クエスト9:単件クエストとA級ギルド
「いよいよ今日ですねミリシャさん!」
カウンターの長椅子で目をキラキラさせる冒険者が一人、リム様だ。
今日は大手クエスト受付所で『獄炎鳥グレンウイグルを討伐せよ』のクエスト受注が解禁となる日。解禁日といってもすでに各冒険者へクエスト内容の告知は済んでおり、事前申し込み可能な案件である為実質的には誰がこのクエストを受ける事になったのかを公表する日だ。
「ぬーん、でもルーンヌィのギルドさん、ちゃんとミリシャさんの作戦通りにこのクエストを受注してくれますかね?」
リム様はそう言って少し不安な表情を見せる。
「確実、とは言えませんが可能性は高いです。今回のクエストは単件クエストといって、複数の冒険者が受注できない種類なんです。単件クエストの中には受注した順番でクエスト挑戦権の優先順位が決まってしまうものもあるのですが、S級クエストともなると事前申し込みをして来た冒険者の中からクエスト総本部が適任者を選定しますからルーンヌィ所属のメンバーが受注申請を出していればまず選ばれるでしょう」
「へぇ~流石ミリシャさんは博識です。勉強になります」
「いえいえ、でもリム様が今後クエストをこなしていく上でこういった知識は大事なので覚えておいてくださいね」
「はーい」
「後はリム様が今回のクエストの初級冒険者枠に選んでもらえるか……なんですけど。こればかりはルーンヌィの冒険者の方がどのような基準で選ばれるのか分かりません」
「ふむふむ、普通はどうやって選ぶんですかぁ?」
「普通は同じギルドの中に何人かは初級者メンバーが交じっているのでその中から選ぶんですよ。でもルーンヌィは支配者クラスしかいないですからね、公募を行うのかもしれません。どちらにしてもしっかりアピールできるように準備しておかなくてはいけないですよリム様」
「千里の道も一歩からですね!」
「リム様は千里の道を一歩で歩こうとしているからその使い方は違いますね」
「なるほど~勉強になります!」
本当に分かっているのかな……その元気のよさとは裏腹に少し心配になる。
今回うまくいけばルーンヌィへの加入、というか一時的な同行は可能となる。そして目の前でSクラスギルド・ルーンヌィの姿を見て本当の意味で冒険者としての道に目覚めてもらえるならばそれほど嬉しい事はない。
私は今回受けたリム様をルーンヌィに加入させるというクエストを真剣に達成したいと思うようになっていた。
「お~い、例のクエストの結果が出たぞ~」
ナフコフの扉がガチャリと開き、右手に持った一枚の紙をひらひらと揺らしながらルク先輩が戻ってきた。
「ルクちん!」
「おう、リム。来てたのか」
「あ、屑先輩、どうでした?」
「おいミリシャ、先輩を屑と呼ぶのはやめろ」
「すいません、つい心の声が」
「なんだよ。まだ怒ってんのか? ブルーベリーが足りてないんじゃないか?」
「それは目を良くする効果でしょ、言うならカルシウムです! それに怒るのは当然ですよ。私を磔にする意味なんてまったくなかったじゃないですか」
「そんな事はないさ。クエスト受付所で働く者として冒険者の気持ちになるというのは大事な事だぞ、実際お前はさも当然のようにリムに囮役をさせようとしていたんだからな」
「ぐ……それはそうですけど」
「ああいうのは身を持って経験すべきなんだよ、特に今回は受付所の職員としてじゃなくてクエスト受注者として動いているんだからな」
鬼畜の所業を行った本人とは思えない正論っぽい事をペラペラと述べるルク先輩。
「で、でも磔にする理由にはならないじゃないですか!」
「今回獄炎鳥の討伐を受注した奴が同行者である初級冒険者をどう扱うかなんて誰にも分からないだろ? ある程度危険な状況を想定して事前演習と対策を講じておくのがフツーだ」
真剣な表情でクエストを受注する事の意味を説くルク先輩。確かにその通りだ、私は今回のクエスト達成の方法ばかりを考えてリム様の安全性をいつの間にか軽視してしまっていたのかもしれない。自分が実際に現場に行ってみて初めてその危険性に気付いたのもまた事実……先輩の言う通りだ……まだまだ未熟だな私。
「……ルク先輩の言う通りです。すいませんでした」
「まあ今回は突然磔にされた時のお前のリアクションが見てみたくて面白半分でやっただけだが」
「おぃぃぃ正直者ぉぉぉ! じゃあやっぱりただの屑じゃないですか! なんでちょっといい話風にした挙句あっさり本音をぶちまけてるんですかぁ!」
「人は正直でありたい生き物だからさ」
「それっぽく言うなぁぁ!」
そんな私とルク先輩のやり取りを見ていたリム様が話に割って入る。
「ルクちんってミリシャさんとゾウリムシには厳しいよね、なんでかな?」
私ゾウリムシと同格!?
「はは、リム。これは混沌と混迷の裏返しさ」
愛情の裏返しではなく? 何をどうひっくり返してもカオスにしかならなそうですけど!
「そんな事よりホラ、獄炎鳥討伐クエストの件だけどな」
バンッと音を立てて手に持っていた紙を机の上に置く。
ルク先輩が持って来た紙はクエスト受注者一覧の紙だった。私とリム様は興味津々にその紙を覗き込む。
「え~と。獄炎鳥、獄炎鳥……あ、あった」
そこには確かに『獄炎鳥グレンウイグルを討伐せよ』という文字が書かれていた。しかし……
「え? これって……」
私は見間違いではないかともう一度確認する、しかし間違いなく獄炎鳥グレンウイグル討伐の受注者は冒険者ガルニッヒ、所属ギルド・パビェーダと書かれていた。
「ルーンヌィじゃない……」
「あぁ、どうやら今回のクエストにルーンヌィは参加しなかったらしい。別の案件でも抱えていたのか、あるいは……」
「……今回のクエスト指定条件がネックだった、という事ですか?」
「多分な」
甘かった。覇権ギルド・ルーンヌィはS難度のクエストを取るよりも一時的であっても初級冒険者をギルド内に入れるというリスクを嫌ったという事だろう。確かにルーンヌィほどのギルドになればS難度のクエストであっても躍起になって取りに行く必要はない。むしろ他所から雇った初級冒険者からギルド内の情報が外に漏れるのを警戒するのは当然とも言える。
「あららぁ……」
その結果を受けてシュンと肩を落とすリム様。
「あの……すいませんリム様。私の考えが甘くて……それに変に期待させるような事も言ってしまって、本当にすいませんでした」
「あ、いえいえ。私は凄く感謝しているんですよ。ただこんなに一生懸命やってもらったからなんだかミリシャさんに申し訳ないなって気持ちで、ちょっと肩を落としちゃいました」
そう言って舌を出してニコリと笑う。
「……リム様」
「でも、私はこんな事では負けませんよ! よくよく考えればルーンヌィのメンバーに勝手について行って横の方でちょろちょろしてればいいんですからね!」
「そうですね、よくよく考えてソレだと少し心配になってしまいますが意気込みは大事です!」
バァァァン!
その時ナフコフの入口の扉が大きな音を立てて開く。乱暴な扱いで扉を開けて入って来たのは黒髪短髪で無精髭を生やしたガタイのいい大男。腰には大剣、着ている物も軽装ではあったが上質な皮をあしらった作りの黒い鎧を身に纏っていた。とても道を尋ねに来たという風貌ではない。
「あ、あのどうされましたか?」
「おう、噂には聞いてたが辛気臭ぇ受付所だな」
ずかずかとナフコフの中に入って来る大男はカウンターの前まで来ると私に乱暴な口調で話しかけて来る。
「ほーう、色気はねぇが素材は悪くねぇ姉ちゃんだな。どうだ、こんな廃れた受付所で働いてねぇでウチに来る気はねぇか?」
「あの、えっと、そう言われましても……ナフコフに何かご用でしょうか?」
「かぁー! ノリの悪い女だな、折角上級ギルド、パビェーダのガルニッヒ様が誘ってやってのによぉ」
「は、はぁ……? って、えぇぇぇ!! あのA級ギルド・パビェーダの!?」
なんでA級ギルドの冒険者がここに!?
も、も、も、もしかしてクエストを受注しに!?
「がはは! ビビったか、こんな超弱小受付所に俺のような大物が来ることなんてねぇだろうからなぁ!」
「は、は、はいぃ! す、すいませんお茶も出さずに」
私は突然の事に軽いパニックを起こす。先月のリム様に続いて二ヵ月連続の冒険者の来訪、これはナフコフ的には大事件だ。しかもA級ギルド! って……あれ?
私はガルニッヒという名前に聞き覚え……いや、見覚えがある。
「あ……あの、ガルニッヒ様って獄炎鳥のクエストを受けられた、あのガルニッヒ様ですか?」
「おう! もうこんな所まで情報が回ってたか、その通り! 俺様はこれからS難度のクエストを制する男、豪傑の称号を持つガルニッヒ様よ!」
豪快に名乗る冒険者ガルニッヒ様。そんなガルニッヒ様を鼻をつまみながら冷ややかな目で見ている男が一人。
「ん? そこの愛想のねぇ銀髪は誰だぁ?」
「……あぁ、申し遅れました。私、ナフコフ受付所主任のルク・スラーヴァと申します」
「主任だぁ!? テメェさっきからなに鼻をつまんでやがる」
「いえ、急に豚が入って来たものでつい」
「あ? なに言ってやがるんだテメェ」
「おや、やっぱり豚に人間の言葉は難しいですか? では……ブヒブヒブヒブ――ヒ! よし、これで通じるな」
小さくその場で拳を握って納得の表情を見せるルク先輩。
「な、な、な、な、な、何やってるんですかぁぁぁぁルク先輩ぃぃぃ!!」
豪傑に豚という称号まで与えられたガルニッヒ様は完全にブチ切れた様子でルク先輩を睨みつけていた。