第三十三話 あの日、あなたに会ってから②(アシュレイ視点)
その時、アシュレイは少女の足元へ視線を落とした。
彼女がしゃがみこんでいる目の前の花壇には、踏み荒らされたいくつもの跡が残っていた。
驚いて理由を尋ねると、先程、中央の広場で遊んでいた子どもたちが、ボールを追いかけることに夢中になって花壇へ踏み込んでしまったのだと教えてくれた。
花壇を荒らしたことにも気づかないまま、彼女が声をかける間もなく、その場を離れてしまったのだという。
少女は、荒らされた花壇を前にして、折れてしまった苗を一本ずつ元に戻していたのだ。
「ですが……」
アシュレイは、泥で汚れてしまった少女のドレスを見つめた。
「せっかく綺麗なドレスなのに……泥だらけになってしまっていますよ」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
すると少女は自分のドレスをちらりと見下ろし、少し困ったように眉を下げた。
「きっと後で怒られてしまいますね……。でも、いいんです」
そして、手の中の小さな苗へ目を向けた。
「だって、このお花は、きっとこれから綺麗に咲くでしょう?だったら、私のドレスよりも、このお花のほうが大切ですから」
その言葉を聞いた瞬間、アシュレイの胸の奥で、何かが大きく揺れた。
自分のドレスが泥で汚れることよりも、踏み荒らされた花がもう一度咲くことを願っている。
その姿は、とても真っ直ぐで優しくて、まるで陽だまりのようだと思った。
彼女の小さな手の中にある萎れた花の苗が、今の自分自身と重なった。
そして、その陽だまりのような優しさに、心ごと救われたような、そんな気持ちになった。
ジンと目頭が熱くなり、アシュレイは思わず目を伏せた。
泣いてはいけない。
そう思って、唇をきゅっと噛む。
けれど、目の奥に込み上げたものを完全に堪えることはできなかった。
「……せめて、手伝わせてください」
震えそうになる声を、どうにか抑えて言った。
少女は一瞬、驚いたように目を丸くした。
それから、花が咲くように、ぱっと笑った。
「……いいんですか?ありがとうございます!」
二人は並んで、踏み荒らされた花壇を元に戻していった。
土を掘り返し、倒れていた苗を一本ずつ植え直す。
小さな手では思うようにいかず、ところどころ土が盛り上がったり、苗が少し傾いたりもした。
それでも、最後には何とか元の姿に近づけることができた。
少女が持ってきた水を二人で苗にかける。
水を吸った土から、ふわりと土の匂いが立ち上った。
花壇としては少し不恰好だったが、そこに植え直された小さな苗は、今にも萎れてしまいそうになりながらも、それでも懸命に土へ根を張ろうとしているように見えた。
少女が苗を見つめながら、嬉しそうに微笑む。
「きっと綺麗に咲きますね」
その言葉を聞きながら、アシュレイも小さく頷いた。
しばらくすると、少女を探していた侍女が姿を見せた。
「お嬢様!探しましたよ。こんなところにいらしたのですね……」
侍女に声をかけられ、少女は立ち上がった。
そして、アシュレイへ振り返る。
「それでは、私はこれで。あの……本当にありがとうございました。一緒に植え直してくれて、とっても嬉しかったです」
「……こちらこそ。手伝えてよかったです」
アシュレイがそう言うと、少女はふわりと口元を綻ばせ、柔らかな微笑みを浮かべて頷いた。
そのまま、泥で汚れたドレスを見て呆れたように小言をこぼす侍女に申し訳なさそうに謝りながら、少女はその場を去っていった。
けれど、一人残されたアシュレイは、その場を動かなかった。
小さな花壇の前に立ち、植え直された苗をじっと見つめる。
風が吹くたび、細い茎がかすかに揺れていた。




