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逃げられない夢は、現実のように。

 私の失言からしばらく経って。――――チェシャの小芝居が幕を開けていた。

 もっとも、観客と呼べるのは私だけで、残るは可哀想な被害者という、可笑しな構図だったけれど。





 

「んー、そうだねぇ。アリスの話ほど面白くないかもしれないけどー」

「うんうん。それでいいのよ面白くなくていいし私の話はしなくていいの」


 悪魔かピエロのような笑顔から一変し、ニヤニヤニマニマとムカつく笑みを浮かべて、チェシャが悩むフリをする。あ、いや迷ってるかも。話して良いのか、じゃなくてどれを話すかだろうけど。

 ウザイ友達の影が見えるくらい芝居かかった動きと声だった。


 しばらく引っ張った後、今度は小学生のように「ハイハーイ」とチェシャが手を挙げた。話す内容はともかく、どの人物について話すかは終始ブレなかったようだ。絶えず目線が帽子屋に注がれている。


「はい、チェシャ君。どーぞ」


 哀れみの目を帽子屋に向けながら、先生になったつもりでチェシャを促す。やっぱり、彼には尊い犠牲になってもらうしかない。

  コホン、とわざとらしく咳をしてチェシャが口を開いた。


「じゃあ、帽子屋の勘違い談、その一。塩を入れるとお菓子の美味しさが引き立つと聞いて、材料の砂糖を全部塩に「何で、それを知ってるんですかっ!?」


 途端、真っ赤になって帽子屋が叫ぶ。机に手を突いて立ち上がるものだから、カップが傾いて、僅かに残っていた紅茶を零した。

 しかし、それすら気にならないほど動揺しているらしく、言葉を捜すように目を泳がせながら、金魚みたいに口をパクパクさせている。顔が赤いから、さらに金魚っぽい。あ、手もパタパタしだした。

 こんなに違う動きを同時にやれるだなんて、ある意味器用だと思う。


「えー? その後作ったばっかの熱い紅茶を思いっきり飲んで、火傷したのも()()()よ?」

「な゛」


 ビタッ、と帽子屋の動きが一瞬にして止まった。完全に頭の中が真っ白になった人のソレだ。顔は赤くならないし、身体のどこも動かない。気持ち、目を見開いたかもしれないけど。

 そんな彼を面白そうに眺めながら、チェシャがイスの上にカエルの様な座り方で、片手だけ握り締めて軽く曲げた。そう、まるで招き猫みたいに。


「ほら、俺チェシャ猫だしー?」

「……っ意味分かんねぇよ、この覗き魔がぁぁあああ!!」


 帽子屋がそう叫ぶのと同時に、チェシャがバク転の要領でイスの裏に隠れた。盾にされたイスの背には、三月たちに持っていかれて、テーブルに無かったはずのフォークとナイフが突き刺さっている。

 チェシャの動きはともかく、ナイフの出所や、帽子屋の口調が変わってるのが気にな……え、今帽子の中からナイフ出した!? 


 何をツッコむかと、自分の安全の確保を考えながら、サーカスのナイフ投げみたいに次々とナイフを投げる帽子屋と、それをヒラヒラとかわすチェシャを目で追う。

 顔の赤みは落ち着くどころか、どんどん増していくのに的確にチェシャの足元や頭、避けにくいであろう腹部を狙っているところを見ると、本当は冷静なんじゃないかと勘ぐりたくなる。


「避けんじゃねぇっ! 大人しく当たって死ねっ!!」

「いや、嫌だけど? 俺死にたくないし。断られるの分かってる要求して楽しいの帽子屋?」


 わざわざ煽るような言葉を投げかけるチェシャ。……いつから自殺志願者になったんだろう。

 表情はハッキリと見えなかったけれど、確実に怒りの炎に油は注がれたらしく、どこかのゲームの必殺技のように両手の指の間にナイフを挟んで構えたかと思ったら、狙うも当てるもないような乱暴さで投げた。

 それなのに、チェシャの身体のあらゆる場所にナイフが飛んでいく。あまりにも現実味を欠いていて、尚且つ唐突すぎて、目を閉じることもできなかった。


 それでも――――チェシャの身体能力のほうが上だった。

 だって、消えたのだ。ナイフが当たる寸でのところで。ハッとして帽子屋を見ると、彼は上を睨んでいた。目線を追うと、チェシャがくるりと一回転して地面に降り立つところだった。

 空中にいる間は、避けられないはずだから絶好のチャンスのはずなのだけれど、ナイフがチェシャに飛ぶことはなかった。


「……っ」

「あははー、ちゃんとナイフの本数は確認しないとねぇ」 


 どうやら、さっきので()()()()のナイフが切れたらしい。からかうように掛けられたチェシャの言葉に、舌打ちをして、帽子屋がチェシャを見据えたまま、上着の胸ポケットに手を入れた。

 まだナイフを持っているのかと、驚きを通り越して感心していたら、不意にチェシャの顔色が変わった。

 瞬間、体勢を低くして、地面を蹴る。地面が爆ぜる、だなんて漫画みたいなことまでは()()()のここでも流石に起こらなかったけれど、芝生のように綺麗な草は舞った。


「タンマ」


 帽子屋が胸ポケットから手を出すより先に、正面からチェシャがその手を掴んで、もう片方の手で帽子屋が後退しないように背中を押さえた。

 二人の距離がものすごく離れていた、とまでは言わないけれど近くはなかったはずだ。それなのに、チェシャは帽子屋が動く前に、動きを止めさせた。

 ……猫って、そんなに速く動けたっけ。いや、さっきの跳躍力もだけどさ。


「はな、せっ!」

「はいはい、ごめんね俺が悪かったから、落ち着きましょーね? 流石にソレは出しちゃいけないと思うよ。だってさぁ……」


 押さえられても尚、諦めずに手を動かそうとする帽子屋の背中をあやすように叩きながら、チェシャが私のほうをチラリと見た。

 そして、丁度帽子屋の直線状に私が来るように、少しだけ動く。


 そんなチェシャを訝しげに見ていた帽子屋が、ついに私を見た。あ、という形に口が動く。我に返ったように、胸ポケットから手だけを抜き出し、帽子を被り直す。

 取り繕うように咳をしてから、恥ずかしそうに帽子屋が笑った。


「……少々、取り乱しすぎましたね」

()()()()()()……?」


 思わず、オウム返しに呟く。そして、そのまま言葉が見つからなくて、沈黙が訪れる。どれだけ黙って考えても、紡がれた言葉に違和感しか覚えなかった。

 いろんな意味で気まずくなった空気を壊すべく、唯一目の前で起きた“現実”に向かって浮かんだ感想を搾り出すようにして呟く。


「やっぱり夢なのよね」


 それが現実逃避のような言い方にならなかったのは幸か不幸か。ぽっと出の発言だけど、我ながら的を射ている気がして、涙が出そうだった。

 そう、こんなアクロバットな動きを常人が出来るわけがない。漫画レベルの異常がないだけで、それはきっと私の面白みのない心を反映しただけで、


「やけに設定に手が込んでるのも性格かしら」


 今は色も香りもハッキリしている。でも、もしかしたら目が覚めたらモノクロの世界で、彼らの声すら思い出せないかもしれない。だけど、それは()なのだから仕方がないことなんだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、イスに突き刺さったままだったナイフを抜き取り、柄を指でなぞった。


「じゃあ、アリスって結構性格難ありそうだね!」


 にやっと笑ってチェシャが言う。あ、こいつも私の脳内で出来てるんだから、私とイコールになるのか。……うわぁ。


「露骨に嫌な顔しますね」

 

 帽子屋が引くのを通り越して、感心したような顔で呟く。そんな酷い顔をしていただろうか。

 そこからは、空気も元に戻ってきてナイフ事件がなかったかのようにお茶会へ戻った。

 

 そして――――帽子屋が胸ポケットから何を出そうとしたのか、という疑問は結局一度も浮かぶことはなかった。


読んで下さってありがとうございます。


……最近、どう文が映っているのか見たのですが、

ルビ振り機能を使ってうっていた点がズレていて驚きました。

前はピッタリはまっていた気がしたんですが……。



というわけで、比較タイムです!!

私だけの確認よりも、他の方々の目にも触れれば、気のし過ぎというオチを防げるかと思いまして……。


武器を用いて戦うこと(・・・・・・・・・・)が、彼女の夢に出てくるのなら、彼女の心は――――

→これが、《・・・・・・・・・・》でルビを振った場合です。


()()()()()()()()()()に、敵意や殺意や悪意や、恐怖があるということなのか。

→これが、一文字ごとに、《・》を付けた場合です。



これで変わっていないなら、安心です。

私のパソコンのせいかもしれませんしね!

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