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最終クエスト:ナフコフ受付所へようこそ!

「さ、寒いぃ……」


 寒風吹き荒れる中ガチガチと歯を鳴らしながら小刻みに体を揺らして熱を保つ。ドラギスちゃんに消し飛ばされたナフコフ受付所の完全な復旧には時間を要する為取りあえず1階の受付部分だけ簡易な木造りで建て直し営業を再開しているのだが素人の拙い作りであるため隙間風がビュンビュンと中に入って来る。


(うぅ……それにしても寒すぎだよ。冒険者様も来ないし今日はもう閉めちゃおうかな)


 あまりの寒さにいけない事だとは思いながらも弱気が顔を覗かせる。外を見るとちらほら雪も降り始めていた。


(雪かぁ。そういえば私が初めてナフコフで冒険者様と応対したのもこんな雪の日だったなぁ)


 もう二年も前になるのかと思うと時の流れの早さを感じる。

 入社して半年……まったく冒険者の来ないナフコフに絶望し離職さえ考えていたあの時、颯爽とやって来たあの冒険者様は今でも忘れない――――



※※※※※



「まったく! ルク先輩はまたサボリですか! 冒険者様が来ないからってふざけすぎですよ」


 ナフコフのカウンターを掃除しながらやる気のない先輩に腹を立てる。いつもの事なのだから今更怒る事でもないのかもしれない。でも私はそれを寛容する程気持ちに余裕がなかった、来る日も来る日もやって来る気配がない冒険者を待ち焦がれ、焦がれ焦がれて疲れ果ててしまっていたのだ。


「なんなんですかこの受付所は! 先輩はあんなだし冒険者様は来ないし……こんなんじゃあ私……」


 ……もう辞めちゃおうかな。

 冒険者様のお手伝いをしたい、私の昔からの夢。その夢がこの場所であれば叶うと希望に胸を高鳴らせて冒険者が集う町クナシャスまで働きに来たのに現実は無情なもので、理想とのギャップは半年で私の心を折るには十分だった。


 コンコン……


 そんな時、入り口の戸を叩く音がする。

 はぁ……またクエスト情報誌の営業かなぁ。私がここに来てから話す人ってルク先輩と営業の人しかいないよ。

 私は勢いよく戸を開けて大声で叫ぶ。


「ウチは情報誌要りませんから!」


 あぁ、苛立ちもあり言葉もきつくなってしまった、営業の人達だってお仕事で回っているだけなのに……私は後悔しながらチラリとナフコフ入口の前に立つ来訪者を横目で見る。

 そこには顔から足元まで全身黒タイツを身に纏った変態が立っていた。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「お、落ちつけ! ……い、いや落ち着いて下さい。俺は……いや私は怪しい者ではありません」


「じ、自警団! 自警団の人ぉぉぉぉ! 変質者です! 助けてくださぁぁぁぁい!」


「や、やめろ! 自警団を呼ぶのはやめるんだ。私は冒険者、クル・ヴァーラスという者だ」


「へ?」


 冒険者という単語に反応しピタリと悲鳴が止まる。冒険者……? この人が? 


「ふぅ、やっと分かってくれましたか。私はこのナフコフ受付所でクエストを受注しに来た冒険者なのですよ」


「え……えぇぇぇぇ!! じゃあもしかしてお客様なんですかぁ!!?」


 初めての冒険者様の来訪に私は気が動転してしまう。


「あ、あ、あ、あの! すぐに上の者を呼んで参りますのでしばらくお待ちください! そこから絶対一歩も動かないで下さいね!!」


 私は絶対に逃してはいけないという切迫感もあり語尾を強めて冒険者様に念を押す。


「いえ、上の者は呼ばなくて大丈夫です。簡単な手続きだけなのでミリシャさんにお願いしたいのですが」


「え、えぇ! 私にですか!? む、無理です。私まだ冒険者様の応対をした事がなくて……って、あれ? 私名前言いましたっけ?」


「げ、げふん、ごふん。い、嫌だなぁ。ほらただの予知能力ですよ」


 なんだ予知能力か、やっぱり冒険者様って凄いんだなぁ。それにしてもこの声、どこかで聞いたような。


「それより外は寒いから中に入りましょう」


「は、はい」


「あとミリシャ、コーヒー淹れて来て」


 早くも呼び捨て!? 流石冒険者様はアグレッシブだ。



 長い事誰も座っていなかった来客用の椅子はこの日の為にピカピカに磨き上げていた。私は緊張で手を震わせながらコーヒーを冒険者クル・ヴァーラス様の前へと置き恐る恐る手続きに入る。


「あ、あの、本日はご来店誠にありがとうございます。僭越ながら私ミリシャ・クウェストリスがクエストの手配をさせて頂きます」


「うむ、頼む」


 慣れたように座った椅子を後ろに傾けてコーヒーをすするクル・ヴァーラス様。


「クル・ヴァーラス様、何かクエストのご希望はございますか?」


「う~ん、そうだなぁ。あ、アレなんていいんじゃないか? ほらあのフンコロガシのフンを丸めるお仕事ってヤツ」


「あ、それはあまりお勧めできないんですよ。ウチの頭のおかしい先輩が取って来た意味不明なクエストなので」


「なんだと!」


 コーヒーカップを机の上に乱暴に置いて椅子から立ち上がる冒険者様。


「す、すいません。こんなクエストしか置いていなくて……」


「違う! そうじゃないぞ! 世の中には進んでフンを丸めたいという冒険者だっているんだ、それをお前の価値観で排除してしまうのが間違っていると言っているんだ!」


「は、はい。仰る通りです、すいません」


 確かに冒険者様の言う通りだ、不慣れとはいえ私はなんて失礼な事を言ってしまったのだろうか……シュンと縮こまる私に対してクル・ヴァーラス様は優しく肩に手を置いて話しかけて来る。


「いいんだ、間違いは誰にだってある。そもそも冒険者なんていうのは糞みたいなヤツばかりなんだからフンでも丸めさせておけばいいんだよ。だからこのクエストをチョイスしたお前の先輩は天才だ、崇め称えて言う事をよく聞くようにな」


「は、はぁ……」


「よし、それじゃあこのフンコロガシクエストの申請をお願いできるかな?」


「は、はい!」


 初めてのクエスト受付所の仕事に私の気持ちは高揚する。と、同時にパッと見、黒タイツの変質者としか思えないこの冒険者様に惜しみない感謝の気持ちで胸がいっぱいになっていた。

 私はペンを走らせながら目の前にいる冒険者様にそれを伝えずにはいられなかった。


「あの、本日は本当にありがとうございます。実は私冒険者様のお手伝いをさせて頂くのが夢でこのクエスト受付所で働いていたんです」


「そうか」


「はい。でもウチは弱小と呼ばれるクエスト受付所なので全然冒険者様も来てくれなくて……だから今日クル・ヴァーラス様のお蔭で夢が叶って本当に嬉しいです」


「夢が叶った、か。それは違うんじゃないか? ただ待っていてたまたま叶う夢なんて夢でもなんでもないだろう、それはただの業務だ」


 クル・ヴァーラス様は机に肩肘をつき真剣な口調になる。


「自分が想像できる中での最大の目標が夢だろ。自分の力で勝ち取ってこそ初めて価値があるんだよ、夢は叶うんじゃなくて叶えるものだぜ?」


「叶えるもの……」


「環境に嘆いてその場で立ち止まり挫けているような奴には叶えられない代物って事だよ。方法はいくらでもあるんだぜ? 冒険者を力づくで捕獲しても良し、罠に嵌めて連れてくるも良し」


 例として出された方法が適切かどうかは不明だが私は心底自分の甘さが恥ずかしくなった。冒険者様の言う通りだ、私がこの半年でやった事といえばクエスト受付所の雑務と掃除くらい。積極的に冒険者様に呼びかけを行うなんて事はしてこなかった。

 私はその場で立ち上がり深々と頭を下げる。


「あ、あの! ありがとうございます、私まだまだ全然駄目駄目でした。このナフコフ受付所を冒険者様でいっぱいにできるように頑張ります!」


 私のその言葉に黒タイツで顔の表情は良く分からなかったが冒険者様は笑っているように見えた――――



※※※※※



 ……そうだった、私はあの時から自分の力でこのナフコフ受付所を盛り立てて行こうと思うようになったんだったな。


「お~いミリシャ、コーヒー淹れてくれ~」


 いつものように奥の休憩室でゴロゴロ休んでいるルク先輩の声が聞こえる。私は少しだけ口元を緩ませて返事をする。


「すいませ~ん! 私ちょっと外にチラシを配りに行って来るので自分で淹れてくださ~い」


 私はそう言ってコートを羽織り外へと飛び出す。

 雪はしんしんと積り世界を銀世界に変えていく。私の世界は勝手に変わってはくれないけれど、それでも無限に広がる雪面に踏みしめた足跡を残す事はできる。


「こんばんは! ナフコフ受付所は本日も営業しております!」



 冒険者が集う町クナシャス、そしてその片隅にあるクエスト受付所ナフコフ。私が働くこの場所は弱小と呼ばれるクエスト受付所。年間クエスト受付数最下位、年間冒険者立ち寄り数最下位、年間売上高も当然最下位、弱小も弱小の最弱と言ってもいい。

 でも私はこのナフコフが好きだ。夢への一歩を踏み出して、そして私と冒険者を繋いでくれるこの場所が。



――――END


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