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第36話︰愛とは

 こちらの曲は、アニメでも使用されたため、知っている方も多いかもしれませんね。

 それではゆっくりお読みください♪

「雪菜さん、愛ってなんだと思います?」


 突然、昴さんの教え子の本田陸くんがそんなことを言い始めた。


「え? 何? 恋でもしたの?」


 私はその憂いを帯びた表情を見て、そう聞いた。


「ち、違いますよ!」


 慌てて、顔の前で手をブンブンと振る本田くん。


「それじゃあ、なんでそんなことを聞くのよ」


 しかもそんな表情で。

 恋に悩める少年、そのものじゃない。


「今、やってる曲が〈愛の悲しみ〉って曲なんです」


 それを聞いた昴さんが反応をする。


「ほう、フリッツ・クライスラーの〈愛の悲しみ〉か。また難儀なきょくをやっているな」


「はい、そうなんですよ。音楽教室の先生からも『君の愛には艶が足りない!』なんて意味の分からないこと言われちゃって。それで、悩んでいたんですよ」


 本田くんは再びため息を吐いた。


「愛かぁ」


 そんなこと言われても私にも分からない。

 何を隠そう、私も恋なんてしたことがない。

 恋? 何その感情? おいしいの? 状態である。

 その上、悲しみっていったら失恋じゃない。

 聞く相手が違うにも程がある。


「もう愛なんて分からないですよ!」


「ほう。愛なんて、そう難しく考えることでもあるまい」


 そこで昴さんの爆弾発言が飛び出す。


「武蔵野先生、愛が分かるんですか!」

「店長って、愛が分かるんですか!」


 私と本田くんの声が重なる。


「それはまぁ分かるが」


 うわぁ、音楽しか脳のない変人だと思ってたのに!

 なんだか裏切られた気分だ。

 思ったよりも自分がショックを受けていることに気付く。


「それで、お相手は誰なんですか? あっ、まさかこの前、お正月付近に来ていたあの美人のヴァイオリニストですか? 確か名前は凛子りんこさん!」


「はぁ? 何を言っているんだね。凛子と何の関係があるんだ。相手はこれだよ、これ」


 ピアノをトントンと指で叩きながら言う昴さん。


「「え?」」


 同時に固まる私と本田くん。


「音楽だ、音楽」


「なるほど、音楽を愛するですか。愛って幅広いんですね」


 うんうん、と納得する本田くん。


 な、なんだぁ。

 まぁ、昴さんのことだから、そんなことだろうと思ったけれどもね。


「ふむ、少し君の音楽に興味が出てきたな。陸君、弾いてみなさい」


 昴さんは試すように本田くんに言った。


 それを聞いた本田くんは慌ててヴァイオリンを用意した。




 その音楽はヴァイオリンの嘆くような音から始まった。

 それに合わせて、踊るようにピアノが加わる。

 憂いを帯びた旋律は心に沁みとおる。

 繰り返されるメロディは何かを訴えているように思えた。

 曲の雰囲気が変わり、明るい旋律が一筋差し込んでくる。

 それは何かへの希望に感じた。

 その希望は飛び立って消えてしまう。

 そして、切ない旋律が帰って来る。

 最後に、優しい音色でその音楽は締めくくられた。




「時に、陸君はこの曲についてどのくらい知っているかね?」


「クライスラーが作曲した〈愛の喜び〉と対になる曲ってことぐらいです」


「ふむ、それは間違いではないが、さらにそれに加えて〈美しきロスマリン〉という曲があり、〈3つの古いウィーンの舞曲〉と題されている。この〈愛の悲しみ〉は、南ドイツの舞踊であるレントラー、すなわち二人一組で跳ねて踊る音楽に乗せられて、ヴァイオリンが憂いを帯びた旋律を奏でることが特徴的だな」


「なるほど」


 メモを取りながら聞く本田くん。


「さらに、この曲は当時クライスラーと親睦のあったセルゲイ・ラフマニノフが、〈愛の喜び〉と共にピアノ独奏版の編曲をしたことでも有名だ。こちらもラフマニノフの特徴がたっぷりと盛り込まれた素晴らしい名曲になっている」


 軽く序盤だけ弾いてみせる昴さん。

 こちらもまた違った味わいがあった。


「でも僕、この〈愛の悲しみ〉って悲しみだけじゃない気がするんですよね」


「それもまた正しいかもしれない。オーストリアではこの原語に憧憬の意味も含まれていると聞くからな」


「でも、愛かぁ」


 再びため息を吐く本田くん。


「その愛に悩む時間もまた愛かもしれんな」


「難しいですね」


「愛に形などないだろう。君の思った愛を探すといい。正しい答えなどどこにもないのだから」


 そう言った昴さんは、何だか優しげな表情をしていたのだった。

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