12.よみがえる恐怖
「さあ、ではせっかくだから手始めに鞍馬の作品を少し見せて貰おうか」
皆が一通り喉を湿らせたのを見計らって黒野さんが言い出した。
そうだ、私はただ草壁氏に会いにきたのではない。彼から作品を書く上での刺激を貰うためにも来ていたのだ。そのために彼は自身の作品を幾つか持ってきてくれているらしい。
先ほどのこともあったし、私はちらちらと草壁氏の様子を見ては肝を冷やしていたけれど、彼は特に気にする様子も無く頷いて、傍らに持っていた書類ケースから数枚の紙を出して私の前に広げてみせる。
それは一つ一つはたったA4大の紙だった。しかし、カンバスに描かれた油彩画をスキャンして紙に印刷したものだったり、肉筆ではなくデジタルで緻密に描かれたものだったり、サインペンで殴り書きのように描かれたものだったり、水墨画のように濃淡のある墨と筆で描かれたものだったり、およそ同じ人間が描いたとは思えないくらい画風も使用しているだろう道具も様々だ。
「……っ!」
しかし、私はそこに描かれたモノを見て息を詰まらせた。
そこには奇妙奇天烈な姿をした化け物が様々な方法で恐ろしく描かれていたのだ。
例えば、人の背丈をゆうに超える化け蜘蛛がその八本の足を巧みに使って人を襲っている絵。綺麗な女性の細い首筋に噛み付こうとしている動く死体の絵。包丁を振り翳し子供を追いかける裂けた口をした女性の絵。逃げ惑う人を食おうと口を大きく開けた小山ほどもある鬼の絵。
そこには古今東西を問わない数多くの「怪奇」が描かれていた。
薄気味の悪い化け物の絵。陰惨で悪趣味。そう言ってしまえば手っ取り早い。
だけど、その絵はどれもこれも描かれているモノの息づかいまで感じられるような迫力があって、私はその絵にとても懐かしくて心の深淵から湧き上がるような感情を掻き立てられる。
それは、少し前までの私がどうしても感じられなかった「恐怖」という感情だった。
あれほど頑なに回避し続けていた感情が、どうしてだろう、今は溢れ出して止まらない。
「御陵先生?」
震える指を白くなるまで固く握りしめて呆然と草壁氏の絵を眺めていた私を、不意に黒野さんの声が貫いた。私はびくりと肩を揺らして彼に視線を移す。
黒野さんは少し心配そうな表情で私をじっと見つめていた。
「顔色が悪いな。大丈夫かい?」
「は、はい……」
黒野さんの視線と声にここが人前であることを思い出してなんとか体裁を整えた私。また気を失ってしまうわけにもいかない。