第4話 ボドゲの実力
「藤平ってさなんか部活入ってんの?」
「うん?ああ、入ってるよ。柔道部。小学生から柔道やってたんだよね」
その、藤平の意外すぎる部活に内心驚く。
「ふぅん、意外だね。まあ、よく見たら筋肉結構あるしね」
「お前なんか部活入ってんの?」
「いや、今は入ってないけど入ろうかなって」
「何部?」
「ぼ、ボドゲ部?」
「なんで疑問系なんだよ。ボドゲ部ならそれでいいじゃねえか」
「だから迷ってるって言ってるじゃないか」
俺は我が妹のおかげでなんの弊害もなく部活に入る事ができる。
だというのにまだ、決心がつけずにいる。
俺は本当にボドゲ部でやってけるのか。
泰葉は心配してないだろうか。
そんな時。
悩みを打ち砕くような言葉。
「いいじゃん、ボドゲ部。おい琥太郎。部活は入った方がいいぞ〜。一度きりの学校生活楽しまないと損だろ。やるかやらないかなんて二の次だろ。まずは楽しまなきゃ、だろ?」
「そうかな?」
「そうそう、入ってみろよボドゲ部。絶対楽しいからさ」
「ありがとう藤平。やっと、決心ついた」
俺は誰かの一声が欲しかったのかもしれないな。
そうだ。
一度きりの人生なんだ。
泰葉も言ってたみたいに楽しまなきゃな。
***
放課後。
ボドゲ部の部室の前。
一息大きく呼吸を吸う。
よし、いくぞ。
ガチャ。
「うん?琥太郎くんどうしたの?あ!ボドゲ部に入りたくなったんでしょそうなんでしょ?琥太郎くんもすみにおけないなこのこの」
そういって、俺の脇腹あたりを突いてくる。
なんか思ってたのと違う。
「あ!西條くんじゃないか。ここに来たってことは……そうなんだね?」
「まあ、そうです。ここの部活に入りたくて」
すると、先輩は大きく手を広げる。
「歓迎するよ。紹介が遅れたね。私はここの副部長の望月昇華だ。で、こっちが部員で一年の――」
「藍川陽葵だよ。よろしくね」
元気よく挨拶すると藍川さんはドンっと机にボドゲを置いた。
あれは……チェスか?
「チェスですかそれ?」
「ご名答。琥太郎くんには今から私とチェスで勝負してもらいます」
若干興奮気味の藍川さん。
まさか、まだカタンの負けを気にしてるのかよ。
……チェスか。
あまりやった覚えはないがこれもやり方だけは知っている。
しかも、これが一番手に馴染む気がする。
どうしてだろう。
「おいおい、陽葵。西條くんはまだ、入ったばっかだぞ?自分の一番得意なゲームで勝とうとするんじゃない」
一番得意なのか……それはちょっと楽しみだな。
「大丈夫ですよ。じゃあ、藍川さんやりましょうか」
藍川さんは満面の笑みで椅子に座った。
「じゃあ、私が白ね」
「どうぞ」
駒を並べ終えると、藍川さんは迷いなくポーンを前に出した。
e4。
……なるほど、王道だ。
俺も静かに駒を動かす。
e5。
部室は静まり返っていた。
望月先輩が腕を組みながら盤面を見ている。
「へぇ、西條くん。チェス知ってるんだ」
「ルールだけですよ」
本当だ。
覚えているのは、ルールだけのはずだ。
なのに――
なぜか盤面を見ると、自然と次の手が浮かぶ。
藍川さんがナイトを動かす。
Nf3。
俺はすぐに応じる。
Nc6。
数手進む。
駒が盤面に広がる。
そのときだった。
ふと、奇妙な感覚が走る。
……ここ。
ここでビショップを出せば。
数手後、相手のキングが詰む。
いや、そんなわけないだろ。
チェスなんて、まともにやったことないのに。
それでも――
手が、自然に動く。
Bb4。
その瞬間。
藍川さんの顔が変わった。
「え?」
少しの沈黙。
望月先輩が盤面を覗き込む。
「……ほう」
藍川さんは盤面を睨みつける。
「ちょ、ちょっと待って」
額にうっすら汗が浮かぶ。
俺は静かに次の手を読む。
もしここでポーンを動かすなら――
ナイトを取る、キングが逃げる。
そのあと、クイーンでチェック。
……終わりだ。
藍川さんが駒を動かす。
「……ポーン」
やっぱりだ。
俺はナイトを取る。
「チェック」
カチッ。
駒が盤に当たる音が部室に響いた。
藍川さんの目が大きくなる。
「え……?」
望月先輩が小さく笑う。
「陽葵。それ、もう詰んでるぞ」
「うそ!?」
藍川さんは盤面を見つめる。
数秒。
数十秒。
やがて。
「……負けた」
駒をコトンと倒した。
俺は盤面を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……なんでだろう」
口から自然に出た言葉。
「俺、チェスほとんどやったことないはずなのに」
なのに。
盤面を見ると。
次の手が、わかる。
まるで――
昔からやっていたみたいに。
藍川さんが机を叩いた。
「もう一回!!」
「え?」
「もう一回勝負!!今のはたまたま!!」
望月先輩が苦笑する。
「いや陽葵。今のはたまたまじゃないぞ」
そして、俺を見る。
「西條くん」
静かな声。
「君、チェス経験者じゃないんだよね?」
「はい、まあ、小さい頃妹と少しやったぐらいですね」
「琥太郎ぐ……ん。それ私を煽ってるの?ああ、本当はめちゃくちゃ経験者で初心者ムーブして私をいじめてるんだ。ぐぬぬぬぬぬ」
今にもハンカチを千切れそうなほど噛んでいる。
そんなこと言われても本当なんだけどな。
「ぐやじい、ぐやじい琥太郎くん、もう一回!!」
「すみません。今日は用事があってここで抜けても大丈夫でしょうか?」
ちょうど今日は、泰葉と出掛ける予定を立てているのだ。
「うん?そうかわかった。それじゃあ、はい、入部届これ明日までに書いといてね」
「わかりました。それじゃあ、俺はここで――」
「琥太郎ぐぅん!!!逃げるな卑怯者ぉぉおう、私は一番得意なボドゲで戦ったんだよ。勝ち逃げなんて許しません」
俺はその場から逃げるように出て行った。
***
ふう、藍川さんの超負けず嫌いも考えもんだな。
だが、ボドゲ……結構楽しかったな。
あれ?
あの姿は……泰葉か?
どれどれ友達と一緒だな。
仲良さそうでほっこりするよ。
ふと校門の近くを見ると、泰葉たちの前に見知らぬ男が立っていた。
うん?
泰葉たちの前に、見知らぬ男が立っていた。
年は二十歳くらいだろうか。
金髪で、いかにも素行の悪そうな雰囲気。
……嫌な予感がする。
「おいおい、姉ちゃん達。中学生?かわいいじゃん。ちょっと遊ばね?俺らと一緒に遊ばねーか?」
あれは!
ナンパか?
クソ、なんて野郎だ。
泰葉に手を出そうとはいい度胸してるじゃないか。
「なんですか!!やめてください。私達はあなたに構うつもりはありませんどっか行ってください!!」
泰葉の友達の一人が物怖じせず、面と向かって言う。
……いい友達だなぁ。
「あ?お前、舐めてんの?お前じゃねえよ。そっちの金髪の女にしゃべってんだよ」
泰葉の友達に向かって手が振り下ろされる。
「……ッ」
流石に放って置けない。
「やめてください。お願いします。私はなんでもしますから友達だけは許してください」
泰葉が必死に頭を下げる。
「いい心構えだ。最初からそうしたら良かったんだよ!!」
「おい!!待てよ。」
「あん?」
「なに俺の妹に向かって手出してんだよ!!」
「お兄ちゃん!」
「うほ、ここでお兄ちゃん登場ですか。俺はな、今これ以上ないほどむしゃくしゃしてんだよ」
「舐めんな!!」
俺が殴りかかろうとした瞬間。
男の蹴りが腹に入る。
体が宙に舞った。
もちろん、俺の体が。
ドサッ。
男は続けて俺に馬乗りしてくる。
「正義マンぶってんじゃねえ、おら!おら!」
男は続けて殴り続ける。
クソ、だが、これで泰葉達が逃げる時間が作れただろう。
視界が揺れる。
血の味が口に広がる。
俺はお役御免だ。
まずいな眩暈がしてきた。
次の右殴りで、ワイシャツが解け裸になる。
「なん……だよ……これ」
馬乗りになっていた男が一歩また一歩と後ずさる。
「な……なんだよ。
それは!!」
多分、男が言っているのは俺の古傷のことだろう。
胸から腹にかけて、大きな傷跡が走っている。
どうして出来たのか――俺は覚えていない。
医者は事故だと言っていた。
だが俺は、その瞬間を覚えていない。
胸からお腹あたりを大怪我をしているんだったな。
「お……い、泰葉達から離れ……ろ」
「……クソったれ、関係ねえ!!」
再び、俺目掛けて突進してくる。
だが、その攻撃は俺に届くことはなかった。
なぜなら。
「おい、俺の友達に何してんだよお前!!」
黒い帯を身につけた。
――俺の親友が。




