軋むものは、目に見えるものだけなのか。
バレンタインのイベントは、夢の国の場合スルーになってしまうのかな……。
いつか、番外でイベントのお話を書きたいです。
「申し遅れました、アリス。私は“帽子屋”……つまり人間です。なのでチェシャ猫や、白ウサギのように動物の耳はついていません。女王もそうだったでしょう?」
「へぇ……性別によるんじゃないのね」
「えぇ!」
小さく呟いたはずの言葉を拾った帽子屋が、とても爽やかに笑った。
さっきまで冷や汗を流して青ざめていたはずなのに、この変わり身の速さはなんなんだろう。
「もしそうでしたら私はすぐにでも女になります。絶対に」
「うわぁ……お前酷くない?」
ピコピコと耳を動かしながら、チェシャが文句を言う。整った顔と、ふわふわと愛らしい耳が見事にマッチして癒しを……生み出すわけが無かった。今回ばかりは、イケメンに限る、も使えないらしい。
この国の人は、獣耳を受け入れているのかと思ったがそうでもないらしい。まともな神経をしている人はここにもいたのだ。
「帽子が被り難くなるでしょう。嫌ですよそんなの」
「「あー……ソウデスネ」」
チェシャと反応が被った。それはとても嫌なんだけど、その反応に値する斜め上の発言を彼がしたんだから、仕方がない。
どうやらこの人もイカレていたみたいだ。確かに一理あるけど、どんだけ帽子が大事なんだろう。もっと重要視することがあっただろうに。見た目とか、見る側の精神的ダメージとか。
「どっちも同じだからね、アリス。ていうか、そこまで言われると流石に傷つくよ? 俺だって好きで猫の耳生やしているわけじゃないし」
「アンタも私のプライバシーを侵害するのね!?」
ダンッ、と机に手をつくも、チェシャが驚くことは無く、代わりに余所見をしていた帽子屋が驚いた。
それを誤魔化すように咳をして、帽子屋が指を立てる。
「私は生憎人間ですが、残りのお茶会メンバーは獣耳が生えていますよ」
「っても二人だけじゃん。相変わらず友達少ないよな」
「黙りなさい」
ニヤニヤと笑うチェシャに真顔で返すところを見ると、本当に友達が少ないのかもしれない。私だって多いとはいえないけれど、流石にそこまでではないし……。
そう思いながら、ゆっくりとテーブルを見る。長方形のそれは、少なくとも八人は座ることが出来そうだ。果たして席が埋まることはあったのだろうか。
「何ですかアリス。その可哀想なものを見る目は」
「帽子屋……大丈夫、これから友達を増やせばいいわ」
「アリス!?」
さっきの私みたいに、帽子屋が机を叩いた。チェシャが笑い転げる。
「もしよかったら私と友達になってくれると……っ、う、嬉しい、ん、だけどっ」
「そんな笑いながら言われても、感動できませんよ!」
帽子屋がさっき笑いが止まらなかった理由が分かった。チェシャがいけない、すごくつられる。
お腹が痙攣してきて、涙が零れてきたところで、帽子屋を見ると、怒りたいけど悲しいような顔をしていた。中々複雑な表情だった。
「ごめん、笑いすぎた?」
「あ、あぁ、いえ、その……」
私から目をそらして、言いよどむ彼を見て感づく。だけど、私から言えることはない。だから彼が口を開くのをじっと待った。
「……何となく、そうかなって思ってたんですけど、やっぱり……」
「うん」
「覚えて、いないんですね」
そこで、なぜか溶けるような、ふんわりとした笑みを帽子屋が見せた。今まで誤魔化していた痛みが、締め付けに変わって、何かがミシリと音を立てた気がした。
さっきまで笑っていたはずのチェシャの声が聞こえない。姿を探そうにも、彼の笑顔から目が離せない。
風の音すら聞えなくなって、私の息さえもゆっくりと止まりそうな錯覚に陥る。そして――――
「あれ、お帰りアリス」
「……ぁ、り……す……?」
その雰囲気を二つの声が壊した。
気づけば、軋む音はもう聞えなくなっていた。だけど、それが圧迫から放たれたからなのか、壊れてしまったからなのかは分からない。
だって、何が軋んでいたか分からないから。