クエスト16:銀髪の少年
「皆さんにお伺いしたい事があります! 冒険者って何を基準にクエスト受付所を選んでいるんですかね!?」
足早にナフコフへと帰って来た私は入口のドアを開けると同時に言い放つ。
結局フレミアと二人で知恵を絞っても解決策の糸口さえ見つからなかった。商売敵である他受付所の事でしかも私の個人的な感情で首を突っ込んでいる為、先輩や冒険者の二人には相談をしにくかったのだがそうも言ってはいられない。ぐずぐずしていたらフレミアの祖父が明日にでも受付所を閉めると言いかねないのだから。
シーン……
しかし私の声は虚しく受付所に響いただけで何の反応もない。先ほどまでトランプ遊びに興じていた三人は忽然と姿を消しナフコフ受付所は静寂に包まれていた。
「あ……れ? 皆どこかに出かけちゃったのかな?」
静まり返った店内を一人歩きながら辺りを見渡す。
冒険者であるリム様とガル公は元々お客様だから居なくても不思議ではないけどルク先輩まで? まあ、あの人はしょっちゅう居なくなるけど。
それにしてもこんな時に……困ったな。ララジェル受付所の件、相談したかったのに……ん?
ふとカウンター奥を覗くと本を顔に被せて眠りこけている銀髪の男性の姿が目に入る。ご丁寧に椅子を並べて仰向けになっているその姿に呆れ返った私は右手で本を乱暴に払いのけて叱り飛ばす。
「もう、ルク先輩。こんな場所で寝ないで下さいよ! 冒険者の方が来たらどうするんですか!」
払いのけた本はバサリと音を立てて床へと落ち、眠りこけてた男性の顔があらわになる。
え……?
私は一瞬硬直する。それもそのはず、ルク先輩だと思っていた睡眠中の人物は見た事も無い男性だったからだ。
(だ、誰?)
よくよく見るとその人物はかなり若く男性というより少年という方が適切な表現だった。小柄な体躯に女性のような白い肌。幼さを残す顔作りと少し長めに伸びた髪。服装は見た事も無いような宝珠を編み込まれた白い騎士服、年齢はリム様と同じくらいだろうか……
(ルク先輩と同じ銀髪……だけど兄弟とかじゃないよね、全然顔似てないし)
でもこの少年どこかで見覚えがあるような……それにこの服装って……
そんな事を考えていた矢先「うう~ん」と寝返りをうった少年は簡易作りの椅子のベッドからバランスを崩し転げ落ちてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
私は思わず主のように受付所に寝転がっていた少年に声を掛ける。
「あ……すいません。ついウトウトと」
少年はスクッと立ち上がるとこちらに向かって一礼する。
ついウトウトって椅子を並べて寝る気満々だったのでは……という疑念はさておきどうやら不審者というわけでもなさそうだ。
「いえ。それは別にいいのですが……もしかしてその服装、冒険者様ですか?」
私はゴクリと生唾を飲みながら少年に問う。
「はい。少し立ち寄らせて貰ったのですが誰もいなかったもので少しの間だけ店番の代わりをと……勝手な真似をしてすいません」
「あ、いえいえ! こちらこそ折角来ていただいたのに店を空けており誠に申し訳ございません!」
よっしゃ――! やっぱり冒険者様だ――! ここ最近でもう三人目だよ~。まあ一人はアイドル志望で一人は人攫いだったけど、でも最近ナフコフにいい波が来てる!?
天にも昇る気持ちで私の頬はお餅のようにふにゃりと緩む。
「それでクエストを受注したいのですが何かお勧めのクエストはありますか?」
「はい! 当店はお客様に合ったクエストをご紹介させていただきます! 何かご希望はございますか?」
「そうですね、実はスケジュールが詰まっているので日帰りで行えるようなクエストがあると嬉しいのですけれど」
「かしこまりました! それであれば……」
私はそこまで言い掛けたところで言葉に詰まる。
「……? どうしました?」
「あ、いえ……」
ナフコフ受付所に来てくれた貴重な冒険者様。しかも直近の二人と違い、普通にクエストを受注しようとしてくれている大事なお客様……
それでも私の脳裏に浮かんだのはフレミアの顔だった。
(……このタイミングで普段来ない冒険者様が来てくれたのも、きっと神様がフレミアの頑張りを見ていてくれたからだよね)
私は一呼吸置いた後、口を開く。
「あの……実は当店、今クエストの取り扱いを切らしておりまして、大変申し上げにくいのですがお客様にご紹介できるクエストがございません」
「え? そうなんですか。それは残念だなぁ」
「はい、申し訳ございません。折角来ていただいたのに……」
本当にそうだ、こんな弱小クエスト受付所に来てくれる冒険者様なんて神様以外の何ものでもないよ。でも神様、今助けて欲しい人は別にいるの。
「冒険者様。当店でクエストをご案内する事はできませんが、私この近くに良いクエストを取り扱っている受付所を知っております。せめてものお詫びにそこまでご案内させていただけないでしょうか?」
私はそう言って深々と頭を下げる。
「え、いいんですか? 他の受付所を斡旋なんて聞いたことないですけど……」
「大丈夫です、品質は私が保障致します。何か不都合な点がありましたら私、ミリシャ・クウェストリスまでお申し付けください」
「……そうですか。ではお言葉に甘えて」
少年冒険者様は椅子の横に立てかけていた小振りの剣を腰にさすと私に向かってもう一度小さく頭を下げる。
頭を下げたいのは私の方だ……こんな小さな受付所に来ていただいて本当にありがとうございます。
「あ、そういえばまだ名前を言っていなかったですね」
ナフコフ入口のドアノブに手を掛けたところで少年冒険者は私の方へと振り返る。
「すいません、私もお伺いするのを忘れていました」
クエスト受付の初歩中の初歩である名前の聞き取りが出来ていなかった事に今更気づく。冒険者の方が来ると舞い上がっちゃって……駄目だな、私は。
「僕の名前はエルナイト・ジャスティリア。以後宜しくお願いします、ミリシャさん」
「はい。こちらこそ宜しくお願いしますエルナイト……」
って……エル……ナイト??
その名前の意味を理解した瞬間、私の心臓は大きく脈打つ。どこかで見た顔、そして有名なこの名前……
「えぇぇぇぇエ、エルナイトォォォ!? エルナイトってS級ギルド・ルーンヌィの神童、『あの』エルナイト・ジャスティリアですかぁぁ!!?」




