12 自活
「それじゃあ、自殺を防ぎようがないですよ。」
俺なんかが話を聴いた位で、相談者の自殺を食い止めるなんて到底無理だと思えた。
「自殺を考えるのは、特別な人ではありません。誰しも、命を持っていて、命の価値を考えたことのある人ならば、自殺の選択肢を持っています。そして、他人とぶつかるのを恐れる人は、選択肢を増やすことが出来ません。」
「それって、人と関わらないと自殺を選びたくなるってことですか?逆に、人と話すと疲れて死にたくなるって事もあると思うんですけど・・・」
「話しているだけではぶつかった事にならない場合もあります。建前で話してもぶつかった事にはなりません。しかし、本音を話さず、他人とぶつかるのを避ける人もいます。疲れるというのは、感じている事を吐き出せない時です。嘘を吐く罪悪感、虚無感、他者と自分を比べて感じる敗北感に劣等感。それらを感じても、隠したり我慢したりしなければ、人のストレスは減り、活力が湧くのです。」
「活力?」
「活きる力です。」
「じゃあ、ストレスを抱えたままで、活力が湧かないと・・・」
「活きられなくなります。」
「活きられない?」
「ナガイさんには分かるでしょう?」
「俺には、ちょっと・・・分かりません。」
「ここで皆さんのお話を聴いていると、分かるようになります。ナガイさんもきっとそれを望んで、今日はいらしたのでしょう?」
「えっ、俺がですか?」
「このあと、お手伝いして頂けませんか?」 タナカが広げた手の指先を急須に向けた。
俺はお茶を煎れたり、事務所の片付けなどをしろと言っているのかと思った。
事務所に押しかけておいて、このまま帰るのも気が引けたので、
「あ、あの、俺・・・手伝い、ます。」
先ずは、お茶を煎れるのを手伝おうと思って言った、のに・・・タナカは、
「そうですか、手伝って頂けますか。やはりお師匠様の言った通りでした。」
うんうん、と嬉しそうに頷きながら、タナカはポットから急須にお湯を注いだ。
"手伝う"―――それって、お茶を煎れる手伝いではなく、この"自殺相談所を手伝う"という意味に取られた、って事か?
ドン、ドン、ドンと丸盆の上に三つ置いた湯呑みにお茶を注がれるのをぼーっと見ながら、誤解されたにもかかわらず、いつもなら生じそうな焦りがなかった。
個性溢れる湯呑み達。一つにはウサギの絵が描かれている。受付のウサギを思い出した。武骨な特大湯呑みはレスラーの物かな?
"手伝う"―――手伝えるかどうかというより、"手伝ってみたい"気もしていた。
俺が必要とされている・・・ そんな世界を俺は見てみたくなった。
それに、「どうぞ、美味しいですよ。召し上がれ」と占い師のばぁちゃんが作ったという手の込んだお弁当をご馳走になってしまい、帰るに帰れなくなった。
・・・という訳で、俺は所長のブースで所長の後ろに付き、補佐という形で、初日の今日は相談内容をノートに記録する事になった。
その恰好というのは、所長は、例のバーコードハゲづらにルの字鼻髭眼鏡と、思わずプッと吹き出しそうなふざけたものでが、俺は・・・何故、黒子?
9月始めの時期にこの恰好は超暑い。着ぐるみに比べたらいくらかマシなのだろうが。
「・・・・・・」そして誰も来ない。いや、来たとしても、俺は補佐で黒子、喋るなという事なのかもしれない。
「今日は暇ですね。それに越した事はないのでしょうけれど。」
窓口カウンターに向かって座っていた所長が、椅子をくるりと回転させ、黒子の俺を見ながら話しかけて来た。
喋ってもいいのだろうか?
仕切られている隣の席からは話し声が聞こえなかった為、俺は答えた。
「ここが暇だからって、自殺を考える人がいないって事にはならないですよね。」
「その通りです。沢山の方が見えられても、見えられなくても、私達の仕事は変わらず、ここに居る事です。」
「ただじっと待ってるだけって事ですよね。」
「お師匠様曰く、運命とは巡り合わせです。人と人が出逢うと、それだけで今後の生き方、考え方が変わるのです。それを良い出逢いとするか悪い出逢いとするかもその人次第。人は縁によって生まれ、縁によって亡びる・・・との事です。」
「はぁ・・・深い、ですね。」よく分からない・・・"出逢う"って事は、俺がここにいるのも"縁"という事なのか?
「事務所の奥に更衣室があるのですが、そこに小さな水槽がありまして、昨年の商店街の縁日で釣って来た金魚が、最初は五匹いたんです。でも一週間後にはみんな死んで、一匹になってしまったんです。」