傾国の災姫 29話
「さあ、お返しいただきましょう。貴方には分不相応な、その力を」
ベネディクトの声は、感情の起伏が一切ない。
杖から光がセレスに向かって伸びた
彼女は光を剣で打ち払おうとするが、その切っ先は虚しく空を切った。
光は物理的な干渉を一切無視し、まるで幻のように剣をすり抜け、セレスのシジルへと吸い込まれる。
「しまっ…!?」
セレスは反射的に体をのけぞらせた。
ベネディクトの口角が少しだけ上がった。
この場のすべてが 終わった と、そう思ったに違いない。
「……」
「……」
「……」
しかし、何も起きない。
杖は明滅しているだけだ。
「…………」
シジルが吸われていくこともないし、彼女が苦しむこともないし、ベネディクトに力が吸われることもない。
ベネディクトがドヤ顔で杖をセレスに向け、セレスは「しまった!」というポーズのまま硬直しているだけ
「……何も起きないようだな?」
俺がつっこみを入れてみる。
スゥ~っと歯に空気を通すような音を立てたベネディクトは、次に首をかしげた。
「……おや、おかしいですねぇ」
ベネディクトは首をかしげつつ、何度か杖を振りなおす。
「ふんっ!!」
何も起きない。
「ふんふんふんふん!!」
何も起きない。
杖が空を切る音だけである。
もはや、杖で素振りトレーニングをしている変な奴にしか見えない。
「な…なぜ……!? なぜシジルが奪えないのですか!?!?」
*ピコン!*
脳内に無機質な電子音が鳴り響いた。 聞き覚えのある、あのポンコツAIのシステム音だ。
視界の端に、赤い等幅フォントの文字列が浮かび上がった。
『error……対象者:セレスティア・フォン・アズラーレ プレイヤーに帰属するAIのシジル抽出プロセスに予期せぬerrorを検出 特殊クラス『ブラッド・ドラゴンナイトロード』及びその固有変数は 既にプレイヤーの召喚物であるため、権限ランクを持たないNPCによるイベント処理 アイテム処理の永続的な影響を付与することはできません system error chord 096』
『 [FATAL] extractSigil() → ACCESS_DENIED : Target bound to Player.summonRegistry[]. Permanent modification by non-privileged NPC is PROHIBITED. — SYS_ERR Maguro_096 』
訳の分からない呪文のようなエラーコードが続く。
(セレスに施した予防策……賭けだったが、どうやら うまくいったようだ)
この場に到着する前、セレスが俺に手を差し伸べたときだ。
交わした手の隙間から闇色の光が漏れた、あの瞬間。 闇色のオーラが漂った
『好感度が一定の値に達しました 複数の条件を達成したため 対象者:セレス と契約が可能となりました』
(……! これは)
そのとき俺は咄嗟に、召喚契約の術式を彼女に重ねていた。
(ヤナギンがよく言っていたんだ。『プレイヤーの所有物……つまり召喚モンスターとか、武器とか、ペットとかは、基本的にイベントで永続的に奪われたり壊されたりしないように設計されている。 そういうのが起きるゲームは、最初からそういうコンセプトで作られたゲームだけだ』って)
つまり、もし俺の召喚契約がセレスに適用されるなら、彼女は俺の『所有物』として保護される。
NPCがイベントで永続的にステータスを剥奪する……なんて処理は、システムが弾くはずだ。
そして、聖ルミナス教団の存在とその黒幕が持つ能力もある程度察しはついていた。
(……シジルの秩序を管理し、両国の仲裁者を気取ってきた組織。力を管理する者が、その力を打ち消す手段を持っていない。 それは不自然だ。 そして、すべての事象に対処できるのも、同じくらい不自然だ。 シジルには様々な能力があり、そのすべてに対処する力がなければ、仲介なんて成り立たない)
消去法で考えるならば、教団は『不確定要素を含む様々な能力に対処する能力』がある
(確証はなかった。ただの勘だ)
それに、契約しておくことのメリットのほうがでかい。 やらない理由はない。
「なぜだ!! 奪え! 能力を奪え! ええい、この役に立たない杖め!! 奪え奪え奪え!!」
ブンブンブンブンブン
素振りを頑張っていたベネディクトだが、何度も試行したせいであろう
杖がオーバーヒートを起こし、先端がとうとう爆発した
バーーン!!
杖の先端は爆風で花のように広がり、光が所々からちょちょぎれている。
光が出るだけのおもちゃと化した。
玄関とかに飾ると映えるだろう。
「なぁ~~~なぁああん!?――馬鹿なッ!! 神の権能なのだぞ!!」
ベネディクトが、信じられないものを見る目で己の杖を見下ろした。
絶対の自信を持っていた手段が通用せず、あまつさえ勝手に爆発したのだから無理もない。
「えっと…」
セレスは気まずそうに、「しまった、やられる!」といったポーズを解いて目を細め、俺を睨んできた。
「あいぼう、これはあなたの仕業ね。 全能の神インダムにかけて、今度こそ死ぬかと思ったわ。 何かしたなら、もっと早く言って」
「ギャンブルだったんだよ。 相手の能力も、俺の能力の適用範囲すら定かじゃない中で、直前まではどうなるか分からなかった」
「一体何をしたの?」
(どう説明したものか…)
ベネディクトは相変わらず素振りトレーニングをしているので放置して説明する。
「セレス、お前がここに来る前に俺に手を差し伸べてくれたことは覚えているか?」
「えぇ……最後の戦いになるからと、改めて協力をお願いしたわ」
「あの行為そのものが、一種の契約になったんだ」
「契約……? あれはただ、わたくしは、貴方に手を貸してほしいとお願いしただけよ」
「そうだ。だがそれも契約の一種と言える。 そして俺の力は『召喚』だ。契約を交わした相手を呼び出す能力を持っている」
セレスの目が更に細まった。
「それは知っているわ。 でもその能力が、わたくしのシジルを守ったことと、どう関係するの」
「俺の召喚には、副次的な能力があるんだ。 契約で結ばれた者の……うーーん……魂そのものに刻まれた力は、外部から奪ったり、永続的に書き換えることができない。 なんといえば……そう、俺の仲間と一度認められれば、盗めない。壊せない。どんな力でもな。 理解できるか?」
(セレスにメタ的な話をしたところで伝わるわけがない。だからできる限り分かりやすく説明してみる)
「……そんなことが」
「聖ルミナス教団……シジルの秩序を作り、管理し、仲裁してきた組織なんだろう? 力を管理する者が、その力を打ち消す手段とか、無効化する何かを持っていない方がおかしいとは思っていた」
「契約は無条件にできるものなの?」
「親密な者に限られるらしいぞ」
(契約時の条件は、相手との好感度、ってやつに関係性にあるからな)
セレスの顔色が変わった。
「し、しんみつ……わ、わたくしは、別にそんな!!」
ガシャン、と音が響き、会話が断ち切られた。
ベネディクトが壊れた杖を無造作に投げ捨てたのだ。
どうやら杖トレーニングは完了したようだ。
「なるほど、あなたですか。 一体どうやったのかは理解できませんが、あなたが小娘に小細工を施したのは理解できました」
ベネディクトは両手の平を腰の位置から天に向ける。
複数のシジルが浮かび上がり、彼の周囲を不規則に周回し始めた。
きっと彼がいままで奪ってきて「管理」してきたシジルたちだろう。
「道理をわきまえない駄犬には、躾が必要ですね。 こらしめて、ゆっくり事情聴取といきましょうか」
奴の能力は複数のシジルによって構成されている。
ボスにふさわしい相手だな!
「ハゲ、メディ、出てこい。 パーティ戦だ」




