↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖魔夜行絵巻  作者: 小野セージ
しょうけら
PR
13/64

11.甘いジュース、苦いコーヒー

 その不躾(ぶしつけ)な視線にも、彼は特に気分を害した様子はない。かわりに少し困ったように眉間(みけん)(しわ)を寄せた。

「えっと、俺、何か変なこと言いました、か……?」

「い、いえ! そんなことは……っ!」

 不安そうな彼の言葉を裏返りそうな震える声で否定して、また視線を自分の揃えた膝まで落とした私。でも時間が経つにつれ、ちゃんと本心を伝えた方がいい気がしてくる。タイミングは逃したけれども、私は呟くように声を出した。

「ええと……。確かに、ガムシロップとその量には少し驚きましたけど……。でも、その……オレンジジュースでもコーヒーでも、それは個人の嗜好(しこう)の話なので、格好悪いとかではないと思います……はい」

 視線も下を向けたままだったし、何しろ小さな声だったから、伝わらないかもしれないと思いもした。だけど私の言葉はちゃんと草壁氏の耳に届いたらしい。

「そう……ですか?」

 (いぶか)しげに口を開いた草壁氏。その声の響きを聞く限り、彼は私の言っている言葉の感覚がよく掴めていない様子だった。けれども私は少々食い気味に大きく頷いてみせる。

「そうですよ! だって黒野さんだって何も言わなかったじゃないで、す……か……」

 勢い込んでたたみかけようとした言葉の末尾(まつび)は、しかし力なく(しぼ)んでいってしまう。こんな時も黒野さんを引き合いに出さないと何も言えない自分が、なんとなく恥ずかしくなったのだった。

「はは、御陵先生はよっぽどあいつのことを信頼してるんですね」

 苦笑しながら言う草壁氏に、私はかあっと赤くなってしまう。

 だって、黒野さんは私を拾い上げてくれた恩人で、今までだってたくさんお世話になっていて。信頼しているなんて言葉だけでは全然表しきれなくて。でも私なんて黒野さんにとってはまだまだ子供みたいなもので、そもそも私なんかでは全然相手になんかならないと思うけれど……。

「そ、そうですね……。お世話になってますし、それに……」

 舞い上がってそこまで返事をしてしまってから、私は草壁氏の変化に気付く。彼はまだ微笑んでいた。だけど、その瞳には先ほどの肌にちくりと刺さる程度の嫉妬とは比べものにならない程の強い苛立ちが宿っている……気がする。

 私は気圧(けお)されて、口を(つぐ)んだ。彼の表情自体はさっきからさほど変わっているように見えないのに、瞳だけで私に黙れと言っている気がした。

「………………」

 私が押し黙るのを見て、草壁氏は先ほどまでの好青年ぶりが嘘のようにじっとりとした悪意を込めて微笑んだ。こちらを(あなど)る意図のこもった意地悪な笑顔だった。

「御陵先生は本当に素直な方なんですね」

 つまり彼は黒野さんに憧れる私のことを盲目(もうもく)的で愚鈍(ぐどん)だと言いたいのだろうか。私はどうしてもその言葉に反撃したくて、言葉を探す。だがその私の喉元にナイフを突きつけるように、今までとは違うぶっきらぼうな口調で呟かれた草壁氏の言葉が襲いかかった。

「あいつには気をつけた方がいいぜ?」

 ……気をつける? あいつ、とは黒野さんのこと? どうして?

 浮かんだ疑問はすぐに口をついて出そうになる。

 だがその瞬間、三人分の飲み物をトレイに乗せた黒野さんが戻ってきた。

「お待たせ!」

 そう爽やかに言って、私の前に黒々としたブラックコーヒーを、草壁氏の前にオレンジジュースとガムシロップを三つ置いた黒野さんは、最後に草壁氏の隣に自分の分のカフェオレを置いてその席に座る。

 私はその黒野さんをじっと見つめていた。変わった所もなく、いつもの優しそうな黒野さんだ。

 その視線に気付いたのだろう。黒野さんはどこか戸惑ったように私を見て、「どうしたんだい?」と声を掛けてきた。私ははっとして視線を横に(すべ)らせ草壁氏を見遣る。彼は何事も無かったように穏やかな表情でオレンジジュースにどばどばとガムシロップを投入していた。

「御陵先生?」

 再度、声をかけられる。私は反射的に黒野さんに視線を戻すと、ぎゅっと(くちびる)を噛み締めて首を緩く横に振った。

「いえ、なんでも……ないです……」

 そう言ってから、私も黒野さんが淹れてきてくれたコーヒーに口をつけた。それはいつも飲んでいるコーヒーよりも少しだけ、苦く感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 6話まで拝読しました。 どのような話になっていくのか、ワクワクしながら読み進めていました。とても展開が気になります。 昨今の小説は最初から結論ありき(長いタイトルにネタバレが集約されて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。