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1月(下)

 シスタニア宮廷は現在、危機的状況にあった。

 宮廷とは王の一族で構成されるグループであり、この内部関係の度合いはすぐに帝政国家であるシスタニアの、ひいてはアイディアル地方の情勢にも影響するのである。

 現在、この関係が非常に険悪な状況になっていたのである……!



「妹の機嫌が直らないくらいで大げさな」

「正直な所、あそこまで不機嫌なヴィクトリアを見たことが無い」

「そうですかね、割と年中見る気がしますけど」

「ヴィクトリアを年中見てるとか貴様死刑にするぞ」

「お前が死ね」



 と、エドワードは嘆息した。

 彼は半分住居となっている執務室――外に出るのは会議や要人との会談等の時だけだ――で今日も朝を迎え、メイドが持ってきてくれたワンプレートの朝食もそこそこに、積み上がった書類の一束を処理し始めていた。

 彼が1日に処理する書類の量は尋常では無く、いちいち他のことには構っていられないのである。



「摂政閣下! 宰相閣下! 大変です!」



 だから、息せき切って飛び込んで来たメイドが持ち込む厄介ごとにも煩わされたくは無かった。

 これが官僚だったら話が別だ、彼らが持ってくる厄介ごとは国政に直結することが多い。

 なので無視は出来ないのだが、さりとてメイドも無視できない。

 何故かと言うと、メイドが持ち込む厄介ごとは宮廷の私生活に関することがほとんどだからだ。

 つまりこの場合、多くはヴィクトリアに関することである。



「何だ、騒々しい。いったいどうしたと言うんだ?」

「も、申し訳ありません。摂政閣下、ですが……」



 妹が絡まない限りにおいて、リチャードは冷静な男だ。

 エドワード等の一部の「仲間」の前は別として、基本的には頼りになる男として周囲には映っている。

 まぁ、宮殿勤めのメイド達は知っているだろうが、彼女らは宮殿内部の情報を外に漏らさないことになっている。



 つまり今リチャードは冷静であって、表情も凛々しい。

 ただ彼の表情が凛々しかろうと情けなかろうと、エドワードのやることは変わらない。

 要するにエドワードはリチャードにもメイドにも表向き関心を向けずに、目の前の書類を片付けることにした。



「こ、皇帝陛下とお妃様が、宮殿の外に出られたようで……!」



 だから宮廷を揺るがしかねないその報せにも表情を変えること無く、エドワードは次の書類を読み始めた。



  ◆  ◆  ◆



 帝都の色は、「赤」だ。

 建物にしろ街路の床石にしろ、全て赤石を基本として組み上げられているからだ。

 空から見れば、歪ながらも赤い街並みが円形に広がっている様子を見ることが出来るだろう。

 ここは帝都ヴィクトリア、アイディアル地方最大の人口を持つ大都会である。



(その大都会で、私はいったい何をしているんだろうなー)



 早朝の空気の冷たさを肌で感じながら、ベガは大きく溜息を吐いた。

 吐く息は白く長く、視界を白い湯気のような物が流れていく。

 その冷たさは、宮殿では感じることの無い「寒さ」と言うものだった。

 温暖な環境で育ったベガにとっては、少々応える。



 一方で少しずつ夜の黒から朝の青へと変わっていく空と、陽の光によって照らされる赤の都の姿は美しいと思った。

 特に冬は空気が澄む、他の季節にある埃っぽさや煙たさ、田舎の土や泥の臭い等も少なくなる。

 自然と人口の物が交差する早朝の時間帯、そこには独特の美があるものだ。



「……あの、ヴィクトリア様? やっぱり、今からでも宮殿に戻りませんか?」

「だめ、もうすぐお店が開く」

「いや、しかしですね」



 そしてベガは今、帝都の3分の1を占める一般の市街地にいた。

 整備されているとは言え宮殿群程では無い、何かの視察でも無い限りベガのような人間が護衛も無しで出歩くような場所では無い。

 まして、彼女――彼女達がいるのは、商業地区だった。



「リチャード様に何も言わずに宮殿を出て、後で叱られますよ?」

「兄さまに怒られたこと無いから大丈夫」

(マジかよ)



 ある種脅威を感じつつ、顔を上げて今の状況を確認した。

 まず服装、まさかドレスで街に繰り出すわけにもいかない。

 白いブラウスに厚手のロングスカート、スカートには縦縞模様のエプロンをつけ、頭にはピンで留める独特な帽子を被っていた。

 一般的な町娘が着るような服装で、寒さを凌ぐ毛皮の外套コートを羽織っている。



 そして、彼女達の前後には似たような服装の男女がずらりと列を成していた。

 中年の男が比較的多く、中には子供連れもいたが、ベガ達のように女性だけの組み合わせは少ないように見える。

 その行列は通りの片側に寄っており、傍らには様々な店の入口や看板が見える。

 ただしその行列の先は、ある店に向かっており。



(何が哀しくて、朝っぱら玩具屋なんざに並ばなきゃいけないんだろうな)



 まだ陽も昇らぬ午前2時、寝室に忍び込んできたヴィクトリアに起こされた。

 そして皇帝しか知らない秘密の抜け道を通り、宮殿群の外へと1時間ほどかけて出てきた。

 ここに並び始めたのは、午前4時である。

 そして今は午前8時、ベガの体力はガリガリと削られていた。



「……開いた!」



 とは言え、キラキラと顔を輝かせるヴィクトリアにこれ以上「帰ろう」と言うのも気が引けて。

 ベガは、この2ヶ月で何百回目かわからない溜息を吐くのだった。



  ◆  ◆  ◆



 帝都ヴィクトリアは、大きく3つの区画に分類されている。

 1つは王族が住まう宮殿群、1つは市民が住まう市街地、そして最後の1つが軍人達が住まう駐屯地だ。

 首都である以上、常に最大の兵力と最強の軍事力を常駐させる必要があるためだ。

 そして今、その駐屯地に緊張が走っていた。



 帝都駐屯軍の中でも最精鋭を誇る第1特殊連隊、通称「1特連」の隊員3000名に召集がかけられたためだ。

 彼らは広大な駐屯地の方々に散っていたのだが、召集がかかるや否や15分程で全員が駐屯地の出入り口――市街地側への出入り口――に集結した。

 整然と列を作る彼らの先端、つまり前には、彼らが忠誠を誓うべき対象がいた。



「皆、良く集まってくれた」



 黒い軍装を身に纏ったリチャードだ。

 赤い飾り房が目に鮮烈なその軍装の胸元には、数え切れない程の勲章が下げられている。

 彼は若く、またシスタニアが突出しているアイディアルでは「大戦」の歴史は無い。

 にも関わらず勲章を授かるには、相応の理由がある。

 血による名か、功績による実かのどちらかだ。



「今日召集をかけたのは他でも無い、緊急事態が生じたのだ」



 そして彼は、後者であった。

 確かにアイディアル地方に国家間の戦争はほぼ存在しないが、その代わりに叛乱や賊徒による内乱は存在する。

 大国故の悩みだが、リチャードは過去27度そう言った任務につき、その全てに勝利してきた。

 なお、敵と呼ばれた者でこの事実を知る者はこの世には存在しない。



「実は……」



 そして1特連の面々は、リチャードの手足として共に戦った者達だった。

 彼らはリチャードのことを信頼しており、また理解していた。

 だからこそ、彼らはそれまでの仕事を置いてこうして駆けつけ。



「実は、ヴィクトリアが宮殿を抜け出した」



 そして、同じような速度で解散した。

 誤解の無いように言っておくが、彼らはけしてリチャードを舐めているわけでは無い。

 ここが戦場であれば、彼らはリチャードのために死にもしただろう。

 そこまで理解しているが故に、三々五々それぞれの持ち場に戻り、普段の仕事に戻って行ったのだ。



「草の根を分けてでもヴィクトリアの行方を……って、どうしたお前達、どこに行く!?」

「あ、リチャード様。これエドワード殿からです」



 衝撃を受けるリチャードを、数人の仲間達が宥めるように肩を叩いた。

 彼らには一足先にエドワードが連絡を取っていたらしく、その手には書簡があった。

 その書簡には……。



「あ、あの、良かったのでしょうか……?」

「ヴィクトリア様が今日行きそうな場所はリストアップしたし、大丈夫でしょ」



 執務室で書類を裁きつつ、メイドの事案も適切に捌く男エドワード。

 今、シスタニアで最も多忙な男だった。



  ◆  ◆  ◆



 ご満悦と言うのは、こう言う表情のことを言うのだろう。

 自分の身長よりも巨大なクマのぬいぐるみを両手で抱えて歩くヴィクトリアの背中を見て、ベガはそう思った。



(あ゛あ゛――……疲れた)



 目当ての玩具屋はそれほどの大きさでは無かったのだが、入店する人間が余りにも多かった。

 ブランド物なのかどうかはわからないが、あのクマのぬいぐるみにそこまでする価値があるのだろうか?

 ヴィクトリア曰く、「タグが重要」「コレクターの血がそうさせる」とのことだが、ベガにはさっぱりわからなかった。



 何と言っても、ベガの故国に玩具屋など存在しなかったのだから。

 玩具と言えば、親が作ってくれる木彫りの人形ぐらいのものだった。

 それがここ帝都では、数多の種類の玩具がある。

 玩具だけでは無い、洗練された家財や彩り豊かな食材、瀟洒な衣類に趣向を凝らした装飾品。

 しかもそれらが1つでは無く、同じものでも無く、毎日のように新しいものが次々に出てくるのだ。



(そんなにあったって、どうするんだろうな)



 大量に作って、大量に使う。

 つまりはそう言う構造なのだろうが、必要も無い資源を浪費するそのスタイルは、正直に言ってベガの感覚では理解できなかった。

 やはり人間、身の丈にあった生活をするのが1番だと思う。



「~~♪ ~~♪」

(まぁ、とにかくこれで帰れるか)



 ヴィクトリアは望みの物を手に入れてご満悦だ。

 それで家に帰ることしか考えられなくなるのだから、子供らしいと言えばそうだった。

 自分の足で買いに来るこだわりは良くわからないが、むやみに権力を乱用しない所は良い所だろう。

 と、そんなことを考えていた時だ。



「んだぁてめぇっ! 人にぶつかっといて謝罪も無しかぁ!?」

「えっ、いや、謝ったじゃ……」



 そう遠くない場所で、朝から剣呑な声が聞こえた。

 ちらりとそちらへ視線を向けたベガは、ああ喧嘩か、と思った。

 それならベガの故国にもある、奇妙な共通点だった。



「こっちは腕が折れてんだよ! だったら出すもんがあんだろが!」

「そ、そんな……」



 しかも当たり屋のようだ。

 わざとぶつかっていちゃもんつけ、金銭を要求する手口。

 これも奇妙な共通点、国がいくら豊かになっても無くなることの無い軽犯罪だ。

 いずれにしても、警察組織がどうにかする問題であった。

 周囲の他の人々も同じような考えなのか巻き込まれたく無いのか、遠巻きに離れていっている。



 ベガとしても、こう言うことに首を突っ込むことはかえって良くないと思っている方だ。

 それにヴィクトリアもいる。

 だから早くこの場を素通りしようと、そう思って視線を正面に戻した。



「……あれ?」



 少々慌てた、さっきまでそこにいたヴィクトリアの姿が消えていたからだ。

 そして、その居場所はすぐにわかった。



「ねぇ、どうしてそんなことするの?」

「ああ? 何だこのガキは」



 ヴィクトリアは、件の当たり屋の側にいた。

 ベガの心労が、またひとつ増えた。



  ◆  ◆  ◆



 ヴィクトリアは、<悪>を理解できない。

 彼女は悪意を向けられた経験が無く、そもそも悪意の意味をわかったいない。

 彼女の周囲には、彼女に優しい人間が大半だったからだ。



「そんなことしちゃいけないんだよ」



 だから今にも相手を殴ろうとしている男がどうしてそんなことをするのか、理解できなかった。



「それは、悪いこと(・ ・ ・ ・)だよ」



 そして男にしてみれば、突然クマのぬいぐるみを抱えた女の子が説教じみたことを言ってきた形だ。

 最初は「ああ?」と凄んで見せた彼だが、それもすぐに引っ込む。

 何故なら、自分を見上げるヴィクトリアの目が余りにも純真だったためだ。

 汚れを何一つ知らない純真な目が、じっと男を見上げていた。



 何故、そんなことをするのか。

 問われて、しかし答えられないことに気付く。

 生活のためか、欲のためか――いや、人はすべからく気付いたらそう(・ ・)なっているものだ。

 人間とはそう言う部分がある、それを「何故?」と問われると、答えようが無い。

 無理に答えようとすると、思考が停止し――苛立ちへと、成長する。



「ヴィクトリアさ……ヴィクトリア、いけませんっ」



 胸中のざわめきが怒りへと変わる刹那、ヴィクトリアを後ろから引っ張る少女がいた。

 当然ベガだ、豊かな栗色の髪の少女の登場に、男は気分を変えるように口笛を吹いた。

 興味が失せたのか、そもそも標的にしていた男はすでに逃げていた。

 当たり屋の男の不躾な視線に気付いたのか、ベガは面倒そうに眉根を寄せた。

 気付いた時には、ヴィクトリアの肩に置いていた手を男に掴まれていた。



「ガキにゃ興味ねぇよ。やっぱ相手して貰うなら、あんたみてぇな別嬪べっぴんさんじゃねーとな!」

(あー、故国うちにもいたな、こう言う手合い)



 こう言う手合いは流すに限る、少々たちが悪いが度胸が伴わないためだ。

 経験則上、ベガはそう結論付けていた。

 なのでこの事態は、彼女としてはさほど慌てるようなものでは無かった。

 一方で、ヴィクトリアにとってはそう見えなかったらしく。



「ってぇ!? このガキ!」

(うおおおおいっ! そりゃ1番やっちゃいけないことだろ!)



 ヴィクトリアが、男の脛を蹴った。

 子供相手でもそれは痛い、案の定、男が激昂した。

 ベガを助けようとでも思ったのだろうが、こう言う手合いにそれは1番の悪手だった。

 これには流石に周囲の人々も不味いと感じたのだろう、ざわ、と揺らぎが聞こえた。

 実際、男は顔を真っ赤にして腕を振り上げていた。



「クソッ!」



 思わず悪態が口を吐いて出てしまい、目を丸くするヴィクトリアを庇うように抱きすくめた。

 一度振り下ろされた腕を途中で止めるのは難しい、まして頭に血が上っていればなおさらだ。

 だから、途中で止まると言う期待は持たなかった。



「……!」



 ぎゅっと目を閉じ、身に力を入れて。

 ――――鈍い音が、帝都の通りに響き渡った。



  ◆  ◆  ◆



「……あれ?」



 来るべき衝撃が来ない。

 と言うか、気が付けば腕の中にあったヴィクトリアの感触も無い。

 ひとり通りにしゃがみ込んでいるような状態になっていて、何が起こったのかと疑問符を浮かべた。



 そしてそろそろとあたりを見渡してみると、すぐに弛緩した。

 力が抜けた表情になって、事の外しっかりとした足取りで立ち上がった。

 ぱんぱんとスカートのお尻と膝の部分を叩いていると、近くからこんな声が聞こえてきた。



「ヴィクトリアあああぁっ大丈夫かああああぁぁっ!!??」

「ふみっ、ふみっ」

「お兄ちゃんが来たからにはもう大丈夫だぞ、悪は滅びたからな!!」

「ふみっ、ふみっ」



 そこには、ヴィクトリアを抱き潰さんばかりに抱き締めているリチャードがいた。

 どうしてそんな服装なのかはわからないが、やたらに豪華な軍装姿だった。

 ちなみに当たり屋の男はどうなったかと言うと、10メートル程先に倒れ伏していた。

 殴られた音は1発だけだったと思うのだが、何故か何十発と殴られたかのように顔がパンパンに膨れ上がっていた。



「はーい、暴行罪でしょっ引きまーす」

「ご協力ありがとうございましたー」



 そして、どこかで見たような兵士達がおざなりに捕まえていた。

 彼らは周囲に市民に頭を下げつつ、実に鮮やかな撤収行動を見せていた。

 なお、リチャードは置いて行くようだった。



 そして流石にリチャードの存在に気付いたのだろう、市民達も「何だぁ」と言う顔をして歩いて行った。

 どうやら、帝都の市民はこう言うことに慣れているようだった。

 流石はリチャードの民と言った所か、ある意味で慕われているとも取れる。



「ふみっ!」

「へぼぁっ!?」



 そしてヴィクトリアはと言えば、兄の顎に見事なアッパーカットを決めていた。

 「何故だヴィクトリア!?」と叫ぶ兄を放置して、ぬいぐるみを抱えたままベガの下へと駆けて来た。

 何だろうと思っていると、彼女は本当に心配そうな顔で。




「姉さま、大丈夫?」




 と、のたまった。

 ベガは最初、目を丸くしていた。

 頭では何となく理解していたことを、改めて指摘された心地だった。

 目を丸くして黙っていたのが悪かったのか、ヴィクトリアが服の端を引っ張ってきた。

 気のせいでなければ、涙ぐんでもいた。



(あー……そう言うことか)



 そして、理解する。

 どうしてヴィクトリアが何かにつけて自分に寄ってきていたのかを、理解した。

 途端、かっと熱を感じた。

 姉さま、姉さまと、舌ったらずな声が耳朶を打つ度に、何と言えば良いのか。

 何と言えば良いのだろう、このむず痒い感覚を。



「ねぇ、姉さま」

「あー、うん。大丈夫、大丈夫だから、本当、うん」



 むずむずとした感覚を胸中に抱いて、しがみ付いてくるヴィクトリアの頭を撫でる。

 するとヴィクトリアは笑顔を見せて、「姉さま~」と鳴き声のような声を上げて、スカートに顔をすり寄せて来た。

 それに対して頬がひくつくのを感じながら、撫で続けるベガ。



 通りがかる人々は、そんな2人を微笑ましい顔で見つめていた。

 誰がどう見ても、2人の姿は「仲の良い姉妹」のそれであったからである。

 意地っ張りな姉と素直な妹、と言う風に。



「な、何故だ、ヴィクトリア……」



 そして、ショックの余り通りに倒れ伏したリチャードのことは、誰も気にかけてくれなかった。



  ◆  ◆  ◆



 ――――数日後、ローレル宮では変わらない朝食の光景が見られた。

 向かい合う夫婦と、壁際に立って目と耳を閉ざすメイド達。

 そして、兄の膝の上に座る妹皇帝。

 朝食の席は、それこそいつも通り静かなものだった。



「ああ、ところでベガ」

「はい。何でしょう、リチャード様」



 不意に夫に声をかけられて、顔を上げる。

 夫は妹の口に好物を運んでやりながら、何でも無いことのように言ってきた。



「話し方についてだが、別にそんな畏まった話し方をしなくても良い。好きなように話してくれ」

「あ、はい。お気遣い有難うございます」

「うむ」



 だから、ベガも取り立てて大したことでは無いように聞き流してしまった。

 ナイフで肉料理を切っている最中だったことも、認識を薄くしてた。

 フォークから口へと肉が移った後――肉自身の味が強い味付け、ベガの好みに合わせたのだろう――飲み込むと同時に、リチャードの言葉の意味が飲み込めて。



「……え?」

「うん? どうかしたのか」

「あ、いえ……その。え?」



 その方が魅力的だ。

 遅れてやってきた言葉に、笑顔を固めたまま顔を赤くした。

 直後、青くする。

 何故ならそれは、ここ2ヶ月間のベガの演技と頑張りを看破されたことを意味するからだ。



 ただ、どうやらリチャードは怒っているわけでは無いらしい。

 それ自体にはほっと安堵するが、次いで「どうして」「何でバレた」と言う混乱が胸中を占めた。

 表情には出さないが、背中にはどっと冷たい汗が滝のように流れていた。

 背中が露出しているデザインのドレスなので、後ろから見ると冷や汗が見えるんじゃないか、などと頭の悪いことまで考えてしまった。



(な、何でだ? 何でバレた?)



 こう言うと何だが、ベガは結婚してからと言うもの、常に「淑女らしく」振る舞ってきたつもりだ。

 特にリチャードの前ではそうだ。

 何しろ妙な粗相をして怒りを買えば、故国がどう言う扱いを受けるのかわからないのだ。

 慎重にもなる、これはそう言う婚姻なのだから。

 ……まぁ、リチャード自身は前々から気にしていない雰囲気があったが。



「姉さま、姉さま」



 はっとして、リチャードの膝の上を見た。

 そこに至って、ベガはこの問題の答えを知ることになった。

 すなわち。



「ピースピース、じゃねぇよ!」



 今度は声に出して、そう言った。

 そんな彼女の正面には、兄の膝の上で両手でピースを作ったヴィクトリアがいた。

 機嫌の良さそうな、嬉しそうな、悪戯を成功させた童のような。

 そんな顔で。


最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。


ふふふ、よもや妹が兄よりも兄嫁の方に懐くとは思いますまい。

未来を見ているようで、描いていてちょっと哀しくなったのは秘密です(え)


それでは、また次回。


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