51.大魔法士の弟子(三)
本日第1章最終話の3本目の投稿です。
『マヤの理想郷のつくり方』を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
暫くの間、次章の執筆を含め、更新をお休みさせていただきます。
その間、新作の執筆も準備中のため、気長に待っていただけるとありがたいです。
驚いたチスイは目を丸くしてマヤを見ている。
――これなら、チスイさんのそばにいることができるし、私たちにも心強い仲間ができるじゃないっ! そうよっ。
「チスイさん、尊敬する師匠を超える偉業、私たちと一緒にやりませんか?」
「はっ?」
チスイはマヤの考えに理解が追いついていないのだろう。口を大きくぽかんと開けている。
マヤはそんなチスイを気にも留めず、自分の考えを披露した。
「私たちはマグスと人間の長年の諍いを無くすために旅をしています。それはこれまでどんなに偉大な大魔法士様でも変えることのできなかった事実です。
もしも、チスイさんが私たちの仲間になってこの世界を変えることができたら――それは、チスイさんが師匠さんを超える偉業を残すことになるんではないでしょうか?」
「――だが、俺は見習いで、あいつから言われた任務をこなさなければならない」
「それなら、問題ありません。私たちは各地を旅しています。チスイさんは今のまま大魔法士様の代理として任務をこなすことができるんです。だって、どんなに遠くにいても簡単に転移魔法で移動しちゃうんですからっ」
「――――」
――チスイさんの心は今揺れ動いている。後もう一押しかな。
「チスイさん、大魔法士様はとても立派な方だったと思います。私は歴代の師匠さんが遺された資料を読ませていただきました。その資料の中にこんな言葉が書かれていました。
『私は自分の過去のせいで弟子を深い森の中に閉じ込めてしまった。本当はもっと広い世界を教えてやるべきだった。ただそれだけが我が生涯の心残りだ。
天に召されるまで残り僅かというのに、それでも己の口からそう言ってやれない私を許してほしい。どうか、これを読んでいるあなたにお願いしたい。
この先、弟子が迷っている時、森の外へ出て広い世界を己の目で見よ、と伝えてやってほしい』って」
――細かいところは覚えていないが、確か、こんなニュアンスの言葉が書かれていたはず……。嘘はついてないから、天国にいる師匠さん、伝え方が間違っていても怒らないでくださいねっ!!
チスイは顎に手を当てて、何やら思案しているようだ。
――私ができるのはここまでかな。これ以上、チスイさんを説得できそうな言葉は思い浮かばないし。後はチスイさんがどう感じるか、どう結論を出すのか待つことにしよう。
マヤはチスイをじっと見つめていると、チスイと視線が重なった。
「少し1人で考えたい」
チスイはそう言い、マヤもそれを了承した。
その後、チスイから何の返答もない。ただ、いつものように2人で粛々と任務をこなし、大魔法士の森に戻るという日々を過ごしていた。
その夜、マヤは自分に割り当てられた部屋で1人、チスイに話したことを考えていた。
――そういえば、チスイさんにあぁ言ったはいいものの、私、誰にも相談してなかった……。リビトやジオ様はチスイさんのことどう思ってるんだろう? テリスやサーティスさんはきっと反対はしないと思うけど。
そもそもチスイさんがその気になったとして、大魔法士様が許してくれなかったら……。あぁ~、もう考え出したら悪いことばかり浮かんできちゃうっ! もう考えるのは止めにしよう。今日はもう寝ちゃおっと。また明日考えればいっか。
今日は大魔法士様から言われた約束の日だ――。
リビトやジオ様たちは大魔法士様の教えがあってか随分、魔法が上達したと喜んでいた。サーティスさんは大魔法士様と料理で意気投合し、日々料理の腕を磨いていた。テリスには少しだけ魔力があるらしく、大魔法士様の指導で簡単な魔法を使えるようになったとか。
皆が自己研鑽に励んでいる中、自分だけが成長していないと感じ、気後れしていたのだが。いつからだろうか、無いものは無いのだから仕方ない、有るものをしっかり見ようと考えられるようになっていた。マヤは自分が成長していないと感じていたが、心の成長は目覚ましいものだった。
いつものようにチスイとの任務を終え、マヤは大魔法士のいる森へ戻ってきた。小屋の中へ入ると、皆が円卓の席に着いており、2人の帰りを待っていた。
「皆、どうしたの? それにとっても美味しそうな料理がたっくさん!」
「マヤ、お疲れ様。皆で2人の帰りを待っていたんだよ」
「ん?」
「お前たちと約束した日も今日が最後だからな。皆で楽しく過ごすのも今夜が最後ということだ。僕もサーティスも腕を振るって料理を作った、しっかり味わってくれたまえ」
マヤはここで暮らすのも今夜が最後だと実感すると、妙に胸の内がザワザワとした。
――そっか、そうだよね。私たちは前に進まないといけないんだった。ずっとここで皆と仲良く過ごせる訳じゃないのに、そんなこともすっかり忘れていた……。
「マヤ、僕との約束を守ってくれてありがとう」
「大魔法士様?」
「何だ? 僕だって感謝の気持ちくらい伝えられるぞっ」
「わ、分かってますっ」
「マヤお姉ちゃん、顔が真っ赤になってるぅ」
「マヤは照れているんだよね」
「お前は顔に出やすいからなっ」
「マヤ殿、さすがに僕でも分かります」
「マヤ様ったら、うふふふ」
皆がマヤに思うところを口にしていた。
その時、チスイが小屋を出て行こうとした。咄嗟にマヤはチスイの名を呼んでいた。
「チスイさんっ!」
チスイがマヤの呼ぶ声に振り向いた。
「チスイさんも一緒に食べましょう! ねっ!」
「そうだぞ、チスイ。今夜はお前たちとの最後の晩餐なのだからな」
皆がチスイに視線を向けた。チスイは大魔法士に視線を向けている。だが、それはこれまでのような冷たく鋭い視線ではなかった。相変わらずマヤにはチスイの感情は読めなかったが、僅かに笑みを浮かべていたように見えた。
その晩は大魔法士がお酒の入った瓶を2つ持ってきた。
「今夜はお前たちの旅立ちを祝おう! 僕の自慢の酒だ、たっぷり味わうがいい」
――大魔法士様、最後の言葉は使うシチュエーションが違う気がするのですが……。まぁ、皆楽しそうだ。心なしか、チスイさんも楽しそうに見える。どうしてだろう、ちっとも笑っていないのにね。
翌朝、マヤは珍しく日が昇る前に目が覚めた。顔を洗おうと自室を出ると、円卓のある部屋から話し声が聞こえてきた。
「……ナコス、俺はここを出て行く。俺は俺の道を見つけた」
「あぁ、そうか。僕はきっとこうなると思ってたよ」
「いいのか?」
「当たり前だろう、そもそも僕は本気で自分の弟子にしようとは思っていなかったさ。君が師匠と思っていたのは僕らの師匠だけだったろ?」
「――今まで悪かった。お前は何も悪くないのに……俺は」
「君も分かっているだろう? 僕は何も感じないって。君がどんな態度を取ろうと、何とも思わないんだ。だから、君が謝ることなどないんだよ」
「……コスっ! ありがとう」
「ふっ――そうと決まればお祝いでもしないとなっ! 君の新しい門出だからな」
「それは些か、大げさだろう」
「そんなことはないさ、君はようやく己の歩む道を見つけたのだからな。僕にとってもこれ以上うれしいことはないさ」
「ったく、そう言ってお前がただ、酒を呑みたいだけなんだろうが」
「あははは、これは参った、1本取られたな。まさか、チスイにそんなことを言われる日が来るとは思わなかったなっ――もう少し早くこうして過ごせたら良かったのだがな」
「別に永遠の別れじゃないんだ、いつだって会えるだろう」
「あぁ、そうだったね。もちろんだ、たまには僕の顔も見に来てくれよ?」
「お前のことだ、俺が来なくても、ひょっこり顔を出すつもりだろう?」
「あぁ、バレていたか。君には敵わないよっ」
「天才が何を言ってる、ボケがっ」
「その軽口を聞けなくなると思うと、少し寂しい気もするなぁ」
「…………」
マヤは足音を立てずに、自室へ戻っていった。
大魔法士は誰もいないドアを静かに見つめるとすぐに視線を逸らし、誰にも気付かれずに口角を上げた。
「皆、僕のことを忘れないでくれよっ。たまには会いに来てくれるとうれしい」
「はぁ~い!」
「もちろんです。大魔法士様にはお世話になりましたから、必ず皆でまた会いに来ますねっ」
テリスとマヤは明るい声で大魔法士に返答した。
その時、小屋の裏からチスイが歩いてきて、大魔法士の隣に立った。皆の視線がチスイへ向けられた時、チスイが口を開いた。
「俺を皆の旅の仲間に加えてほしい、頼むっ!」
「チスイさんっ、ようやく決意してくれたんですねっ! チスイさんなら大歓迎です」
マヤは開口一番、チスイが旅の仲間に加わる決断をしたことを喜んだ。
その様子を見ていた大魔法士が皆に話しかけた。
「僕からもチスイのことを頼みたい。この通りだ」
大魔法士は皆の前で体を2つに折るように、深く頭を下げた。
「大魔法士様っ、頭を上げてください! 分かりましたからっ」
すると、黙っていたリビトがマヤに声をかけた。
「マヤ、一体どういうことだ? お前、まさかっ、チスイ殿を旅に誘ったのか?」
「えっと、その、う、うん。チスイさんがいてくれたら、心強いだろうなって思って……えへへ」
「えへへ、じゃないだろうがっ、全く勝手に何でも決めやがってっ」
「まぁ、いいじゃないか、兄上。チスイ殿は私たちよりも遥かに高い魔力を持っているし、聞くところによると大魔法士様の代理もなさっているとか――きっと私たちの目的のために協力してくれるはずだ」
「そんなことは分かってる。ただ――」
「あぁ~、兄上は素直じゃないからね。マヤから事前に相談がなくて拗ねてるんだろ?」
「す、拗ねてなんかないっ。俺は別に……」
「マヤ、チスイ殿。私はチスイ殿が仲間になってくれることを心から歓迎する。私もマヤとチスイ殿が一緒に任務へ出ると聞いた時は正直、心配したけれど、2人は案外いい相棒になれるかもしれないし、ね」
「相棒――?」
チスイはジオの言葉を不思議そうに聞いている。ジオは「深い意味はないよ。大丈夫だからっ」と言い、それ以上は何も言わなかった。
マヤはリビトに視線を向けると、リビトもマヤを見ていた。そして、柔らかな微笑みを浮かべている。
「お前が決めたことなら、俺は従う。それに、お前の言う通り、チスイ殿がいてくれたら心強い。俺からも旅への同行を願いたい」
テリスもフィデリスもサーティスも納得しているようだ。皆にっこり笑顔でマヤを見ていた。
「リビト殿――」
チスイはリビトから同行を願われて、その口元が僅かに綻んだ。
「チスイさんが笑った」
マヤはチスイが笑ったことにうれしくなったのか、無意識に大魔法士へ視線を向けて笑って見せた。
大魔法士は何も言わなかったが、その柔らかな笑みだけでマヤは大魔法士も喜んでいると分かった。
こうしてマヤたちは新たに強力な助っ人を旅の仲間に迎え入れたのだった。
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時を同じくして、首都クレアシオンでは怪しげな動きをする者たちがいた。
「レイドぉ~、せっかくバカンスを楽しんでいたとこなのにさぁ。急に呼び出すなんて酷くないかぁ」
「仕方ないだろ。あいつは俺たちのことを捨て駒の1つとしか見ていないからな」
「あぁ~、本当に参っちゃうよねぇ。まぁ、ここのところずっと姿を消していた彼らがようやく動き出したんだ。僕だってずっと楽しみにしていたからね。次はどうやって彼らの顔を歪めてやろうかなぁ。うふふふ、楽しくなってきちゃった」
「俺はお前の敵でなくて、心底ホッとしているよ」
「えぇ~、レイドがもしも僕の敵だったら、それはそれで面白い展開になっていたかもしれないよ?」
「冗談は止めろっ。誰がお前となんか――それに俺はお前とこうしているのが嫌いじゃない」
「レイドは僕のことが大好きだからねっ」
「な、別に――」
「否定しないもんねぇ~」
「あぁ、うるさい。ボスの気が変わる前にさっさと行くぞっ」
「はぁ~い」
漆黒のフード付きマントを深く被る2人の男は闇夜に姿を消した――。
第1章 完結




