第11話 ラッキースケベ〈中編〉
俺は慌てて辺りを見回す。しかし、それらしきものは見えない。
どういうことだ?
『地中からの急襲を感知しました。10秒後に対象からの攻撃が来ます』
マジかよ!よりにもよって地中からか!
これはまずい。ドーム型の障壁を生み出す『結界』では地中からの攻撃を防げない。かといって迎撃手段もない。
とりあえず回避に専念するしかない。
俺はルーナの手を引きソフィアの元へ駆け寄る。
「ソフィア!」
「………どうしました?」
俺の様子にただ事ではないと感じたのか、素早く振り向いて身構えた後、問いかけてくる。
「悪い、説明してる暇がない」
その問いには答えず、彼女を掴んで引き寄せると、
「二人とも、すまん」
彼女たちの胴に腕を回し、持ち上げる。
「ちょっ、いきなり何を………」
ソフィアが慌てた声で抗議するが、無視。
カウントダウンのメッセージに意識を集中し、
『接敵まで3、2、1』
俺の下の地面が盛り上がった瞬間に『瞬歩』で限界距離まで移動する。
「―――っと!」
視界が歪み、一瞬の浮遊感の後に着地。そのまままずは『結界』を発動し、背後で派手な破砕音がしたと同時に振り向いて敵を注視する。
そこには、バカでかくて気味の悪い光沢を放つ、百足のような生物がいた。
―――――――――――――
混沌魔蝕虫・幼生体
Lv:40
ランク:B
HP:321/321
MP:247/247
STR:296
VIT:524
INT:153
RES:542
DEX:348
AGL:286
LUK:58
スキル
状態異常耐性・中
一撃死無効
―――――――――――――
強っ!何だこいつ、今までの敵とは明らかにレベルが違うぞ。
しかし、ボスではないし持っているスキルも大したことはない。これならまあ勝てるだろう。
そう思い、ソフィアに結界内で待機しているように言い渡そうとしたのだが、
「………そ、そんな、…『混沌魔蝕虫』が、何でこんなところに………」
顔を真っ青にし、とても狼狽していた。様子が尋常じゃない。
「ソフィア、あのモンスターは一体なんだ?」
もしやとんでもなくヤバイモンスターなのか?
「…あ、あれは本来『混沌魔窟』にしか出現しない特殊なモンスターです…『混沌魔窟』以外には出現しないはずなのに…どうして…」
ソフィアはうわ言のようにぶつぶつと呟き続けている。
俺的にはそこまで怯えるような相手には見えないのだが…
…とにかく、倒すにしても撤退するにしても、攻撃しないことには始まらない。無理そうだったら足止め手段を考えよう。
そう結論を下し、手加減無しの螺旋爆裂弾を生成して放つ。
「待っ………!」
ソフィアが制止の声を放つが既に遅く、螺旋爆裂弾は『混沌魔蝕虫』に直撃し、
「―――」
その巨体を、僅かに揺らす程度で終わった。
………は?
まったく効いてない様子の『混沌魔蝕虫』は、それでも苛立ったのか首をもたげ、こちらを向いて口元の異様な鋏をギチギチと鳴らす。
やばいっ!
『対象の警戒レベルが1上昇。急襲に備えてください』
メッセージが出るより早く危険を感じた俺は、再び『瞬歩』で逃げる。
そして振り向けば、『混沌魔蝕虫』はその長い体を伸ばして突進を繰り出した所だった。
俺が『瞬歩』で避けたため、空振りした勢いのまま壁に激突し、大きな音と共に壁が砕けた。
余波で地面が揺れ、天井から土がパラパラと落ちてくる。
………あ、あかん。勝てる気せえへん。
怒れる王者熊とは桁違いの脅威だ。『紅蓮爆炎』を試してみる気にもならない。
即座に俺は撤退に移るため、足止めの手段を模索し、全力で思考をフル回転させる。
そして、最早賭けと呼ぶに等しいある一つの可能性を思い付く。
「ソフィア!」
俺は『アイテム』の中から一本の巻物を取りだし、
「これはどういった物なんだ?」
狼狽から立ち直れていない少女に見せる。
「………そ、それは………」
『真空風刃』の巻物を目にした彼女は一瞬口ごもり、
『………使い捨ての『魔巻陣』です。魔術の使えない一般市民が護身用で持つものなので効果は期待できません」
「使い方は?」
「…先程の一撃の結果を見たでしょう?あのモンスターには魔術がとても効きづらいんです、その『魔巻陣』では…」
「俺に考えがあるんだ、とりあえず使い方を頼む」
ソフィアの言葉を遮り、説明を促す。
「………巻物を開いて『真空風刃』と唱えればいいだけです。しかし…」
続きの部分は無視して、俺は『魔巻陣』を開き、唱える。
「真空風刃」
すると巻物が燃えて灰になり、緑色の丸い魔方陣のようなものが出て、そこから鎌鼬が数発放たれた。
その全てが直撃しても、甲殻には傷ひとつない。
だが、それでいい。
ソフィアが何か言いたそうな顔をしているが、これは想定内。問題は、ここからである。
俺は一僂の希望を込めてスキルカスタム画面を開く。
幾度となく打開策を繰り出してきた頼みの綱は、
『カスタマイズ可能な魔術が一件あります』
今回もまた、逆転の可能性を引き当てた。
(……よし!)
いいスキルが出ることを願いつつ『真空風刃』を選択する。
『スキル・魔術弾〈初級〉と融合が可能です。
融合後↓
・風属性貫通特化式単体殲滅型魔術【風迅貫突】』
まるでスロットで大当りを期待しながらレバーを引いたらフリーズを引いたときのような気持ちだ。期待を上回る成果に苦笑が漏れる。
これは本当にもしかして…
「…何をニヤニヤしているんですかっ。早くしないと奴が…」
ソフィアが慌てた声で俺を急かす。
「ああ、わかってるよ」
俺はニヤケ面を隠そうともせず『混沌魔蝕虫』に向き直る。
『風迅貫突』
そして覚えたての魔術をぶっぱなした。
『魔術弾・初級』を細長く伸ばして先端を尖らせたような緑色の光弾が、視認も難しい速度で飛び、奴の甲殻に当たる。
そしてなんの抵抗もなく、突き抜けた。
スキュン!という微かな音がなければ、外したかと思うところだ。
しかし、風の針は確実に穴を開けていた。
「―――――!!!」
一瞬遅れて穴から気持ち悪い色の体液が吹き出し、『混沌魔蝕虫』が苦悶の声を上げる。
効いてるどころか、効果は抜群だ。
しかし、威力が足りないな。最も大きく出来ないのか?
そう思い込める魔力を増やしてみると、なんと本数が増えた。
調子に乗って更に魔力を込め、本数を増やす。
一度に20本ほど飛ばしたところで、『混沌魔蝕虫』は全身穴だらけになり力尽きて倒れた。
大体百本くらい飛ばしただろうか。体力の高さに驚きを隠せない。人間だったら一発で死んでるだろう。
「………あ、ありえない………幼生体とはいえ………『混沌魔蝕虫』を倒すなんて………しかも、あれだけの攻撃で………違う、あの魔術は一体………?」
しかし、俺以上に驚きを隠せない人物がいたようだ。
「………もしや………あなたは『神贈祝福』をお持ちなのですか………?」
そして、恐る恐る、といった様子で俺に問いかけてきた。
…………あ、やべ。これは来たんじゃね?