第12話 興味
カーティスは、人好きのするような笑みを顔に浮かべると、またレティシアへ視線を向ける。
「それにしても、王太子殿下が羨ましいな」
「カーティス様?」
「オーガストラ王国の妖精姫の噂は聞いた事があったけれど、想像以上だったよ
君の事を泣く泣く諦めて、殿下と並ぶ君の姿を指を咥えて見ている者は、何人いるのだろうね?
その容姿もそうだし、何より君のその瞳を見ていると吸い込まれそうだ
本当に興味深いな、君は──」
「今の発言は、自分で理解していての言葉であるのか?」
カーティスの言葉に、アルフレッドは珍しく低い声を出した。
アルフレッドの態度の変化に、カーティスは少し目を見張る。
「アルフレッド殿下?
どうされたのですか?
僕が何か、殿下の気に障るような事を言ってしまいましたか?」
「自分の言葉の意味を理解せず、責任を持てないのなら軽々しく発言しない事だな
今の言葉は、彼女を軽視しているように聞こえる
彼女の立場を、まさか知らない訳ではないのだろう?
彼女は、この国の王太子の正式な婚約者で、ゆくゆくは王妃になる存在だ」
アルフレッドの言葉に、カーティスは隠す事もせずに、軽く笑ったような素振りを見せながら、先程の言葉を訂正もせず、再度言葉を発した。
「まるで、殿下の大切な存在のような庇い方ですね?
だけど、レティシア嬢は殿下の兄君の婚約者なのでしょう?」
カーティスの言葉に、アルフレッドは奥歯をギリッと歯噛みする。
そんなアルフレッドの様子が目に入っていながら、カーティスはさらに言葉を重ねた。
「それに、僕はレティシア嬢の事を軽んじた訳ではありませんよ?
もっと早く、彼女の存在を知っていたかったと、本気で思っただけです」
「………なっ!!」
アルフレッドは目の前の男が、ただのクラスメートとしてや、外交としてレティシアに関わろうとしている訳ではないと、すぐに察した。
レティシアは、そんな二人のやり取りにハラハラとする。
カーティスのアルフレッドへ対する言葉は、王族へ向けるような言い方ではなかったからだ。
アルフレッドはテーブルの下に置いていた自分の拳を握りしめ、言い返そうとした時、アルフレッドよりも先に後ろから声が聞こえた。
「君が知った時よりも、もっと早く彼女の存在を君へ知られていたとしても、レティシアは誰にも渡してなんかいないよ?
勿論、君にもだ」
「ジル!?」
ジルベルトは、今日は公務が入っており、またこの茶会はマリアベルの主催で、尚且一年生のクラスメートを集めた茶会であった為、茶会の開始から顔を見せていなかった。
そんな彼が、この場に来た事にレティシアは驚き、思わず彼の愛称を口に出してしまう。
「公務が終わって、気になって覗きに来てみれば、何だかとても耳障りな話が聴こえてきたから、驚いたよ
ねぇ? イェドヴァル卿?」
「…………」
そんな、ジルベルトの言葉にも臆する事もなく、僅かに笑みを浮かべたカーティスは、ジルベルトの射抜くような鋭い視線に、あえて自分の視線を交わせた。
しかし、ジルベルトが茶会の会場へ訪れた事で、出席者が挨拶に来たりと、ジルベルトとカーティスが、それ以上話せるような雰囲気ではなくなった。
そして茶会が終わった後、レティシアの事をジルベルトが屋敷まで送っていくと言った為、二人は今、馬車に揺られていた。
レティシアは、隣に座るジルベルトの機嫌がとても悪いように感じる。
黙っていられずに、そっとジルベルトの腕にレティシアは触れた。
「ジル……? どうしたの?」
「何が?」
「怒ってる……よね?」
自分の腕に触れたレティシアの手を、ジルベルトは絡め取ると自分の口元に寄せた事に、彼女の指がピクリと揺れる。
「君は本当に、色々なものを引き寄せるね
なのに、君自身はその事に全く気がつかない……
本当に気を抜いてなどいられないよ」
「ジル……? 何を、言って……?」
ジルベルトは、レティシアの指先を既に触れている自分の唇に、さらに押し付けると、彼女を強い視線で見詰めた。
「君は私の唯一なのだから
私以外の男を選ぶなんて、許さないからね」
「選ぶって……、そんな事する訳が──」
レティシアの言葉が終わらぬうちに、ジルベルトは彼女の唇を自分のそれで塞ぐ。
何時もよりも、荒々しい口付けにレティシアは狼狽えながらも、ジルベルトの背に回した手に力を込めた。
ジルベルトは、自分の心の中の怒りを感じながら、その怒りを彼女への口付けで消そうとしてる、自分に呆れながらも、あえてその行為を止めようとは思わなかった。
(君へ興味を持つ男をいくら取り払っても、次々に湧いて出てくる
そして、そんな事に気がつかないで、君はその存在へ笑みを向ける
このように、君へ己の苛立ちをぶつける事は良くない事だとわかっていても、ぶつけてしまう自分に呆れてしまう
だけど、そんな私の事を受け止めてくれるかのように、君は私の行為を拒まない
どこまで、君は私に甘いのだろうね
けれど、そんな君に甘えて、自分の愚かさを私は君の前で、いつもさらけ出してしまうんだ……)
ジルベルトはそんな事を考えると、レティシアの唇を離す。そして、彼女の唇を拭いながら瞳を見詰めた。
長い口付けで、ぼんやりとしているレティシアに呟く。
「レティの事を誰よりも一番に想っているのは、私だよ?
それは、忘れないで」
そのジルベルトの言葉と、先程の口付けに頬を染めたレティシアは小さな声で答えた。
「私が一番に想っているのも、ジルよ……」
レティシアの言葉に笑みを深めたジルベルトは、彼女をまた抱き締める。
しかし、抱き締めた事で彼女から自分の顔が見えなくなった時、ジルベルトは表情を冷徹なものにガラリと変えた。
(カーティス·イェドヴァル
シャルテ王国、王弟の息子で、現シャルテ国王の甥
公爵家嫡男ではあるが、シャルテ王国の王位継承順位は上位
未だに、シャルテ王国の王太子は決まっておらず、我が国のように直系の長子が世継ぎに優位というような慣例も、あの国にはない……
密偵の報告では、他の王子を差し置いて、一番王位に近いとも噂されると聞いた
どういう背景があろうとも、彼女をあのような目で見詰め、さらに私へのあの表情……
気にくわないな……
誰であろうとも、レティへ近付こうとする者は許さない)
ジルベルトは、胸の中で静かに怒りを膨らませた。
その時、ジルベルトの腕の中におさまっていたレティシアが、身動ぎをした事にジルベルトは腕の力を緩める。
ジルベルトの目に映ったのは、まだ心配そうな表情のレティシアであった。
「もう、怒っていないから、そんな心配そうな顔をしないで」
そのジルベルトの言葉に、レティシアから返ってきたのは違う言葉であった。
「その事は、ジルの気持ちがわかったから……
それとは別に……ジル、もしかして疲れてる?」
「疲れて……?」
「うん……ジルの表情が少し、そうなのかな……って……」
レティシアの言葉にジルベルトは驚く。
「いつも思うけど、君の観察力には敵わないな……
表情に出しているつもりはなかったのだけど、君には誤魔化せないのか……
公務や執務が、最近いつもよりも多くてね
でも、何ともないから心配いらないよ」
「無理はしないでね
それこそ、学園へのお迎えも私の事を迎えに来ていたら遠回りになってしまうし、なんなら──」
「駄目」
「え……」
「そんな事を禁止されたら、それこそレティ不足で私は倒れてしまうよ
君を迎えに行く事は、苦労でも何でもないから、これからも続けるからね!」
ジルベルトの言葉に、不安気な表情をレティシアは揺らす。
「本当に無理だけはしないでね」
「わかっているよ」
お互いの顔が近付き、そのまま自然とお互いの唇が重なっていった。
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