004話 魔力測定
入学式から一週間が経過した。
寮でノルンに割り当てられた部屋は角部屋である。
角部屋といえば聞こえはいいが、日当たりが悪く、湿気が高い。
気を抜けば部屋の隅にキノコでも生えそうな環境である。
幸いなことは昼夜の寒暖差が激しくないことだろうか。
当然、条件のいい部屋は貴族様に割り当てられている。
これは分かり切っていた事なので、ノルンとしては特段不満はない。
ノルンは支給された制服に袖を通し、身だしなみを整える。
男子の制服は、黒を基調にした重厚なデザインで、金の刺繡があしらわれた騎士を思わせる黒のマントが特徴的だった。
女子の制服は白いハイネックブラウスを基調としている。
白を基調としたロングスカートには、前面の一部を除いて紺色の装飾布が取り付けられている。
胴部分には黒と金のコルセット風ベルトが重ねられており、足元は黒革の編み上げブーツ。
マントの代わりにケープを羽織り、こちらにも金の刺繡があしらわれている。
支給品でこれとは、さすが貴族が通う王立学園と言わざるを得ない、とノルンは内心で感嘆していた。
そうして朝の支度を終えた後、いつも通り薬を飲み、教室へ向かった。
* * *
「王女殿下と一緒のクラスじゃなくて残念だな~」
やる気なさげにノルンに話しかけてくるのは、この一週間でさらに仲を深めたアレンである。
机にだらしなく体を預け、ぶつぶつと文句を言っている。
「同じクラスになっても殿下があんたなんかの相手をするわけないでしょう?」
それに茶々を入れるのはアレンの幼馴染のセリア。
うるせぇ、と気だるげに返事するアレンを無視してセリアはノルンに話しかけてくる。
「でも、あなたたちと同じクラスになれて、私個人としては安心してるの」
「僕も二人と同じクラスで嬉しいよ」
「うちのクラス、なかなかに素敵な思想をお持ちの貴族が多くて大変だからね。ほらアレン! しゃんとなさい!」
机に突っ伏したままのアレンにセリアの喝が飛ぶ。
それを見てノルンは苦笑しながらアレンに語りかける。
「午前の必修科目は無理だけど、午後の選択科目では殿下と同じクラスになれるかもよ?」
それを聞いたアレンは途端に元気になり、目を輝かせながらノルンに詰め寄ってくる。
「確かにそうだよな! ノルンは殿下がどの科目を選択するか知ってるか!?」
「さすがに知らないよ。セリィなら何か知ってるんじゃない?」
とアレンを再度セリアに押し付ける。
私が知るわけないでしょ、というセリアの声を聞きながら、ノルンは学園制度について改めて思い返していた。
学園では午前がクラス単位の必修科目、午後が個人単位の選択科目で分けられている。
必修科目では王国史や礼法学などの基礎教養を受ける必要がある。
それに加えて剣術や魔法に関する授業が行われるが、これらに関しては事前に力量を確認したうえでクラス分けがされる。
選択科目では生徒が自分の進路・才能・家柄に合わせて様々な授業を選ぶことができる。
入学式から今までの一週間はいわゆるオリエンテーション期間で、選択科目を決めるための猶予期間でもあった。
「それで、ノルンはもう選択科目を決めたのか?」
問いかけてくるアレンに対してノルンは答える。
「薬学と医術関連の授業は取るつもりだけど、他が決まらなくてね」
「だったら俺と同じの取ろうぜ。軍略系とか調査実習系はどうよ?」
アレンに軍略とか似合わないな、などと思いながらもノルンは二つ返事で了承した。
* * *
明けて翌日、魔法学のクラス分けのための測定が行われる日となった。
入学式が行われた講堂に新入生が再度集められる。
緊張と興奮からか、浮かれた空気が辺りに充満している。
俺、魔法には自信があるんだ、という声がそこらかしこから聞こえてきてノルンは微笑ましい気持ちになる。
壇上には水晶玉のようなものが置かれており、隣には測定の担当教官らしき人物が立っている。
その教官から測定に関する説明が行われる。
どうやら水晶玉のようなものに魔力を込めることで魔力量の測定が行われるらしい。
魔力を込めた時の水晶玉の輝きが赤、橙、黄、白、淡青、濃青の順に強いとされているようだ。
一般的には橙が平均値らしく、白以上に輝くことは稀とされる。
また、濃青より上は測定できず、測定限界色と言われている、というのが教官の説明である。
他人の魔力の奔流は、浴びるだけでノルンの体に障る。
なんだかなぁ、と内心で呟きながらノルンはいつもの薬を飲みこむ。
そうこうしているうちに、測定が開始されていった。
* * *
「次、アレン・ワーグナー!」
担当教官の声が響く。
緊張した面持ちでアレンが壇上に向かう。
アレンってワーグナーっていう姓だったんだ、と今更ながら知ったノルンは若干の申し訳なさを感じた。
「ぬおおおおおおお!!!」
アレンは水晶玉をつかみ、割れんばかりの勢いで力を込める。
しばらくすると水晶玉は白に近い淡い黄色に輝いた。
よし、という担当教官の声の後、ノルンとセリアのもとに戻ってきた。
「魔力測定にそこまで力を込める必要があるのか?」
「こういうのはノリと勢いが大事なんだよ」
ノルンの疑問に意味不明な回答をするアレン。
「でも驚いたよ。アレンって結構魔力あるんだな」
「まあな、でもセリィのを見たらもっと驚くと思うぞ」
ちょっとやめてよ、というセリアの声を遮るように教官から声が上がった。
「次、セリア・エルフィレム!」
セリアはゆっくりとした足取りで壇上に向かう。
そしてアレンとは異なり、壊れ物を扱うようにそっと水晶玉を両手で包み込む。
すると、水晶玉は白く──よく見ると、わずかに青みがかった光を放った。
講堂の生徒から驚きの声が上がる。
教官の声を待たずにセリアは恥ずかしそうにノルンとアレンのもとに戻ってきた。
「な? 凄かったろ?」
なぜか得意気にアレンが語りかけてくる。
「ああ、驚いた。凄いんだろうと思ってたけど、まさかここまでとは。凄いじゃん、セリィ」
そうノルンは率直な感想を述べた。
当のセリアは顔を赤らめたまま恥ずかしそうに下を向いていた。
「セリィの家はエルフの血が流れてるからな。王国でも代々魔法関係の要職についているんだ」
長い耳を揺らし、高度な魔法を操る神秘の種族、エルフ。
二百年前までは王国と対立関係であったが、当時の王が盟約を結び、王国の爵位を得たとされている。
族長はシルヴェイン自由伯と名乗ることが許され、王に対して不敬を問われず、自由に言葉を交わす権利を有している。
領土は王国の一部とされてはいるが、独立した国家とみなされているのが実情である。
過去の因縁から今なお閉鎖的な気質が根強く、王都でその姿を見かける機会は極めて稀である。
「──それのせいで家柄が古いだけの純血主義の貴族からはよく思われてないんだけど」
そう呟いたアレンの悲しそうな横顔がノルンの脳裏に焼きついて離れなかった。
その後も次々と魔力測定が行われたが、大体が橙色で、たまに黄色の生徒が出てくるくらいだった。
そうこうしているうちに、注目の人物の名前が呼ばれた。
「次、フェリシエル・オルテンシア!」
教官の張り上げた声が高い天井に反響した瞬間、講堂の空気がわずかに揺れた。
氷の妖精──フェリシエルが、ゆったりとした足取りで壇上に向かう。
特別なことは何もしていないのに、その一挙手一投足に衆人の視線は釘付けになる。
そして壇上に辿り着き、水晶玉に手をかざしたかと思うと──。
「え?」
水晶玉は瞬間的に濃青色を示した。
一瞬の静寂の後、悲鳴にも似たざわめきが講堂を支配した。
それはあたかも凍り付いた湖面が突然割れたかのような、はたまた水鳥が一斉に飛び立ったような様相だった。
そんな喧噪を背に、氷の妖精は来た時と同じ静かな足取りで自分の席へと戻っていく。
「やっぱ王女殿下は別格だな」
ぼそりと呟いたアレンの声には応えず、深海を閉じ込めたような濃青の水晶玉をじっと見つめることとなった。
講堂を満たす興奮も、いまだ収まる気配はなかった。
熱を帯びた空気が渦巻き、誰もが先ほどの光景を忘れられずにいる。
この後に測定する人は地獄だろ、というノルンの内心のぼやきをかき消すように教官から声が上がった。
「次、ノルン!」
うわぁ、というアレンの同情の声。
売られていく子牛を見るようなセリアの目。
教官に名前を呼ばれたノルンは力なく立ち上がる。
なんでこのタイミングで名前を呼ぶんだよ。
もっと周囲が落ち着いてからにしろよ。
空気読めないってよく言われない?
などと教官への意味のない呪詛を内心で呟きながら亀のような足取りで壇上に向かう。
壇上までは大した距離でもないのに、地平線が広がる砂漠を歩いているように感じられた。
もう前に進みたくない。けれど、このまま歩き続けていたい──そんな相反する気持ちが同時にノルンの中で渦巻く。
ようやく壇上に辿り着いたノルンは教官の顔を恨みがましくチラッと見て、水晶玉に向き直る。
そして意を決して水晶玉に手をかざす。
「ん?」
教官が不思議そうな声を漏らす。
それもそのはずだった。
水晶玉が一瞬、暗い赤色に輝いただけだったからだ。
おそらく遠くから見ている人には何も変化が起こらなかったように見えただろう。
「おい! 真剣に──やっているようだな」
教官は怠惰を咎めようとしたが、ノルンの顔を見て訂正の言葉を発した。
ノルンは全身に汗を浮かべ、苦しそうに呼吸を乱していたからだ。
「すまない、戻っていいぞ」
労わるような教官の声を背に、ノルンはとぼとぼと席に戻っていく。
平民にしては上等なんじゃない?という嘲笑混じりの声が聞こえたが、ノルンには気にする余裕がなかった。
ようやく席に戻ったノルン。
お疲れ、とアレンとセリアの声がかかる。
「アレンみたいに、ノリと勢いで何とかしようとしたけど無理だったよ」
「それは俺だけの特権なんだよ」
空元気を見透かしてか、ノルンの肩を叩きながらアレンは冗談めかして答える。
セリアは心配そうにハンカチを渡してくれる。
見ただけで高級品とわかるシルク製の一品だった。
そんな二人に対し、ありがたさと申し訳なさ、そして気恥ずかしさが入り混じった複雑な感情がノルンを支配した。
その後、特に大きな騒ぎが起きることはなく、無事全員分の測定が終了した。
各々の生徒が自分の教室に戻る中、ノルンたち三人も人の流れに沿って歩き出した。
測定会場だった講堂から離れるにつれ、胸のざわつきは少しずつ収まっていった。
廊下を行き交う生徒たちの表情もどこか緩んでいた。
三人もまた、他愛のない世間話に花を咲かせながら、賑やかな喧騒の中を進んでいく。
しかし、ノルンは最後まで気づかなかった。
アメジストの瞳がジッとノルンの背中を見つめていることを。
* * *
暗い寮の一室。
蠟燭の灯りを背景に、ゴリゴリと何かをすり潰すような音が聞こえる。
音の主は黒髪の少年──ノルンで、床に座り込み何かを一心不乱に動かしている。
どうやら薬研を使って木の根のような素材をすり潰しているようだった。
机の上には乾燥した薬草と乳鉢、瓶詰の蜂蜜や度数の強い蒸留酒が置かれている。
他のものに目を向けると、謎の鉱石やよく分からない生物の角や乾燥した臓器のようなものが雑然と並んでいた。
「早いとこ資格を取って、隠れて薬を作る生活にも別れを告げないとな」
ノルンは学園に内緒で調薬を行っていた。
資格を持たずに調薬することは違法ではあるが、ノルンには知ったことではなかった。
バレた時は──授業の予習をしていました──とか言って誤魔化そうと考えていた。
「そろそろ素材が心許なくなってきた。週末にでも冒険者登録して素材採集と金稼ぎしないと。それに情報収集も始めたい」
薬研で素材をすり潰しながら独りごちる。
ある程度の粉砕が完了したため、次の工程に移ろうとする。
が、突然ノルンは体をくの字に曲げて苦しみ出す。
苦しみながらも普段常用している手作りの痛み止めを懐から取り出し、急いで飲み込む。
しばらくして、発作が落ち着くのを感じる。
副作用により脱力感や思考力の低下こそあるものの、痛み止めはノルンにとって必要不可欠なアイテムだった。
ノルンには目的がある。
一つ目に呪いを取り除くこと。
二つ目に呪いにより損傷を受けたとある臓器の治療。
この目的を達成するために、ノルンは学園に入学したといっても過言ではない。
授業により薬に関する専門性を高めることはそうだが、学園には国内随一の図書館が存在する。
その図書館であれば治療の手掛かりが見つかるかもしれない。
さらに言えばこの図書館には禁書庫があるという噂だ。
この呪いに関する情報が隠されているかもしれない。
──そして三つ目。
ノルンにとって、これこそが最も重要な目的で、最初の二つの目的はこれを実現するための手段と言っていいだろう。
「あの事件の主謀者を見つけて、あの日の続きを必ず返してもらう」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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