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第1話 仄暗い夢の果て

 薄暗い空間が広がる世界には、少年とその父親だけが存在していた。父親は息子の前に屈むと、特別優しい笑顔を見せる。戦場では猛き武将として名を上げる彼が見せる、唯一の柔らかい表情。


 父親は息子の頭を撫でると、息子の手に剣を渡した。息子は、自分の意思なのかもわからぬままに、剣を受け取る。そして、父はそのまま立ち上がると息子に背を向けて歩きはじめる。息子は父を抱き留めようとした。しかし、膝までぬかるみに沈んだようになっている。抱き着けないのなら呼び止めようと声を出そうとする。だが、声帯が役割を果たすのを拒んでいる。


「レイド、この剣はいずれ、お前の助けになる」


 そう告げた後、暗闇の中に消えた父。残された息子は自分の無力さを惨めに思ったのか、それとも一人で寂しくなったのか、目頭から熱い涙を零した。その瞬間、ほんのり温かい光が、薄膜を透過した。


 眩しさに目を覆い、恐る恐る目を開いた。飛び込んできたのは父の幻影でもなんでもなく、人の顔に見えなくもない木目を刻んだ天井だった。


「最悪の目覚めだ……」


 夢の中で少年だった者は、マットレスの上で青年になっていた。窓から差し込む光は、やや霞んでいるものの、ベッドの真横に安置してある軽装の鎧に反射していた。青年――レイド=ロストマンは頭を抱える。


「夢……。今日も一日、始まるんだな」


 ここ最近、似たような夢ばかりを見る。十数年前に行方を眩ませた父親の幻影を追う夢。それだけ、真相に近付いているという証でもあるのだろうか。


「はぁ、親父……どこにいるんだか」


 戦場に自ら出て国民を守る父は、レイドにとって目指すべき背中となるのは必然だった。誰かを身を挺して守る。そんな自己犠牲の精神こそが正義だと信じて今日まで生きて来た。


――そして、そんな父は、ある日突如として消えた。


 ベッドの横に安置していた鎧を纏い、腰からは二本の剣をぶら下げる。一つは幼き日に父から貰った一振りだ。そしてもう一つは、何の変哲もない、鉄製の剣である。

 レイドにとって父から貰った剣は、安易に抜いて良いものには思えなかった。良心の咎、とまではいかないが、鞘を握ると手汗が出て躊躇いの念が襲い掛かって来る。


「さてと……行くとするか」


 宿屋の階段を降り、一階へ行くと、他の宿泊者が談笑する様子が目に入った。


「今日で千夜戦争から十五年だとよ」


「マジか。もうそんなに経つんだな。……俺の嫁、千夜戦争で両親と妹亡くしたんだとよ。やりきれねぇぜ」


 レイドには、見ず知らずの、今初めて顔も声も知った男の妻に同情してしまった。レイドもまた、その戦争が人生に多大な影響を及ぼされたのだ。


「あの時のこと思い出すと、身の毛がよだつぜ。何回夢に出たかわからねぇ」


「まぁ毎日、毎晩、一切攻撃の手が緩まなかったからな。ありゃガキならトラウマもんだぞ。俺だっていまだに夢に見るしな」


「今はもう敵軍が退いたとは言え、また来るかもと思うと怖いな」


「せめて敵の(カシラ)が誰かわかりゃいいんだが、それもわかんねぇようじゃなぁ……」


 千夜戦争は、世界中で同時多発的な謎の攻撃を受けたという事件だ。

 その中で、最も苛烈な攻撃を受けたのが、レイドの生まれた地、そして今いる地でもあるドリザルト王国だ。そして、レイドの父もまた戦地に赴いていた。


「おはようございます。ロストマンさん」


「宿代を教えてください」


「120R(レイル)になります」


 宿屋の嬢に代金を支払うレイド。その姿を見て先ほど二人組が声を潜めて何かを言っているのが聞こえて来た。


「おいおい、聞いたか? ロストマンだとよ」


「ロストマンって確か将軍の名前だったけか? 確か戦時中に死んじまったって聞いたが」


「まぁ親戚とかだろ。可哀想にな」


 一般には、レイドの父が失踪していることは噂に留まっている。たいていの人間が、彼は既に戦地で死んだと思っているのだ。しかし、肉親であったレイドと母にだけは、失踪であると告げられた。


 それから時が経ち、幼い頃は父のような軍人に憧れて日々鍛錬を重ねていたレイドは、どこにも属さず誰ともつるまず、ただ父を探す流浪の旅人となっていた。

 父に関する唯一の手掛かりである剣を持ち、世界中を飛び回ると決め、実家を飛び出しはや数か月。現状。


「なにも手がかりなし、か……」


 噂話で盛り上がり、声を潜めて話しているつもりであろう二人組を横切って宿屋の外に出た。相も変わらず、ドリザルトの分厚い曇天が果てしなく広がっている。朝方でもまだかなり暗い。


「そろそろ旅の資金も尽きて来たな。街の人に困っていることがないか聞いてみよう」


 大抵の集落では、人々の生活が魔物などに脅かされている。旅人であり、武力を持つレイドは、そんな人に迷惑をかける魔物を倒すことで父親捜索旅の旅費を稼いでいるのだ。


 人々の噂が集まる場所、酒場。ここに数分いれば、自然と情報が入って来る。朝であっても朝食を食べに来る人が多く、興味深い話があちらこちらに転がっている。

今日のレイドも採れたての情報を耳にした。


「街のすぐそこにある『常霧(とこきり)の樹海』に、人型の魔物が出る」


 街の人は何やら怯えている様子だが、樹海の浅い所までであれば、この街の人々が草を取りに赴いている。そこに魔物が出ると言うのであれば、人々の心は穏やかとは言えないだろう。


「あの、その話、詳しく聞かせてくれませんか?」


「ええ。旅人さん。ウチの旦那が樹海にキノコを採りに行ったんですけど、人型の魔物を見たって言うんです。しかも、旦那だけではなくて他の人も見てて……」


「いやぁ、あれは魔物なんかじゃねぇ……ありゃあ幽霊だ。青白い光がブツブツなんかいいながら向かってきたんだ! あそこは千夜戦争の時に軍が使ってた……きっとその亡霊だ!」


「幽霊って……そんあこと言ったら異端者扱いされるわよ! もう、本当に変な事言うので困っちゃいます」


 レイドとしても、幽霊など信じがたいものだ。何はともあれ、その存在を倒せば、そんな恐怖におびえることもなくなるだろう。


「あの、俺がそれ退治してくるので、完遂した暁には報酬くれませんか?」


「バカなこと言うんじゃ――」


「お願いします!」


 朝食を食べに来ていた夫婦。夫の発言を遮るように妻が色々とレイドに言ってきた。きっと家庭でもこうなのだろう。

 討伐の際にはしっかりと報酬をくれると言うので、レイドは朝食をしっかりと腹に詰め込みつつ、今度は酒場の店主に樹海の話を聞く。


「マスター。樹海ってどんなところなんですか?」


「あそこはキノコの産地として有名ですね。ただ、深く入ってしまうと、二度と帰れないと言われています。それに今日みたいに霧が濃い日に入って帰って来た人はいないんですよ」


「樹海に入ると前後不覚に陥るってわけか」


「まさかと思いますが、行くなんて言いませんよね? さきほど樹海の魔物に関する依頼を受けたのですが」


「ああ、俺が受ける依頼ですね」


 レイドは自信満々に答える。それを聞いたマスターは呆れたようにグラスを拭く手を止めた。


「どうなっても責任取れませんよ」


 もっと強く引き留めてくるものかと思ったが、意外にも勧告のみにとどめられた。なんでも、過去にも同様に樹海へ向かった旅人がいたが、皆すべからく行方知れずになってしまったそうだ。


「いいんですよ。困っている人は放っておけないタチなんで」


 レイドはグラスの水面を眺めた。自分の顔が映っている。最近になり、目が父に似て来たなと我ながら思い始めた。燃えるような真っ赤な瞳。そこに宿るのは、命に代えても他者を守る覚悟の灯だ。父ほどではないが、レイドの瞳も同じ輝きを持っている。

 今回の依頼を受けるのも、もちろん報酬欲しさというのもあるが、それ以上に人の助けになりたいと強く考えたからだ。


「樹海に行くなら奥には行かない方がいいですよ。まぁ、自ら進んで奥に向かうのは自殺者くらいでしょうけど」


 千夜戦争以前から、この樹海は自殺の名所として知られてきた。しかし、霧が濃い日に入ると、一周回って帰って来られてしまうこともあるのだとか。


「だとしても俺は行きますよ。ところでマスター、この剣について何かわかることってありますか?」


 レイドは父から貰った剣を取り出し、酒場のマスターに見せた。情報通の酒場の店主なら何かを知っているという淡い期待は、常に持ち合わせている。だが、そんな簡単に物事が運ばれるはずもない。


「ごめんなさいね。何もわからないです。特徴的なこの紋章も、見たことがないですね」


 レイドの剣は刃に何かの紋章が刻印されていた。二本の角を持つ生物が象られ、口からは煙を吐いている。この紋章に知っている人物に出会ったことは、未だにない。


「そうですか……。ありがとうございます」


 代金を払い、酒場を出る。腹は十分に膨れた。目指すは踏み入れれば二度と戻れぬ帰らず樹海だ。

新連載です。

まずは第4話まで読んでみてください! よろしくお願いします!

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