているって言われて、急いで追ってきたんだ
屋敷まで送るよ」
「でも、執務とか忙しいんじゃ……」
「大丈夫
今日は、君が王妃教育の為に登城する事がわかっていたから、早めに終わらせたんだ」
「ジル、ありがとう
あ、アル、今、何か言いかけていたよね?」
アルフレッドは、自分の感情に蓋をすると、いつもと同じ表情を二人へ向けた。
「ああ、お前が王妃教育が終わったなら、兄上の執務室まで一緒に行こうかって言おうとしたんだ
だけど、兄上が来たなら、その必要はなかったな」
「そうなの?
アル、いつもありがとう」
「いや
じゃあ、また明日、学園でな」
「うん、またね」
アルフレッドは、幼い頃と同じように、レティシアと手を振って別れた。
しかし、幼い頃と違う事もあると、アルフレッドは思う。
それは、嘘偽りのない言葉と表情で彼女に手を振れなかった自分。
(兄上が来なかったら、俺はあいつに何て言おうとした?)
自分のずっと隠していた感情を、こんなにも脆く彼女の前でさらけ出す所だったとアルフレッドは思った。
(あいつの、あの昔と変わらない笑みを見ただけで俺は……)
それとは別に、もう一つの感情がアルフレッドの心の中を侵食していく。
(あいつは、俺の前では見せたことのない表情を、兄上には見せるんだな……)
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