クエスト30:開戦
「わ〜凄い人ですね〜」
ナフコフ受付所の中から外を眺めていたリム様が感嘆の声をあげるのも無理はなかった。モンスターヴィーゾフの予選会場となったナフコフ。普段は世界で一番人が来ない受付所と言っても過言ではないのだが今日はその限りではないようだ。
「ほんとに凄いですね……これ全部大会の参加者と観客ですか?」
私もその光景に目を丸くする。昼からの予選に向けて続々と集まって来た人の数は少なくとも2000人を超えていたからだ。しかしいつも閑散としているナフコフを盛り上げようと躍起になっていた私としてはなんとも複雑な思いが込み上げて来る。
(あんなに色々頑張っても誰も来なかったのにカード大会ってだけで人って来るんだなぁ。私がやって来た事って一体……)
この人達は大会を見に来ているだけであってナフコフに用があるわけではない。この中に冒険者がいたとしても純粋に大会を楽しみに来ているだけのはずだ。それでも少しだけ寂しいのは自分がいかに無力だったかを痛感させられるから。
(ううん、駄目だよ私。無力なら今からナフコフの力になればいいんだよ。その為にこのカードゲーム大会に出ているんだから)
そう、私が一人で落ち込んでいる時間などないのだ。今はナフコフの為に、ドラギスちゃんの為に、精一杯練習の成果をぶつけるんだ!
……それにしても人、多いなぁ。
増え続ける観客はナフコフ敷地の小さな庭だけでは当然入りきらず、受付所前の通りに押し出されすし詰め状態で窮屈そうに並んでいた。
「ルク先輩、この観客の皆様はどうするんですか? 受付所の中なんてせいぜい30人くらいしか入れませんよ」
元々ナフコフを予選会場にしたのはルク先輩だ。キャパが足りない事くらい重々承知のはずなのだけれど……
「うーん、どうしよっか」
気の抜けた責任感のない返事が返って来る。
(やっぱり何も考えてないよね……)
「でもこのままだとマズイですよ。通行の邪魔にもなっていますし、何よりこんな密集した状態は危険です」
「でも近くに広場もないしなぁ……よし、ドラギス。ちょっと火の息吹で数を半分に減らして来い」
「がう!」
ドラギスちゃんが意気揚々と立ち上がる。
「だ、駄目に決まってるじゃないですか! ドラギスちゃんも、がう! じゃないよ!」
「でもこのままだとミリシャが言うように危ないからなぁ」
先輩の思考回路の方が危険だよ……
「こんな人数が集まれる場所なんて近くにないですよね……どうしよう」
大会が始まる前からほとほと困り果ててしまう。ナフコフで予選を行う以上、会場運営は私達の仕事だ。怪我人を出すわけにはいかない。
「う〜ん……普通は観客の人達はどこで観戦するものなんですか?」
「専用会場なら広いからこのくらいの人数は余裕なんだけどな。今回みたいに急遽別場所でやる場合はモニターだけ設置して広場に集めたりとかかな」
「広場かぁ、ちょっと遠いけどリザン公園にでも移動してもらいましょうか」
「リザン公園か、誘導面倒だな〜。それにあんな人数で移動してたら日が暮れちまうぞ」
口を尖らせて反対意見を口にするルク先輩。
「仕方がないですよ。安全第一ですから」
「ちっ、なんで今回こんなに人が多いんだ」
「え? 普段はもっと少ないんですか?」
「アア、会場ガ分散しているにも関わらずこの人数は流石ニ多いナ」
一回戦に向けてオイルを補給していたロボニッヒが口を挟んで来る。
「そうなんだ……でもなんで?」
「それは多分奴等ヲ一目見る為だろうナ」
「奴等……」
ロボニッヒが指す奴等とは恐らく私達の一回戦の相手、世界ランキング一位のあのチーム……いやギルドといった方がいいのか。
ドオオオォォォン!!
その時突然外から猛烈な爆発音が響く。
「え!? な、なに!?」
私は慌ててナフコフ受付所の外へと飛び出す。
外は大量の煙で覆われておりほとんど何も見えない状態だった。
なにこれ爆弾!? 観客の皆さんは!?
動揺して右往左往している内に煙が晴れて来て辺りを見渡せるようになった次の瞬間、私は唖然とする。
「う、嘘……」
私の目に飛び込んできたものは広い更地……先程までそこにあった建物はナフコフを除いて跡形もなく消し飛んでいた。
「なに、これ……」
驚愕する私をよそに外にいた人達はあれほどの爆発にも関わらず、何かに守られていたように怪我一つ負っていない。そして動揺どころかむしろ歓喜していた。
『おおおぉぉぉ来たぞぉぉぉぉ! センチュリオンだぁぁぁ!!』
観客の人達の視線の先で堂々とこちらに歩いて来る人影が五つ。
「来たな」
いつの間にか外に出て来ていたルク先輩が私を制して一歩前に出る。
煙を振り払いながら姿を現したのは、布地の少ない黒い服を身に纏い妖艶な雰囲気を醸し出す美しい女性。その女性を筆頭に男性三人と少女が一人、涼しげな顔でこちらを見ている。
「観戦する場所がないと皆困っていたのでな。会場を作っておいてやったぞ。なに礼には及ばん。皆、我等が勇姿を見に来ているのだからな」
先頭を歩いていた女性が歩みを止めて話かけて来る。
「随分と人が良い事だな。自分達が負ける様を見てもらう為に会場を設営してくれるなんて」
ルク先頭が不敵に笑い応答する。
微笑を浮かべる両者の目からは見えない火花が散っているようだった。
(これカードゲームの大会だよね!?)




