Echo Trace「さようならのあと」
丘を下る。目の届く場所に、街や人工物の気配はない。
鼻歌を歌いながら、上機嫌で歩いていたラディスが「そういえば」と、突然神妙な面持ちで、後ろを振り返った。
彼は、追い付いたアレンと私をまじまじと見ると、顎に手をあてて、探偵さながらの様子で、何かを考えはじめていた。
「なにか面白いことでも思いついたのかい?」
「面白い、というわけじゃないですけど、あの部屋にあった絵――」
尋ねたアレンを、彼はじっと見つめると、首を捻った。
「見た時から思ってたんです。教会のあの部屋に飾ってあった、勇者と聖女。
アレンさんとリアナさんに似てませんか?」
アレンが「そうかい?」と、問い返す。私は、あの部屋に閉じ込められていた絵を思い出した。
勇者と聖女の絵がひとつずつ、魔法使い七人が揃って描かれたものが、ひとつ。
「二人を三十も若くしたら、あんな感じなのかなって」
ラディスが数歩前に出て、私たちを交互に見た。彼は頷くと「やっぱり似てますよ」と食い下がった。
するとなぜか、アレンも同じように、こちらを数秒じっと見つめてくると、ふっと破顔して、首を振る。
「全然似てないね。三十若い時のリアナは、あの絵よりずっと美人だった」
恥ずかしげもなく、当然のように彼はそう言った。
アレンが満足げに幾度も頷く前で、ラディスが不満の声をあげる。
彼は、「もっと言うと、僕もあれより断然男前だったからね」と、さらに続けて胸を張ってみせた。
「本当ですか? ほんとうのほんとうに?」
ラディスが怪訝そうな表情で、アレンに詰め寄った。私は彼が一瞬、あの企み深い笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
彼は「本当さ!」と、一声を機に、高らかに語り始めた。
「若かりし頃の僕は、女性たちが放っておいてくれないほど美男だった。そのせいでどれだけ困ったことか……
僕の心を奪おうと女性たちが争う姿は、とても激しく美しかった。それでも彼女たちが傷つく姿は、悲しくて辛くて仕方がない。見るに堪えないものでもあったんだ。
ラディスがあと三十、いや二十早く生まれていれば――」
「わかりました! もういいです、もういいですから!」
身を引いたラディスが、引きつった顔で手を押し出す。彼はじとり、とアレンを見据えたあと、あからさまなため息と吐き出した。
「アレンおじさんのその自信家で自意識過剰なところ、聞いてるこっちが恥ずかしいからやめてください」
さらにため息を吐きだして、彼は荷物を背負いなおす。
そのとき、足が止まった。彼は違和感を覚えたように、今一度荷物を背負いあげると、そっと眉をよせた。
「この二日で、思ったより軽くなっちゃいましたね」
私は自分の持つ袋と、二人の背負う袋を見た。レーモンドを加えた四人の食卓は、いつもより豪華だった。減っていて当然だ。
「ああ、本当だ」
「次の街まで持つでしょうか?」
同じように荷物を持ち上げ呟いたアレンに、私は前の景色を眺める。丘に保存食なんてものは落ちていないだろう。
温かくなってきた風が、前から体を吹き抜けていく。妙に穏やかな沈黙の中で、前に立ったアレンが勢いよく身を翻して、笑った。
「なんとでもなるさ!」
彼は大仰に両手を広げてみせた。
「なんたって僕たちには、勇者ラディスがついてるからね!
鳥の一、二羽。魚の五、六匹は朝飯前。たまには鹿や猪だってご馳走してくれるに決まってる」
高らかに続けたアレンがラディスの肩を組む。すでに呆れと嫌悪で激しく顔を顰めていたラディスは、頭を一度伏せて、その腕から逃れた。
彼は颯爽と前へ駆け始める。
「僕に出来るわけないじゃないですか!」
振り返って、舌を出して叫んだラディス。
「勇者の道のりには必要なものさ。ね? リアナ」
「そうですね。頼りにしてますよ、ラディス」
同意を求めてきたアレンに、私は笑いながら答える。
味方をなくしたラディスの、悲壮感を演じた文句交じりの叫びが、先の見えない丘に響く。
私は雲一つない空を仰いだ。そこに鳥の気配はない。
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