1話 ロウソー砦夜襲(1) 大敵との対峙
久々に新作の開始です。魔法要素低め、政治要素高め、しばらくすると学園物にも……の予定です。
本日3話投稿します。
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固有名詞が多めなので、概略のまとめを。
●アンドレアス・ギュノス
ギュノス伯爵家3男にして、現在の嫡男。主人公。御曹司。アンディ。
●アニー
小妖精(?)。主人公に付き従う。
●ラーゼフ(・フレーク)
サーメル地区(関)の防衛総監(軍人)。養子に入ったが、主人公の叔父。
●マンフレッド
主人公の側近(頭)。
●ディラック
ギュノスの諜報部門影鷲の長。
●マシマ
ラマーゾ族の傭兵部隊の取次。
●ギュノス
伯爵家(主人公の家)。領地の名。
●フランツ
侯爵家。ギュノス伯爵家の寄親(後見)。ギュノス伯領の北方に位置する。
●ゼルガス
伯爵家。ギュノス伯爵と長く紛争している。ギュノス伯領の南方に接する。
●ベルク
侯爵家。フランツ侯爵家といがみ合っている。セルガスの寄親。ゼルガス伯領の南に位置する。
●サブラク
伯爵家。侯爵の陣営には入らず中立。ギュノス領の西にあり、ゼルガスの間に位置する。
●ラマーゾ
国人領主の名、中立の小民族。ギュノス伯領とゼルガス伯領の間のレーズルの森に棲む。女性だけの民族で、傭兵にて経済を立てているが、謎が多い。
●サーメル関
主人公が赴任している軍事拠点。レーズルの森とサブラク領内のウエント湖に挟まれ、ギュノスとゼルガスの実質通過可能な唯一の場所を遮るように建てられている。現状はギュノス軍の支配下にある。
「いい景色だ」
───ふーん ボクには 敵兵しか見えないけどね
気持ちよく望楼で佇んでいるというのに、頭に響く声。
敵兵か。眼下の前線に見ゆるは、3千というところ。
───それだけでも 我がギュノス軍に匹敵するわ 圧倒的ね
その後方、霧で霞んでよく見えないが、敵の援軍は軽く1万を超える。
透き通った小妖精が、すっと目の前を通り過ぎると旋回して肩に止まった。
小麦の種蒔きが終わって、秋真っ盛り。まだ汗ばむ日和が続くが、ここは風が通る。断崖に挟まれた鞍状の地だからな。
『多勢といえども、戦わぬ兵に意味はない』
緒戦は派手ではあったが。あれ以来、1週間まともに動いたことはない。我らが拠るサーメル関と、南へ下る斜面とその先に在陣した敵は睨み合いが続いている。この戦力差で小康状態なのは、サーメル関、向かい合うように迫る2つ断崖の間を、高さ6メト(≒m)の版築をレンガで覆った城壁が完全に締め切っているからだ。
領境を隔てる関を破るには、如何なる大軍を以てしても相当な犠牲を強いる。
───だけど 敵がギュノス領へなだれ込むには ここを通らざるを得ないわよね
『今のところはな』
そのうち、そうではなくなるかもしれないが。西の断崖の先を見る。
───アンディ 頼みがあるんだけどさ
『またか。で、今度はなんだ?』
───あんまり肌を陽に晒さないで ほしいのだけど ほら こんがり灼けちゃうじゃない
『はあ?』
───もしかしたらね ボクがその身体に いつか戻るかもしれないじゃない
『戻りたいのか?』
───うっ そりゃあ ギュノスのためには アンディのままの方が……だけどさ
『アニーの偵察能力は、役立っている。もっと、誇りを持て』
───えへへ そう?
『だが、身体はあきらめろ。もう、我の物だ。好きにさせろ』
元々が伯爵令嬢だから仕方ないが、肌は青白く、剣だってそう長い時間は振ることはできない。
───ボクに取り憑いて 乗っ取ったからってさあ 弾き出された方に 配慮してくれても
「御曹司、そろそろ軍議の刻限でございます」
振り返る。我の側近だ。アニーが手を振っているが、彼には見えていない。
「今日の軍議は、ラーゼフに任せると伝えよ」
「はっ、承りました」
マンフレッドが望楼から降りていく。
───いいの?
『今のところ、何もできない。緒戦に一撃を加え、せっかく両竦みになっているのに、寡兵のこちらから動くのは悪手だからな。敵も……ここからの眺めでは、動きはない』
───ひっ!
「御曹司」
側近が降りていったはしご段の上に、いつの間にか猿のように背の曲がった男が居た。諜報部隊、影鷲の長ディラックだ。霊体……妖精が、怯むなよ。
「ご所望の者を連れて参りました」
「そうか」
望楼を降り、官舎の一室に入る。
部屋には、貂の毛皮をあしらった革鎧を着けた者が居た。中年の女だ。テーブルを回り込んで座る。
「こちらが、ギュノスの御曹司アンドレアス様であられる」
「お初にお目に掛かる。失礼ながら、御曹司とは?」
「伯爵様の正式な跡取りである。そうお呼びするように」
女は右拳を左手で握った腕を突き出した。筋骨隆々だな。
「御曹司。私はラマーゾの取次で、マシマと申します。ご用だそうで」
ラマーゾ……レーズルの地にある貴族ではない国人衆の1つだ。体型に見合った野太い声だな。
「まずは、いくつか訊きたいことがある」
「なんなりと」
「ラマーゾ族には、男が居らぬと聞いたが。不自由はないのか? どうやって子を作る?」
「はっはは」
表情ひとつ変えず笑う。結構不気味だ。
「なかなかに不躾ですな。確かに男はおりませんが、不自由はありませぬ。傭兵集団ゆえ男よりも怪力の者がおりますれば。子については、一族ではない方に申し上げません」
聞いていたとおりだな。
「そうか。では、子作りの件は訊かぬようにしよう。もうひとつ。こたび傭兵を生業とするラマーゾ族が、我が軍、敵であるゼルガス-ベルク連合軍のいずれにも、兵を貸さぬと宣言したのは、なぜだ?」
「そもそも、我らはギュノス伯領、ゼルガス伯領の両方に境を接しており、両者の諍いには辟易する心持ちなのです」
一方の当事者の前でよく言う。
「それだけか?」
「いいえ。ご存じかどうか。我らは、星読みも致します」
占星術か。
「その結果、両陣営に加担せざることとのお告げが出た由」
「由とは、そなたが占ったのではないのか?」
見た感じでは、占いなぞやらなさそうだが。
「はい」
「わかった。では、ここに呼んだ用件を言おう。そなたらの族長に会わせてほしい」
「ほう。奇遇ですな」
「なんだと?」
「御曹司の名で発布した国人安堵令は届いております。族長もギュノスの御曹司を気にされて、会ってみたいと申しておりました」
「先日、私が届けました」
「まつろわぬ我ら国人に、貴族同様の待遇を保証するとは、ありがたい御諚ながら……」
目に怒りが浮かんでいる。
「ふむ。この戦役が終われば、我が掌を返すとでも思っているのかな」
圧倒的な敵に追い込まれて、巧言を撒いていると邪推しているのか?
「いいえ」
「では、なんだ?」
「ラマーゾは、独立独歩……何か、おかしゅうございますか?」
「いや、失礼した。嗤ったわけではない。さすがはラマーゾ。誇り高き国人衆だと感心したのだ」
「こちらこそ、失礼しました」
「ただ、その言葉は族長から直接聞きたい。会わせてはくれぬか?」
「我らの里まで、お越しいただけるのであれば」
「ふむ」
───ちょ ちょっと ラマーゾの里って 東の森の中だよ
サーメル関の東、岩山を越えた場所は、レーズルの森と呼ばれる。レーズル火山の麓に広がる原生林で、鬱蒼としている上に、山の伏流水の川が網目のように流れている。ゆえに、ギュノス伯領とゼルガス伯領を隔てる天然の障害となっており踏破できない。
その唯一の例外は、そこに棲むラマーゾ族だ。
「行こう。これからでも構わないか?」
部屋を出ると、ラーゼフと廊下で行き当たった。
「御曹司。こちらでしたか」
防衛総監という高官ではあるが偉丈夫で、たたき上げの軍人に見える。ちなみに血脈で言えば、我の叔父だそうだ。
「軍議は?」
「はっ。特段のことはありません。御曹司の禁令徹底のみを言い渡しました」
「そうか」
「来客と聞きましたが、その者はラマーゾ」
「数日、関を空けることにする。ラーゼフに留守を任せる」
そもそも我が赴任するまでは、彼が責任者だったのだ。
「なんと。どちらへ……承りました。ただし側近をお伴いください」
「そうか」
ディラックと側近10人を連れ、サーメル関を離れた。
†
数時間を掛けて、森の端までやって来た。
───アンディ 前世の傭兵の時に 来たことがあるのよね?
この辺りというだけで、ここではない。
やはり、この近辺は植生が違う。樹の根が大地の上に表れ、幹から節くれ立って無数に分かれている。馬を下りる。
「御曹司。地面がどうかされたか」
顔を上げると、ラマーゾの取次が、我を見ている。
「思ったより、石の角が取れていると思ってな」
手から小石が落ちた。
「ここら辺りは、伏流水が絶えず流れを変えます。ここも半月前までは川の底でしたゆえ」
「ほう。それにしても暑いな」
関に居たより明らかに気温が高い。降り立ってまもなく胸当ての下に汗がにじんだ。
ん? マシマは指先で額を押さえると、目をつぶってふうと息を吹いた。宗教的な仕草か?
「いずれもレーズル火山の賜」
「ふむ。ここは地熱帯か」
「御曹司、地熱帯とは?」
マンフレッドだ。
「火山の熱が地下から上がってきて、その熱が気温へ影響している場所だ。レーズルも森の木々は周りとは違い、南の植生に近いのはその所為だ」
「ありがとうございます。学びとなりました」
マンフレッドが会釈した。手を打ち合わせて、砂埃を落とす。
───伏兵がいる
『ああ』
木立の間から、幾人も革鎧を着けた者たちが現れた。身長が高く厳つい体型の者が多いが、全て女だ。
「御曹司!」
「狼狽えるな、マンフレッド。ラマーゾの出迎えだ」
マシマが笑っている。
「御意。恐縮ながら、ここからは舟で進んでいただきます」
「馬は?」
「当方にて預かります」
「いいだろう」
「失礼。虫除けにこれを塗っていただく」
青い果物を見せてきた。
むっ。酸い匂いが鼻を突いた。
「塗らないとどうなる?」
「蛭と毒虫に食われます。腫れますし、十日は痒みが治まりません」
「皆。ラマーゾの者たちに任せよ」
何か青い柑橘を輪切りにすると、側近の者たちの首と手首、足首に擦り付けていた。
「御曹司」
我には、側近が受け取って塗ってくれるようだ。時間は掛かったが、見ていた女がよしと認めたので、木立の間に踏み入った。落葉樹が密生して、徐々に暗くなる。
しばらく歩くと取次の者が止まり、腕を水平に伸ばした。
「足元にご注意ください」
少し先は、明るくなっているな。そこまで歩むと、突然水場に出た。
水は流れているのか、いないのか。沼なのか川なのか判別できないが、ともかくとても緩やかな水面で、太陽を照り返している。
「ここか」
水際は入り組んで曲がっているので、大して見通しが利かない。舟と言っていなかったか?
誰かが甲高い口笛を吹くと、曲がった水場の向こうから、何艘か舟が来た。
───変な舟
双胴で、その上に板が渡してある。
カタマラン……
───カタマ……って?
『なんでもない』
「皆、乗れ」
4艘の小舟に分乗すると岸を離れ、ラマーゾの者が漕ぎ出した。
───ボク 上から見てみるわ
我の肩に止まっていたアニーが、飛び立っていった。
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