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失ったものは、取り戻せますか?

 忘れた頃に、また顔を出す。どうしても、また考える。

 失ってから大切だったと気付くモノもあるのだと。いや、むしろ失わなければ気付くことが出来ないモノが、ほとんどなのかもしれない。


 そして失ってしまった場合、どうするのか。

 実は案外簡単なことで、思い出せばいい。思い出して、懐かしんで、浸ってしまえばいい。

 もちろん、それが出来るモノならの話だけれど。出来ないものは、諦めるしかない。

 

 例えば、そう――――静けさ、とか。











 煩い、とまでは言わなくても、賑やかだったお茶会が、帽子屋と二人きりになった途端、静かになった。

 あくまでも、沈黙ではなく、穏やかに会話をしていた。と言うことだけは強調しておきたい。

 クッキーや紅茶、タルトの上のフルーツの種類が季節で変わることや、誰がどの味が好きかと言うことを話していた。そう、話していた。

 うん。過去形。


「「………………」」


 経験は何回かあった。

 盛り上げ役やボケ役がいないときに、取り留めのないことを話すと、不意に誰も口を開かなくて沈黙になってしまうことが。でも、その沈黙に耐えかねて、誰ともなく笑い出すのがほとんどだった。それだけの仲の良さや雰囲気の良さがあった。そして、それさえあれば、いくらでも会話を再開できる。


 でも、笑った後の話題を考えてしまって、笑うタイミングすら逃してしまったり、それほど仲がよくなければ? というか、「はじめまして」から始まった会話で沈黙してしまったら?

 ……最悪だ。正直、一番避けたいパターンだった。


 それに、()()()無駄なことを考えたり、思い出さないためにも、話し続けていかった。

 そうじゃないと――――



『覚えて、いないんですね』


「――――っ」


 その言葉と一緒に、帽子屋の溶けるようなふわりとした笑みが、脳裏に浮かぶ。

 またミシリと何かが音を立てて軋む。その痛みに、顔が歪むのがどうしても押さえられなかった。


 それは一瞬だったつもりだけれど、帽子屋はそれを見逃さなかった。

 頭が良いのか、人の顔色を伺うのが上手いのか。とにかく、私が何を思ったのか察してしまった帽子屋は、三月たちのように気付かないのでもなく、チェシャのように気付かないフリをするのでもなくて、正面から受け止めて、それを隠さず、素直に悩む。

 不器用だとも思う、だけど誤魔化さない強さもある気がする。それが、最善かは分からないけれど。


 だけど、目を逸らさずに、真っ直ぐと私を見る目を、他に知っていた。

 ……でも、思い出せなかった。思い出そうとする度に、軋みが強くなるようで、しまいには頭痛さえしてきて、諦めた。

 二人だと気まずくなってしまうのは、帽子屋が悪いわけではない。だけれど――――


 だから、()()()()()きてくれたことには感謝している。しているんだけれど、






「……やっぱ帽子屋と二人きりのほうが良かったかなぁ……?」


 どうしても、そう思わずにはいられない。

 煩い分には、たぶんまだ良かった。でも、無神経なのか故意なのか分からないけれど、あろうことかチェシャは、()()()の話をしだしたのだ。

 彼のテンションのおかげで、帽子屋のときのような暗い雰囲気にはならなかったけれど、内容が恥ずかしくて仕方がない!


 小さい頃だから、気にする必要もないかもしれないし、仕方ないのかもしれない。

 でも、チェシャの真似をして木に登って滑って擦り傷を作ったとか、女王の鎌に憧れて木の棒振り回して頭にぶつけたとかとか、帽子屋の帽子を被って前が見えなくて転んだとか……とにかく、怪我しすぎだと思う。

 おまけに、助けてくれたチェシャに泣きながら抱きついたとか……有り得ない。


 とりあえず、平静を装おうと、テーブルに置かれたケーキの一角を睨みつける。怒ったり焦ったりすれば、絶対にチェシャ猫の思うツボだろうから。

 そのうち透視が出来るようになるんじゃないかってくらい、じぃっと見つめる。一点集中。落ち着け私……!!


「アリスー、眉間にすっごい皺がよってるよ? 今、そんな顔してると将来大変だよ?」

「黙りなさい。余計アリスの眉間の皺が増えるでしょう」


 よほどしかめっ面をしていたらしく、帽子屋が笑いを引っ込めてチェシャに静止をかける。怒らせたと勘違いしているのだろう。

 本気で怒ったわけではないけれど、怒っていないといってしまえばチェシャが調子に乗るだろう。さて、どう反応したものか。


「……私の昔話じゃなくて、そっちの昔話もしなさいよ」

「そーだねぇ」


 ニンマリとチェシャが笑った。

 失言だと、気付くのにそう時間はかからなかった。話をそらすのが最善だと思ったんだけれど、そらす先を間違えたっぽい。

 キリキリと標準をあわせるように、帽子屋のほうに目を向けたチェシャの横顔が、そう無言で語る。ついでに、口端も吊りあがって、どうしてピエロや悪魔の笑顔に見えないのが不思議なくらいギリギリの笑みが広がっている。


「あー……ごめんね、帽子屋」


 帽子屋には絶対に聞えなくて、チェシャ猫に聞えるかもしれない音量で、謝る。そして思った。

 ……失った言葉というか、発してしまった言葉を取り戻す方法はないかな。


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