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取り憑かれた伯爵家御曹司 国を盗む  作者: 新田 勇弥
1章 ゼルガス戦役

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13/13

13話 押し寄せる敵と巨大な影

いくら軍事拠点に籠もっていても、2万の敵はいやだろうなあ。

 停戦か。

 大司祭は、出された茶を喫している。


───ほらね 平和の使徒でしょう


「当方としても、ゼルガスが兵を引けば、停戦に否やはございません」

「それは叶わぬかと」

 大司祭は、ほほえんだまま首を振った。


───えっ?


「アンドレアス殿もご存じでしょう。ゼルガスの背後には、ベルク侯爵の軍2万が迫っております。このままでは、ギュノスにもあちらにも多大な戦死者が出ることは必定。司教は心を痛めております」

 こっちが痛いのは、心だけじゃないが。


「大司祭様。ギュノスは守っているだけで、攻めてくるのはゼルガス-ベルク連合にございます。私どもに、ありがたいお話を持ってきていただいても、如何(いかん)ともしがたいのですが」

「そうでしょうか?」

「それと、2万で押し寄せたとして、この関がある限り、犠牲はあちら側が多くなりましょう」

 笑った?

「これまではそうでしょうが、今回もそうなるという保証はありませぬ。そもそも、このサーメル関はゼルガスが築いたもの。これを返せば、遺恨が薄まるのではありませんか?」


───アンディ 目が恐いって


 おっと。

「あはっはは。これは失礼。おっしゃった通り、後ろに控えているラーゼフが奪ったものです。ですが、その前にゼルガスは、共同で開いたデルマーズ金山を一方的に奪いました。幾重にも遺恨は刻まれているゆえ、そう簡単には解消されません」

「そのことそのこと。遺恨は遺恨しか生みません。神の子ロヴァルは、汝の隣人に惜しみなく与えよとおっしゃいました。幸い、ギュノスに鉱山は多い。まずは与えてみるのはいかがですかな。そうでなければ、新たに犠牲が出てしまいます」

 ふむ。聖職者だけあって、浮世離れしたことを言う。しかし、門徒は数多い。無視もできん。幸いギュノス伯領が教区ではない。それゆえに、空々しいことが言えるのだが。


「お言葉を返しますが。ギュノスがこの関を得てから死傷者を大幅に減らすことができております。しかし、その前はここを前線基地として、ギュノス伯領を攻めておりました。ここをゼルガスに譲れば、逆戻りするはずですが」

「では、どうあっても?」

「我らは、領民を守る責務がございます」


 当たり前だろ。まさか、それしきで、こちらを説得できるとは、大司祭も思っていないだろう。それにしても、何の目的で来たんだ? ロヴェル教会は、戦い前に説得を試みたが、ギュノスは聞き入れなかったという、履歴を残すためか?


「ふむ。残念です。しからば、我らは帰りますが、心変わりがあれば申し出られよ。神への門戸は、いつでも開かれておりまするぞ」

「ありがたき、お言葉。覚えておきます」


 大司祭が立ち上がったので、我々も彼らを追って門に至り、馬車に乗って去られるのを見送った。報告を受けた限り、侵入者はないようだった。


     †


「大司祭が、サーメル関に来たか」

 同じ食卓を囲む、ランゼ先生が匙を置いた。


 夕方、ブランドルの支城へ戻ってきた。辺境に駐在していても、伯爵家ともなるとなかなかのものだ。関では考えられない鶏の蒸し煮料理が出てくる。もっと質素な物でいいのだが。まあ、サーメル関が抜かれれば、そうもいかなくなるだろうが。

 その深皿の前で、アニーが跪いている。自称妖精となって食事をしなくてよくなったから、食欲はなくなるのかと思えばそうでもないらしい。しかし、邪魔だな。まあ匙は素通りするだろうが。


「どんな人間だった」

「背が高く痩せぎすで薄気味が悪かった」


───ちょっと


「どんなところだ?」

「笑い顔かな」

「笑い顔が、なぜ気味が悪いのだ?」

「サーメル関があるから、ギュノスの犠牲が少ないと言った時に、ヤツは笑ったんだ」

「ほう」

「今になって気が付いたが、なにやら達観して、こちらを見下げる感じだったな」

 それに、今回もそうなるという保証はありませぬと言ったのが引っ掛かる。強がりかと思ったが。あの大司祭、何か知って居るのか?


「その大司祭、何をしにきたと見るかな?」

「さあ。ベルク侯と大本の司教が連み、我らが説得に応じれば、もっけの幸いとでも……」

「アンディ、心にもないことを言うでない」

「サーメル関の内情を探りに来たのでしょう。女のような顔をした男爵家の若造が関に入り、組易しと見たのではないですか」

 先生は、あまり面白くないという顔で我を見る。


「まあその線かも知れぬ。今頃ベルクの将に報告しているかもな。とはいえ……」

 なんだ?

「エルフリーデ殿よりもらったその顔形、卑下する必要はない。なかなかの美丈夫だ」

 ふん。精神は身体に引っ張られる。身体が若いと考えまで若返っているのは良いとして、軟弱な身体が軟弱な精神を招くのは願い下げだ。


───見た目は ボクをちょっと 男にしただけだからね 何の問題もないわよ


「問題大ありだ。もっと筋肉を付けないとな」


───でもさあ アンディは 一軍の将をちゃんとできているよね どうして?


「ふん。ラーゼフが優秀だからだろうな」


───それはそうだけどさ ボクより……悲しいから先に寝る


 アニーがテーブルの上に舞い上がると、寝室に面した壁の向こうへ吸い込まれるように消えていった。あれは便利だな。

「アンディ。関の向こうに悪意が漲ってきている。気を付けるのだな」


     †


───毎朝 鍛錬するの? 昨日とやっていることは違うわね


 日課と決めたことをこなしていると、アニーが、瞼を擦りながら飛んできた。

 屈伸の反復(スクワット)だ。

「今日は脚だ。筋肉を効果的に付けるには、毎日やれば良いと言うものではない。鍛錬して、休むときに筋肉が付くからな」


───そういうものなの?


「毎日、負荷を掛けすぎると、却って細るからな。とはいえ、1日休むのは効率が悪いから。鍛える部位を変えている」

 呆れたという顔をして、アニーはベッドに潜り込んでいった。


 サーメル関に移動して、半日。

 執務室で、決裁作業をしていると、ニヤけたアニーがふらふらと飛んでいた。


───いやあ シャワーを浴びる 若い男ってのは良いわね 何か一気に臭くなくなったし


『何だ覗きに行っていたのか。とんだ生臭修道女だな』


───げ 還俗したし いいでしょ 楽しみがないんだし アンディのを見ても意味がないからね


『男の股間より、敵陣を見張って増援が来たら知らせてくれ』


───股間って そんなとこは見ていないって もう いいわ 見張ってくる


 ぷいっと顔を背けると視界から消えたが、しばらくして、天井からアニーが突き抜けてきた。


───アンディ 来たわ! ベルクの軍勢が……


 読みかけていた書類に署名すると、立ち上がる。

「御曹司。いががされましたか」

 マンフレッドが、驚いている。

「ああ、いや。敵の増援が来たようだ」

「はっ?」

「望楼へ行くぞ」

 廊下を急ぎ足で進んでいると、向こうから走ってくる兵がいる。ラーゼフの側近だ。

「御曹司」

 彼は一瞬止まると、反転して我に並んだ。

「ベルクが来たか?」

「ご、ご存じでしたか。南から土煙が上がっておりまして、大軍です」


 上に着くと、ラーゼフが居た。

「御曹司」

「ついに来たようだな」

 街道を長蛇の列となって近づいてくる。こちらの端は、既に騎馬や歩兵という兵科がわかる距離まで来ているが、途中から霞んでいる。だが、土埃によって少なくとも数キルメトは続いていることが見て取れる。


「残念ながら、このサーメル関で迎える最大の軍勢です」

 今日の午前中から点在していたゼルガスの軍勢の数倍が押し寄せていることは、これだけ離れていても目の当たりとなっている。

 前世を含めても、これだけの敵が迫ってくるのは初めてだ。戦慄が背中を痺れさせる。

 下の方が騒がしい。見下ろすと、関の頂面を兵たちが忙しなく走り回っており、狼狽えていることが感じ取れる。

 ベルクが増援に来ることを隠してはいない。彼らとて、こうなることは予め知っていたはずだ。にもかかわらず、この体たらくは多勢の圧力なのだろう。


「中隊長に連絡。警戒段階を上げよとな」

 ラーゼフが、指示を与えている。

 これだけ多数となると、軍勢が到着するにも時間が掛かる。アニーが知らせてきてから1時間は経っているが、まだ全貌が見えてこない。

 ん。なんだ、あれは?

 夕暮れを迎えた頃、大きな物体が迫りくるのが見えた。10騎以上の馬を使って、荷車を牽いている。何か上に被っているような。


───見てくる


『おい、気を付けろ!』

 アニーが結構な勢いで飛び下っていった。あんなところまで、我と離れて大丈夫なのか。

 見つからないというのは、偵察としては相当に優れているが、アニーは諜報訓練を受けているわけではないので、伝えられる情報の品位がいまひとつだ。ディラックに弟子入りできたら良いのだが。


「ん?!」

「いかがされましたか。御曹司」

「ああいや」

 目を閉じたときか。ここから見えるはずのない光景が目に映った。

 もう一度目を閉じると、ベルク揃いの兜に皮鎧の上を、滑空していく視界。右に左にゆるく旋回しながら敵陣の上を行く。


 これはアニーの視界……だよな。ここから見比べてもかなり鮮明に見える。なぜ、そんな物が見えるんだ?

 いや、驚いている場合じゃない。見えるなら偵察に生かすべきだ。再び目を閉じると、歩兵隊の後に進む巨大な物体に近付いていた。さっき訝しんだものだ。鉄板を巻いた車輪が見える。

 視点が上昇すると、車輪の上方、布が被っているところへ、迷いなく突っ込んでいく。そして、分厚い布地へ染みこむように通り抜けた。


 なんでこんなものが? 

 薄暗い中、視界に巨大な木組みが浮かび上がった。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。

Xもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya

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