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017話 突破口

 剣を掲げたヴァルトモルと、背後に控える復活した骸骨歩兵。


 再び戦闘前の状態に戻り、ノルンとルクレツィアは茫然自失となる。

 生草の焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。

 それは、道半ばで力尽き、朽ちていく二人の未来を連想させた。

 だが、ノルンは諦めてはいなかった。


「少なくとも敵の情報は手に入ってる。振出しに戻ったわけじゃない」


 たしかに、敵の復活は予想外。

 馬が霊体であることも魔法を無効化することも想定していなかった。

 だが、少なくとも骸骨歩兵は一時的に無力化できる。


「確認すべきことは山ほど残っている。諦めるのはまだ早い」


 ノルンは自分に言い聞かせるように話す。

 だが、その声に迷いはなかった。

 瞳の奥には、なお折れぬ意志の炎が宿っていた。


「ルクレツィア、君はなぜ冒険者になった?」


 その問いかけにルクレツィアは顔を上げる。

 答えを求めているわけではない。

 在りし日の想いを思い出させるためだ。


「俺には自身に課した責務がある。こんなところで死んでる場合じゃない」


 肩口に刺さった矢を一本、強引に抜き取る。

 ──自分を。

 体を蝕むくだらない呪いを消し去る。

 ──民を。

 いわれなき差別に苦しむ領民を救う。

 ──故郷を。

 忌まわしい霧に覆われた故郷を取り戻す。


「俺の魂の賭け先は、もう決まっている」


 そして、それらを引き起こした元凶を──。


「君にも死ねない理由があるんじゃないのか?」


 その姿を見つめるうちに、ルクレツィアの胸にもわずかな熱が灯る。

 消えかけていたはずの闘志が、再び熱を帯び始めていた。


「新人のくせに、生意気」


 大嫌いな男。

 大嫌いな冒険者。

 大嫌いな人間。

 ──そして、理不尽に立ち向かう頼もしい相棒。

 その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。


「策はあるの?」


 ヴァルトモルを睨みながらルクレツィアが問いかける。

 ノルンは小さく息を吐き、剣の柄を握り直した。


「ない。でも確認したいことがいくつかある」


「わかった。私は何すればいい?」


 ルクレツィアはノルンに指示を仰ぐ。

 ノルンはニヤリと笑いながらルクレツィアに語る。


「魔法を使い続けてほしい」



 * * *



「よし、検証開始!」


 そう言ってノルンはポーチから袋を取り出し、ヴァルトモルに投げつける。

 袋はヴァルトモルまでは届かず、その手前に落ちる。

 しかし地面に触れた瞬間、弾けるように大量の煙を噴き出し、一帯を白い煙幕で包み込んだ。

 森でルクレツィアが使った目くらましが効果的だったことを思い出したノルンは、同じ手を試したのだ。


 煙幕が広がると同時に、二人は後方へ走り出した。

 しばらくして、ヴァルトモルが煙幕を突き破る。

 その背後では歩兵たちが矢の雨を放っていた。

 二人とヴァルトモルの距離は開いていたが、矢にとってはないも同然だった。

 それを見たルクレツィアは風の防御壁を展開し、降り注ぐ矢をことごとく無力化した。


「魔法が無効化されない。有効距離がありそう」


「想定通り。次だ!」


 ノルンの声を聞いたルクレツィアは、続けざまに火球を放った。

 しかし、ヴァルトモルは盾を掲げ、それを無効化する。

 その様子を見たルクレツィアは、今度は火球と水の矢を同時に放つ。

 だが、その攻撃さえも、ヴァルトモルに無効化されてしまった。


「風魔法に限らず、有効範囲内の魔法をすべて無効化してる」


「これも想定通り。次!」


 ルクレツィアは土の壁を形成した。

 ヴァルトモルの目の前に巨大な壁が立ち塞がり、前方の視界を隠す。

 しかし、ヴァルトモルは騎馬の勢いそのままに、その壁を突き破る。

 壁の向こうでヴァルトモルが目にしたのは、左右に分かれて駆け出す二人の姿だった。


 ルクレツィアは風を纏い、凄まじい速度で駆けている。

 一方のノルンには魔法による支援がないため、ルクレツィアと比べれば明らかに動きが鈍い。

 ヴァルトモルはそんなノルンを標的に定め、猛然と追ってくる。


「そうだよな、そりゃ俺を狙うよな?」


 ノルンは反転し、ヴァルトモルを迎え撃った。

 騎馬の勢いをまとったヴァルトモルの剣が、鋭い軌跡を描いて迫る。

 ノルンは瞬時に左へ跳び、その斬撃を紙一重でかわした。

 すれ違いざまに身を返し、駆け抜けるヴァルトモルを追う。


(まずは騎馬の突進力を奪う!)


 振り向いた一瞬の隙を狙い、ノルンは地を蹴った。

 追いつくと同時に、馬上のヴァルトモルへ向けて剣を突き出す。

 だが、その一撃は左腕の盾に阻まれた。


 ヴァルトモルは間髪入れず、右手の剣で次々と攻撃を繰り出す。

 まともに打ち合えば力で押し負けることは、森での戦いで学んでいた。

 ノルンはヴァルトモルを中心に反時計回りに回り込みながら、回避と受け流しに徹する。

 剣戟の嵐を紙一重でかわし、その猛攻を耐えしのいだ。


 やがて、ヴァルトモルが大きく剣を振りかぶり、斬りつけてきた。

 その瞬間、ノルンはその一撃を剣筋に沿って斬り払う。

 相手の体勢がわずかに崩れたのを横目で確認すると、素早くヴァルトモルの左側へ回り込んだ。


 当然、盾による殴打が飛んでくる。

 しかし、その攻撃は虚しく空を切った。

 ノルンは馬の股下を滑るようにくぐり抜け、一気にヴァルトモルの背後へと回る。

 そして大きく跳躍すると、無防備な首めがけて剣閃を走らせた。


 ──ガキン!


 硬い音が草原に響き渡る。

 ヴァルトモルの首は断ち切ることができず、わずかに食い込むだけだった。

 それをせせら笑うかのように、ヴァルトモルは振り向きざまに斬撃を浴びせようとした。


「私のこと、忘れてない?」


 銀色の風が草原を駆け抜ける。

 草原を支配する風の正体はルクレツィアだった。

 魔法によって加速したルクレツィアが飛び蹴りを放つ。

 だが、その狙いはヴァルトモルではない。


 ヴァルトモルの首に当てられたままのノルンの剣。


 極限まで高まった運動エネルギーが剣に叩き込まれ、その衝撃がヴァルトモルの首へと伝わる。

 その一撃に耐えきれず、ヴァルトモルの首は断ち切られた。


 頭を失ったヴァルトモルは馬にもたれかかるように崩れ落ちる。

 握る力を失ったのか、剣と盾が鈍い音を立てて地面へ落下した。

 ノルンは急いで剣と盾を回収し、ヴァルトモルから距離を取る。


(……勝ったのか?)


 様子をうかがう。

 ヴァルトモルは、ぴくりとも動かない。

 ノルンとルクレツィアは顔を見合わせた。

 張り詰めていた緊張が、わずかにほどける。

 周囲を静寂が包んだ。


 ――その時だった。


 カタカタカタ、と骸骨歩兵たちが震え始める。

 不気味な音が草原に響く。

 それはまるで、二人の勝利をあざ笑うかのようだった。


 そして、骸骨歩兵たちは一斉に右手の剣を掲げる。

 これから何が始まるのか、と二人は身構える。

 だが、彼らは襲いかかってくるわけでも、動き出すわけでもなかった。

 ただ剣を天へ掲げたまま、カタカタと不気味に震え続ける。

 まるで何かの儀式でも行っているかのように。


 異変はすぐに起きた。

 まずは、ノルンが回収していたヴァルトモルの剣と盾だ。

 それらが砂のように崩れ落ちていく。


 嫌な予感が胸をよぎる。


 ヴァルトモルへ視線を向けると、砕け散っていたその身体が、まるで時計の針を巻き戻すかのように再生を始めていた。

 飛び散った骨片がひとりでに集まり、砕けた頭蓋が元の形を取り戻していく。

 その手元には砂が集まっていく。

 やがて、完全な姿となったヴァルトモルが、剣と盾を持った状態で馬上に現れた。


「なんとなく、そんな気はしていた、よ!」


 ノルンはポーチから煙幕を取り出し、ヴァルトモルに投げつける。

 同時に身を翻してルクレツィアへ指示を飛ばした。


「ルクレツィア! 反対側に風魔法! 草をなるべく細かく切り刻んで」


 それを聞いたルクレツィアは自分たちの背後に向かって風魔法を展開する。

 周囲の草が細かく刻まれ、無数の草片となって宙に舞い上がった。

 その間にノルンは水魔法で巨大な水球を形成し、舞い散る草片を内部へ取り込んでいく。


 二人は後方へ駆け出し、ヴァルトモルとの距離を取る。

 そして草を含んだ水を自分たちを覆うようにドーム状へ展開し、それを厚い氷壁へと変化させた。


「ノルン、魔法使えたんだね?」


 ルクレツィアは驚きと安堵の入り混じった声でそう言った。

 そして、その顔を見て思わず息をのむ。


「だ、大丈夫!?」


 ノルンの目は真っ赤に充血し、鼻血が頬を伝っていた。

 顔色は死人のように青白く、胸を押さえる姿はいかにも苦しげだった。

 今にも倒れてしまいそうなその様子に、ルクレツィアの胸は強く締め付けられる。


「大丈夫、時間が経てば落ち着くから」


 ノルンが魔法で作り出した壁は、繊維補強によって土壁や氷壁の数十倍の強度を持つ。

 そのため、時間自体は稼ぐことができる。

 だが、ルクレツィアは不安げな表情を浮かべたまま、ノルンを見つめている。

 ノルンは鼻血を乱暴に拭い、気持ちを切り替えるように口を開いた。


「突破口を見つけた」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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