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7 第二王子殿下のお見合い方針事情

 宮廷マナーとして、貴族女性が、朝、昼、夜とそれぞれふさわしいシーンに服を着替えるのは、実に時間のかかる慣習ではある。

 だが、ノエリアはおそらく、それを建前にして、あえてこの場を立ち去った。

 従妹の紹介者は立ち去りますので、あとは王室判断を遠慮なく話し合ってください、ということだろう。

「それで、カルヴァン? 正直なところ、どうだったの?」

 身を乗り出すようにして、母が聞いてくる。銀灰色の瞳がきゅうと細まり、扇で隠した口元がにんまり笑っているだろうことが察せられた。

「妹の方の妖精姫の娘でしょう? 可愛かった? 綺麗? 美人?」

 普段は王妃として威厳ある母なのに、こういうときは少女のようだ。

「その……目が、大きかったです」

「? かわいいってこと?」

「いえ、その……すごく大きな目を、更に見開いてこちらを見てくるので……」

 カルヴァンは無意識に、何かを宙で受け止めるような手つきをした。

「まるで瞳が零れ落ちるんじゃないかと、少し、思いました」

「ぷっ……あはははは! カルヴァン、おま、おまえ……!」

 途端、兄が腹を抱えて笑い出す。

「生真面目すぎて朴念仁……とはちょっと思ってたけど、第一報がそれはないだろう!」

「うむ。……カルヴァン、令嬢の目は、どれだけ大きくても零れ落ちたりしない」

「そ、それは分かっています」

 父王に物悲しそうに言われ、カルヴァンは慌てる。母は、なにか残念なものを見る目で、こちらを見ている。

「こんなことでは、いじらしい令嬢の真心は伝わらないでしょうねぇ」

 そう言った母は、まだ手にしていた空色のカードを鼻先に近づけ、すん、と軽く吸った。

「かすかだけど、控えめないい香り。いいこと、カルヴァン。あなたがぼけっと胸に飾っている花は、アディンセル高地がおもな産地の、ラティムス。花言葉は、『高貴』『才能』『隠された能力』ってところ。魔力が抽出できるので、手紙を書くとき、インクの固定材として、保存魔法を込めたラティムスの抽出液を少し混ぜるのが、最近の貴族女性の流行よ」

 母の連ねた説明で、胸の花の重みが増した気がした。

「今日のあなたは自分から一番花の香りがするから、気づけないでしょうね。同行していたノエリアも、気が付いてなかったかもしれない。でも、数日後、ふとカードを触ってみて、立ち上る淡い香りに今日のことを思い出してほしい。……そういう乙女の祈りが込められているのよ、このカードは」

 カードが、テーブルに残されていた銀盆に乗せられ、つつーっと盆ごとテーブル上を滑って、カルヴァンの手元に戻ってくる。

「それを、なんですか。『本当に自分に来たものなのだろうか』なんて考えてる始末とは」

 ぐうの音も出ない。

「まあまあ、母上。僕もその女性の流行は知りませんでしたよ。勉強になりました」

 兄がそう取りなしてくれながら、父に水を向ける。

「カルヴァンはこれとして、実際のところ、どうです、父上。アディンセル伯爵は」

「そうさな、まあこの書状通りの男だ。若い頃から変わっていない、と確信した。外戚として欲をかくようなことはまずあるまい」

「僕は少々嫌われそうな御仁という気がしますが、カルヴァンとは相性がよさそうではあります」

「令嬢の字が美しいのは、予想外の加点ポイントよ。王族の女は、山ほど手紙を書かなきゃならない。正直、宮廷行事の招待状も、高位貴族の冠婚葬祭に送る手紙も、代わって欲しいと思っちゃったわ。もし縁談が成らなくても、代筆専門の侍女として雇えないかしら……」

「それはどうでしょう。王宮勤めは難しそう……に思えます」

「そうねぇ。それが一番の懸念点ね。カルヴァンのいない場では貴族の社交ができないというのでは、女性同士の交流は絶望的よ。単独の公務も任せられない。……固有魔法は、いかにも惜しいけれど」

「そうだなぁ。固有魔法持ち同士の組み合わせ。どう考えても間違いないが」

 当然のように家族が語る内容で、ノエリアは彼らにはアイリーンの能力の説明をすでにしていたのだな、と察する。

 考えてみれば、義姉は、父母と兄の許可は取ったと自信満々に言っていたのだから、詳細は当然話していたのだろう。

 今日はずいぶん、義姉含めた家族に、振り回された気がする。そう考えるとぐったりと疲れが身体ににじんできたが――。

 落とした視線に、胸元の白い花が映る。

 控えめな甘い香り。彼女のワンピースに似た空色のカード。菫の連想。

 帰りの馬車で、義姉が言ったことは本当だろうか。アイリーン嬢本人から、もっとこの花の話を聞きたい。家族にももっと対面させてあげたい。ツツジもともに見られたら、きっと嬉しい。外に連れ出してくれるともっといい、とノエリアは言っていた。

「――あの」

 難しい顔をしている家族の末席から、カルヴァンは声をあげた。

「先々はどうなるか分かりませんし、父上達のご判断にはもちろん従いますが、その……俺としては、彼女にまた会いに行こう、とは思います。ある種の人助け……でも、あると、思うので」

 言い訳めいた理由付けだと自覚があったので、言葉が途切れ途切れになってしまったが、とりあえず言い切った。

 父が「ほう」と目を細め、母が「あら」と頬に手をやり、兄が「へぇ」と口元を緩める。

「……なるほど。父上、母上、いいじゃありませんか。何にせよ、この有様のカルヴァンには、練習が必要です」

 華麗に微笑む兄の、『練習』という言葉が妙に耳に触る。

「人助け、おおいに結構。困っているご令嬢とご家族を、おまえだけが救える。立派な紳士的行為であり、騎士道精神だ。カルヴァン、令嬢に会いに行け。社交場にも連れ出してやれ。ついでにおまえは、女性のエスコートに慣れる。いいことじゃないか」

「……兄上、それは……」

「おまえならもちろん、未婚の令嬢の名誉を傷つけるようなことはしないと、僕は信じているんだよ」

 このきらびやかな美貌の兄に、カルヴァンは逆らえたためしがない。

「そうねぇ……。いかに内々の顔合わせばかりだったとはいえ、五回もの見合いの失敗はちょっと、婚活市場では大幅減点よね。他人が欲しがらないものは、価値がないように見える。残酷な現実よ」

 母の身内に遠慮のない物言いは、時折カルヴァンを適切にえぐる。

「そこに、このご令嬢とカルヴァンで、むつまじく社交場に出向く。カルヴァンは親切に紳士的に振る舞い、それを見た他のご令嬢の間でも、いいなぁ、自分もあんなふうにエスコートされたいなぁ、という機運が高まるというわけか。なるほどなるほど」

 穏当な国王陛下ともっぱら評判の父が、カルヴァンには時々、無理やり話を丸めているだけに思えることがある。

 それでも結局、この家族の決定が自分の道だ。『第二王子』として、そのように育てられている。

「……カルヴァン」

 不意に、兄が、いつもの微笑を消して、カルヴァンを呼んだ。

 何もかも包むような海色の目が、こちらをひたと見つめている。

「おまえがどう考えていたって、どうしようもなく、おまえはアディンセル伯爵にとっては『第二王子』で、ご令嬢にとっては『恩人』なのだと思うよ。おまえが、少々期待を持たせる罪作りをしたところで、おそらく恨まれまい」

 兄の指摘は、妙にざらつく感触なだけの、ただの事実なのだろう。

 こういうときカルヴァンは、リシャールが自分とは比較にならない様々のものを飲み込んできたのだろう、と思わされる。

「だから結局は、それ以上のものを加えられるかは、おまえ次第だ。……がんばりなさい」

 そう、静かに、なでるような声で言われた直後。

「一足先に結婚に成功して幸せになってしまったお兄ちゃんは、おまえの初恋を応援しているぞ!」

 ばち、と金色のまつ毛がこすれ合う音がしそうな、ウィンクを送られた。……色々、台無しになった。

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