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傾国の災姫 32話


 目の前が真っ白になって、おぼろげながらもセレスの姿が確認できる頃には戦いは片付いていた。


 セレスを中心に玉座に向かって不自然なほどの白い空間ができあがっており、王座だった場所はドラゴンすら余裕で通れるほどのポッカリと大きな穴が開いていた。


 その先は見渡す限りの銀世界である。


 攻撃の対象となったベネディクトと思わしきものはかろうじて原形がわかる程度の氷像となっている。


 戦いは終わったのだ。


 セレスが落とした剣の音で、俺は我に返った。


「セレス……!」


 彼女は力なく、俺に身を預け、口から自然と血が漏れ出していて、その目は虚ろになりかけている。


「あいぼう……っく」


「もう喋るな」


 戦いの余波から、ただ事じゃないとエリーゼたちの部隊が、ポッカリと開いた穴から次々と乗り込んできた。


 エリーゼは俺たちの姿を見てすぐに竜から降りるが、遠巻きではあったが、すぐに口元に手をあてて力なく崩れ落ちた。


 なぜそうなったかはあえて考えるまでもない。


 エリーゼは、彼女の最期が近づいていることを悟ったのだ。


 セレスの口元には、皮肉げな笑みがまだ残っていた。


「あいぼう……少しだけ、聞いて」


「だから喋るなって……」


「…女王の命令よ」


 弱々しいのに、どこまでも彼女らしかった。


「……お父様とお母様は、わたくしのために死んだ」


 セレスは静かに切り出した。


「わたくしが幼いころ、シジルを移植された。身体に合わない膨大な力を、無理やり押し込まれた。……お父様とお母様は、そのために命を差し出したの」


 短い言葉だった。だが、その一言一言に、何年分もの重さが詰まっている。


「生き残ったのはわたくしだけ。同じ『試練』を受けた従兄弟たちは耐えられず死に、その親も……全員が、才能という目に見えてわかりやすい形に、シジル至上主義という仕組みに殺されたの」


 セレスの瞳が濁っていく。


「ごほ……こんな仕組みは、おかしい」


 それは、幼い少女が最初に抱いた、剥き出しの怒りだったのだろう。


「全部、壊してやろうと思った。そのときから……それだけが、わたくしの生きる理由になったの」


 セレスの告白に、エリーゼが顔を伏せたのが見えた。


「でも……壊すと決めたところで、方法なんてなかった」


 セレスの声が、少し揺れた。


「身体には、父と母から移植された力が宿った……でも、それを使いこなせる器が、わたくしにはなかった」


 彼女は自分の胸に手を当てた。


「それどころか……この力は、わたくしの身体を内側から蝕んでいたの。 器に合わない力が、少しずつ命を削っていく」


「……」


 セレスは自嘲気味に息を吐いた。


「残された時間で何ができるか、考えたわ。何年も何年も。……でも、答えなんて出なかった」


 彼女の声から、わずかに感情が剥がれ落ちていく。


「答えが出ないまま、ただ日々が削られていくだけ。 こんなに力があるのに何もできないまま死ぬのかって……正直、どうでもよくなりかけていたの。復讐も、この国も、自分の命も。……全部よ」


 セレスが、ふっと息を漏らした。


「教会で祈りを捧げ、作戦会議をしていたある日のこと……とは言っても、もう形だけの軍議だったわ。どうせ体裁上の戦争で、この先何も変わらない」


「――そこに、天井から男が降ってきたの」


「……」


「ふふ、信じられる? 国で最も厳重な作戦会議室の天から、モヒカン頭の男が降ってきたのよ。しかも本人は何が起きたかわかっていないって顔をしていて」


 セレスの口元が、懐かしそうに綻んだ。


「あのときのみんなの顔、忘れられないわ」


 くすりと、小さな笑い声。それだけで、また血が溢れ出る。


「ごほっごほ……でもね。あの瞬間、わたくしは直感したの。この人は、違う、って」


「違う?」


「上手く言えないけれど……何か特別な力を持っている人だって」


 天を見つめていたセレスの目が俺の目に向けられる。本当に綺麗な顔立ちだ。


「だから……利用しようと思った。賭けだったけれど」


「……正直だな」


「死ぬ前くらい、正直にならせてよ」


 彼女はゆっくりと続けた。


「貴方がわたくしに力をくれたとき……そう、竜を従える力と、この身体でもシジルを振るえるだけの強さを。……あのとき初めて、わたくしは自分の足で立てた気がしたの」


 セレスの手が、無意識に俺の手へ そして握り締められていた。


「……そして、グレイドを倒したとき」


 声が震えた。


「わたくしは確信したの。――この人だ、って」


「……」


「この人となら、全部壊せる。この人となら、最後まで歩ける。……この人に、賭けようって」


 帝国を掌握して、血統制度を壊す。敵国を落として、対立の構造を終わらせる。……それが、セレスの計画で、足りないピースを補うのは俺だったということか。


 セレスは淡々と語った。


「ルミナス教団の教皇まで手が届いたのは……正直、うれしい誤算だったわ。シジルの秩序を裏で操っていた元凶に確信が持てたし、この手で終わらせることが、できたから…ごほ」


 その声は、どこか満足そうで


「人生を賭けた復讐としては……上出来でしょう?」


 どこか寂しかった。


「……でもね、あいぼう」


 彼女の声が、さらに小さくなった。


「今、ひとつだけ……後悔していることがあるの」


「……なんだ」


「この復讐は、わたくしの命をもって完結させる。……そう決めていたの。最初から」


 俺の腕に力が入った。


「だから……本当は、誰かに心を許すつもりなんて、なかったのよ」


 セレスの目から、涙が零れ落ちた。


「利用するつもりだった。貴方のことも。強い駒が手に入ったと、そう思っていたの。……最初は」



「……」



「でも」



 彼女の冷たい手が、俺の頬を探るように伸びた。



「……いつの間にか、『あいぼう』って呼んでいた。……それが嬉しかったの。自分でも驚くくらい」



 彼女の足元から彼女自身を氷漬けにしていく。



 シジルの暴走だろうか、副作用だろうか、考えているヒマなどないほどに進行が速い。



「セレス、体が氷に」



 彼女は首を振った。些事だとも言いたいのか。



「わたくし、あなたと、もっと……」



 その先を言う前に、美しさを永遠に閉じ込めたような



 儚い氷像へ



 彼女の指先が俺の頬に添えられた姿勢のまま



 何かを求めるような表情で、永遠に止まってしまった。



「………」



 しばらく何もできずにいた。



「………」



 どれだけ時間が経ったかも分からない。



 ゲームのアナウンスが脳内に響く。



 *全支配者の死亡が確認されました*



 *ゲーム続行不可……Administratorからログアウト処理を受理*



 *ログアウト処理を開始*



 彼女を置いて、俺の体から光が溢れる



 少しずつ、この世界から意識が剥がされていく感じがする。



 ⚜⚜



俺は「偉い」なんて大層な言葉に収まるほどの出来た人間じゃない。



その言葉がどういうものを指すものかすら分からない。



きっとこの先もそうだろう。



自分にもっと早く「何かを変える力」があったら、今とは全く違う環境が出来上がっていたのだろうか。



彼女のように力を得ることができたら、俺は何をしていただろう。



理想を貫くため、その枠組みに居られるように努力できていただろうか。



正しいと思えることを突き詰める勇気は持ち続けられただろうか。



その身を差し出し、努力という対価を払い続けることができたのだろうか。



正しかったかどうかなんてきっと最期まで分からない。



だから努力して正しかったと言える道を探るのだろう。



彼女が歩んだ道を、誰にも否定させたりはしない。



俺にできることは………



 *ログアウト処理 完了*



 俺の体が、この世界から完全に消えた。









 手を天に向かって指し伸ばす、儚き少女を置いて。









 ――傾国の災姫――




傾国の災姫 ―⁂ fin ⁂―

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