いろんな意味で危ないお茶会メンバー。
「おや、お帰りなさい」
一番に反応をしたのは帽子屋だった。
つい声のした方に気をとられたら、帽子屋を見たときには既に、いつもの顔に戻っていた。いや、少し安心している気がする。
ずっと帽子屋を見ているわけにもいかないので、体を捻って、声のした方に向こうと――――勢いよく何かにタックルをされた。
首が音を立てて勢いよく反対へ向く。間にイスの背があるのにも関わらず強く抱きしめる相手は、私が死にそうにも関わらずに、弾けるような明るい声で笑う。
「アリスじゃん!! ちょ、いつ帰ったんだよー!! あーもー大きくなったなぁ!? しっかし、地味な格好……でも何か雰囲気は変わってねぇなー」
「三月。そろそろアリスが死んでしまいます」
かほっ、と酸素が吐き出されたところで、帽子屋が止めにかかった。
できればもう少し早く止めてくれなかっただろうか。骨と骨がぶつかって音を立てている気さえするほどに、容赦がない抱きつきだった。
……声からして男だと思うんだけど、チェシャと言い、この人と言い、ここの国にセクハラと言う言葉はないのかな。
「だいじょ、ぶ……凍らせて、飾る……」
「大丈夫じゃないよね!? 何をどうしたらそうなるの!?」
囁くくらい小さく、ほわほわとした、優しい可愛らしい声に、全力でツッコむ。そして、ある程度自由になった体を捻った。その瞬間、私の思考は止まる。
かなりの至近距離に天使がいた。
天 使 が い た 。
「いや、アリス。何、訳の分からないことを繰り返しているんですか」
呆れたように言う、帽子屋のプライバシー無視な読心にツッコむ余裕もない。
ただただ、目の前にいる天使――――もとい、子供に目を奪われていた。
クリーム色のふわふわとした髪に、澄んだ空色の眠たそうに閉じかけている大きな瞳。華奢であろう体躯を覆い隠すような薄茶色のフードつきのセーター。半ズボンから覗く脚の細いこと、白いこと。
おかげで性別は分からないけれど、天使に性別とか関係ないし、問題ない気がする。
……兎に角、私のストライクゾーンど真ん中な理想の可愛い子供だった。
「かっ、可愛っ……!!」
「こうやって、子供誘拐事件とかが起こるんだろーな」
未だ、私を捕まえている誰かがポツリと呟く。いけない、存在を忘れていた。
慌てて、少し腕で押しやって距離を作り、顔を見上げる。
最初に目に付いたのは、ウサギ耳。
ハクトと被った、とか思ったけれど、茶色だから違うってことにしてツッコまなかった。
ボタンを開けすぎて中の黒いインナーが見えてしまっている白シャツは所々煤けていたり破れていて、腰に巻かれたオレンジ色の上着には、葉や小枝がくっついていた。
明るい茶色にオレンジを組み合わせたような髪が後ろで小さく纏められて、少し見開かれた目は、海の中のような深めの青色だった。
そんな着崩した格好のせいか、ハクトやチェシャや帽子屋たちより、少し幼い印象だ。
「耳がなぁ……耳が無ければなぁ……」
「なんだその残念そうな顔は!? 耳がなんだっていうんだよ、こいつにだってあんじゃん!」
そう叫んで、傍らの天使の頭を指差す。よくよくみると髪と同色の小さな……クマ? 耳が生えていた。だけど可愛い。むしろ可愛さが倍増しだ。だって、子供なんだもん。ていうか、天使なんだもん。
「差別だ……」
更にテンションの上がった私の横で、落ち込みながらも呟く姿を見て帽子屋が苦笑いした。耳のない彼には、彼らの気持ちが分からないのだろう。むしろ、私と同じ気持ちかもしれない。
「さて、アリス。そのボロボロなのが三月ウサギ。で、天使でしたか? あぁ、はいはい。それが眠りネズミ。さっき話したお茶会メンバーです」
「はぁ? なんでそんな他人行儀に、つーか今更紹介してんだよ」
呆れた、といわんばかりの表情で三月ウサギと呼ばれた彼が、私と帽子屋を交互に見る。
気まずい空気が再来する。私も帽子屋も、なんとなく口が開けなくなった。
そんな空気を察していないのか、ポンと手を打って明るく三月が言う。
「俺がかっこよくなりすぎて、誰だかわかんなかったのか!!」
バカだこいつ。
この場にいた全員がそう思っただろう。そうあのチェシャでさえ――――
「あれ……?」
「ん? どうした、アリス」
チェシャの姿が見当たらなかった。ずっと静かだとは思っていたけれど、まさかいないだなんて。
テーブルクロスをまくって下を覗く。私の奇行に驚いたように三月が声をかけるけれど、構わずに下に潜り込む。だけど、いない。
――――かわりに、チェシャのいたイスの下の地面に、三日月が書かれていた。ご丁寧に中にギザギザまでついて。
「……“笑わない猫”は見たことあるけれど、“猫のない笑い”は初めて見たわよ。本当に」
思わず笑いながら呟いた。いつ消えたのか知らないけれど、チェシャもわざわざ細かいことをする。
「なぁ、アリス。何やってんだよー」
今にも入ってきそうな三月を見て、慌てて下から出た。彼が入ったら、不意に勢いよく立ち上がったりして、テーブルをひっくり返すような気がしたから。
「何もない。ちょっとクッキー落としちゃったかと思ったの」
手を借りて、立ち上がると、不意に視界が半分だけ暗くなった。
抱きつかれたと気づくまで数秒。誰に抱きつかれたか分かるまで――――
「ねぇ、アリス。嘘をつかないで、教えてほしいんだけど」
「はい?」
暖かい指が首筋をなぞった後に、チェシャに噛まれて出血したところを突いた。全く痛くない、かわりに鳥肌が立つようなくすぐったさに身を捩らせた。
掛けられた声に、聞き覚えがあるはずなのに分からない。誰かに似ているけれど、異なるような、そんな違和感のせいで、特定が出来ない。
「おいっ、ヤマネどうした!?」
慌てたような三月の声が聞こえる。
……ていうか、ヤマネ? 眠りネズミ!!?
びっくりして顔を見ようとしたけれど、思いのほか強い腕力のせいで動けなかった。
僅かに動かせた視線の先に見える、優しい笑みを浮かべた瞳に私が映る。
いや、優しいのに怖い。まるで“ピエロの顔がよく見ると怖い”みたいな、そんな笑みだ。
「この傷、誰が付けたの?」
あ、死ぬかも。
私の直感がそう告げた。




