6.首都高
「いいや、代金は金では無い。……君が欲しい」
「へっ?」
言葉の意味がすぐに理解出来ず、頭の中が一瞬フリーズした。
「裏の世界でそう言う商売をしている君なら、私の言っている意味が分かるだろう?」
「……いや、まあ分かりますけど、俺は見ての通り怪我してますし」
「その部分の傷に負担を掛けないやり方でやるから。私も最近は発散出来ていなくてね……そもそも私達はその関係で知り合ったんだからな」
穏やかな顔はそのままに、目だけが真面目なものから色欲で一杯のものに変わっている。
しかし、昨日も今日も立て続けに修羅場が襲って来ていた為に俺は既に限界である。
「いや本当に勘弁して下さいってば。昨日も訳の分からない走り屋にガツンガツン車に体当たりされて、今日もまたやられてるんですから」
「……そうか……」
エイアルさんの声のトーンが明らかに低くなったのを見て、ようやく諦めてくれたのだと俺は胸を撫で下ろして帰ろうとした。
だが、それは半分正解で半分間違いだった。
「だったら、明日は丁度私は休みだから今日の夜に首都高に付き合ってくれないか?」
「えっ、首都高ですか?」
さっきよりも更に言葉の意味が理解出来ず、俺のフリーズ時間もそれに比例して長くなった。
それはエイアルさんにも分かった様で、その言葉の意味を教え始めた。
「外に停まっているシルバーのベンツは私の車なんだが、あれで夜の首都高をたまに走っているんだ。聞いた所、君はどうやら運転のテクニックをそれなりに持っているそうじゃないか。私は運転に関しては素人だが、見た所あの車と私のベンツとの性能差は大きそうなのでね。だから割と良い勝負が出来るんじゃないのか?」
その一言で、エイアルさんが何を言いたいのかがようやく分かった。
「それって、首都高で勝負しろって事ですか?」
「その通りだよ。それが代金の代わりとなるが……もし私が勝ったら一晩私に付き合って貰おう。君が勝てば治療費は無しで結構だ」
「えっ……」
それはつまり、勝つか負けるかによってこの先の運命が変わると言う事になる。
本音を言えばここでさっさと逃げてしまいたいが、そうしたら裏の世界にどんな噂を流されるか分かったもんじゃないので、俺は腹を括った。
「……分かりました。その勝負受けますよ」
「良いだろう。だが、もし途中で傷に影響が出たらその場で電話でも何でも合図を送ってくれ」
と言うか、そもそも傷が治ってからこうした勝負をさせるべきなのではないかと俺は考えたが、引き受けてしまった以上もう引き返せない。
◇
と言う訳で、俺はエイアルさんと共に芝公園の首都高入り口までやって来た。
「ルールはどうしますか?」
「そうだねえ……車のパワーの差が出にくい環状線内回りで勝負と行こう。カイザム君の車はどれ位のパワーがあるの?」
「えーっと、確か二百馬力位でしたかね?」
「そうか。私のベンツは大体五百五十馬力位だと聞いている。ノーマルからちょっと改造されているらしいんだけどね。この芝公園ランプからスタートして環状線内回りに入り、先に一周して戻って来た方の勝ちだ」
それを聞いた時、俺はエイアルさんの出したこの提案の意図が読めてしまった。
(まさか、この人は最初から俺の身体が目当てでこの勝負を挑んで来たんじゃ……?)
いや、それしか考えられない。
お互いにチューンしてあるとは言え、元々の車のスペックがスペックなだけに勝ち目は俺の方がかなり低い。
しかも環状線内回りとは言え、常に100キロ以上のハイスピードな領域で走らなければならない首都高速が舞台となれば、エンジンパワーのある車の方が有利なのは間違い無い。
それが全て分かった上でこの勝負を挑んで来たとすれば、何としてでも俺の身体が欲しいが為に、俺が圧倒的に不利な条件を持ち出したとしか思えないからだ。
後は、エイアルさんが自分で言っていた「ドライビングテクニックは素人」と言うのが何処まで本当なのかである。
東京都の23区内に住んでいる俺も首都高を走る機会はそれなりにあるが、本気で攻めた事なんて余り無い。
それでもちょっとは攻めた経験があるので、俺はその経験に掛けて芝公園ランプから首都高速内回りに入る。
そして本線に合流した瞬間、一気にアクセルを全開にして加速する俺の横を、物凄い音を立ててエイアルさんのベンツが抜いて行った。
(あれって確かS55……しかもさっきルール説明されている時にチラッと見た限りでは、AMGのエンブレムが装着されているモデルだったな。だったらこの勝負はますますヤバそうだ)
今の首都高は、実は新たなバイパスが開通した為に合法のサーキットとして利用される様になった経緯がある。
だから道路交通法違反にはならないものの、昼も夜も走り屋の車で賑わいを見せているのが特徴だ。
(俺は走り屋って訳じゃないんだけど……こうなったらやるしかねえだろうよ!!)
これ以上尻を狙われるのは俺も車もゴメンだったので、何としてもこのバトルに勝つ事を心に誓いつつ俺はエイアルさんのS55を追い掛け始めた。




