42.首都クレアシオン(前・二)
こちらは本日2本目です。
テリスが店主に礼を言ってから店を出ると、マヤが慌てた顔でテリスの元へ駆けて来た。
「テリスっ! どこに行ってたの? 急にいなくなったら心配するじゃない」
「あわぁ……」
マヤはそう言うとテリスをギュッと抱きしめた。
「マヤお姉ちゃん――」
マヤはテリスから離れると、テリスの顔の高さへ合わせるように上半身を屈めた。
「テリス、もう勝手に1人でどこかへ行かないでねっ。どこかへ行く時はいつも一緒なんだからね!」
「うん、分かった。マヤお姉ちゃん、心配かけてごめんなさい……」
「ううん、いいのよ。テリスが無事でいてくれるなら」
「テリス、やさしいお姉ちゃんじゃないかっ」
マヤはテリスの隣に見知らぬ中年女性がいることに今気付いたのだった。
「あ、あの、テリスが何かご迷惑を?」
「いや、違うよ。テリスはお前さんたちの宿を探していたのさっ」
「宿を?」
「あぁ、私の露店でお揃いの髪飾りを買ってくれてね。話の流れで、テリスが宿を探していると聞いたもんだからね。そこの店主の娘夫婦が宿をやってると思い出してね、それで今話がまとまったところなのさ」
「テリスが宿を予約してくれたの?」
「うんっ! そうだよ、テレサおばさんが協力してくれたの」
「そうだったの。テリス、ありがとう」
マヤはテリスに礼を言うと、隣の中年女性の前に立ち、改めてお礼を言った。
「宿探しに協力してくださってありがとうございます。私たち、首都へ来たばかりでどうやって宿を探せばいいのか悩んでいたところなんです。本当に助かりました」
「いや、お嬢さん、顔を上げとくれっ。私は可愛らしい客に宿を紹介しただけさっ。私の知り合いの娘夫婦が経営してる宿だから、きっと安心して泊まれるはずさっ。もしも何か問題があれば、すぐ私に言うんだよっ! あの店主にガツンと文句を言ってやるからさっ」
「あ、あははは……何から何までありがとうございます」
「あぁ、私の紹介で客が困るなんざ、私の名が廃るってもんだからねっ! 遠慮なんかいらないからねっ」
「はい、その時はお言葉に甘えさせていただきますね」
マヤとテリスは改めて中年女性にお礼を言って、リビトと合流した。
「随分、世話好きな人間がいたもんだな」
「うん、とても親切な人だったよ」
リビトはマヤたちの会話を少し離れた場所で見ていたらしい。それもあって、宿を予約するまでの説明を省くことができた。リビトがテリスを叱る前に、宿へ移動しようとマヤがリビトに移動を促したのだが――。
「テリス、俺たちの役に立ちたいという気持ちは分かるが、急な別行動は褒められたものではない。俺たちにはそれぞれ役割というものがある。指示されていないことは勝手にするな」
「――リビトお兄ちゃん、ごめんなさい」
テリスはしおらしい表情でリビトに謝罪した。
リビトのことは「リビトお兄ちゃん」と呼ぶようになっていた。テリスがマヤたちの仲間に加わった翌日、テリスはリビトに「お兄ちゃん」と呼んでもいいか? と本人に直接尋ねたのだ。
マヤは、リビトがスリをしたテリスのことをまだ信用していないと思っていたから、きっと断るだろうと考えていた。
だが、実際は「勝手にしろ」と言うだけで、否定も肯定もしなかったのだ。否定をしないということは、つまりテリスがリビトのことを「お兄ちゃん」と呼んでもいいと了承したことを意味する。
リビトはテリスから「リビトお兄ちゃん」と呼ばれると、ピクッと肩が一瞬だけ動いていた。毎日のようにテリスからそう呼ばれるため、今では呼ばれるのに慣れて何も反応を見せなくなったのだが。
「――分かればいい。それにしても、お前みたいな子どもに宿を紹介してくれるとはな」
「そんなの簡単だよっ」
「簡単だと?」
リビトはテリスの言葉を聞いて、眉間に皺を寄せた。とはいえ、テリスを諭すような言葉を言うつもりはなかった。
「そうよっ。最初に宿を探してくれそうなやさしい人を見つけて、まずはその人の喜ぶことをするの。今回はテレサおばさんは露店で髪飾りを売っていたから、それを2つ買ったわ。
髪飾りを買うことでテレサおばさんの警戒心を緩めた上に、支払い能力があるということを証明したわ。そこでようやく交渉を始める土台を作ったのよ」
「…………」
「テレサおばさんは私が思った通り、私の要望に応えてくれた、ということよ。ねぇ、あたし凄いでしょっ?」
「――あぁ、そうだな」
「だから言ったでしょ? あたしは交渉が得意だってさっ」
「あぁ、降参だっ。お前の能力を疑って悪かったよ」
リビトは大袈裟に両手を上げて、降参のポーズを取っている。テリスはリビトのその様子に満足したのか、満面の笑顔を見せていた。マヤはリビトの穏やかな表情から、テリスがリビトの信頼を勝ち取っているように感じた。
「だが、安心するのはまだ早い。問題は宿代と宿の中身だな。テリス、地図をもらったんだろ?」
「うん、ここにあるよ」
テリスがリビトに宿の名前と地図が書かれた紙を手渡した。
「一先ず行ってみるか」
マヤたちはテリスが予約したという宿へ移動することになった。
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一方、ジオたちはマヤたちと別れてから、すぐに冒険者ギルドの会長に関する情報収集を開始していた。
「ジオ様、1人で情報収集に行くことをお許しくださいませ」
「あぁ、サーティスは自分の身を自分で守れるからな。それでも気を付けていくのだぞ? それからお前の方が先に兄上と合流するのが早い場合は、先に兄上に報告をするんだ」
「はい、承知いたしました。では日没前にリビト殿がおっしゃられていた場所で後ほど――」
サーティスは主の了承を得ると、すぐにその場を去った。
「ジオ様、まるで私は自分の身を自分で守れない、とでも言われているように聞こえたのですが?」
「そんなことはないだろう? お前は少々考え過ぎだ」
ジオは従者の言葉を否定してはいるが、その顔はニヤリと口元が緩んでいる。
「ほら、その顔ですよ! 我が主は本当に性格がお宜しい――」
「しっ」
従者が自分に向けられた皮肉を皮肉で返した時、主が口元で人差し指を立てて沈黙した。
「おい、知ってるか? 港町で何でも絶世の美女の奴隷が逃げたって噂を聞いたんだが――うわぁ」
「しっ!」
「ぐわぁ……何するんだよっ」
「こんな人が多い場所で何を話しだすかと思えば。誰かに話を聞かれたら俺たちどうなるか分からんだろうがっ」
「あぁ、すまねぇ。ほら、誰もこっちを見てないから聞こえてなかったさっ」
「ちょっと場所を変えて話すか」
「あぁ、いいが」
ジオとフィデリスはアイコンタクトをし、噂話をする男たちの後を追って食堂に入った。
「注文は?」
ジオたちが席に着くと、若い男店員が注文を聞きに来た。
フィデリスが「酒を2杯頼む」と言うと、店員は「酒は夕方からじゃなきゃ出せない決まりだ」という。ジオたちは食事をとらないため、酒でやり過ごそうとした。
だが、首都では酒の提供は夕方以降から夜明け前までという法律が決まっている。フィデリスが困惑した表情をしていると、ジオが懐から巾着を出し、その中から1枚の金貨を取り出した。
ジオは小さく笑み、金貨を店員の目の前に差し出してから口を開いた。
「私たちの席は夕方だろう?」
店員は金貨をそっと手に取ると、「は、はいっ! すぐにお持ちしますっ!」と言い、猛スピードで走り去っていき、すぐに戻ってきた。
「あの、これがバレるとさすがに俺はクビになるので、お茶を飲んでる振りをしてくださいね」
「あぁ、分かったよ。君に迷惑はかけないよ」
店員はホッとした顔をして、意気揚々と持ち場へと戻って行った。
ジオたちは2つ先の座席に座った2人組の男たちの会話に聴力を集中させた。
「――それでさっきの話だが」
「ちょっと待て、実は俺も話があるんだ」
「話? 俺に?」
「あぁ、お前の噂話なんか霞んじまうくらいにな」
「はぁ? どんな話だよ?」
「俺、とんでもない奴に会ったんだよ」
「とんでもない奴?」
「あぁ、3日前だったかな? いつものように、仕事帰りに酒場で1杯だけ呑んでから帰ろうと思ったんだが、突然女みたいな顔の若い男が俺の隣に座ってきて、話しかけてきたんだ」
「女みたいな顔の若い男?」
「あぁ、ちょっと耳貸せっ」
話をする男は聞き手の男に声をひそめて耳打ちした。
「はぁ? か、カラ――もごぉもごぉ」
「馬鹿やろう、口に出すなっ!」
話し手の男が大声を出そうとした聞き手の男の口を自分の手で塞いでいた。聞き役の男が静かになったところで、話し手の男は手を口から放した。
「おい、それって、あの組織のことか?」
「あぁ、そうだ。と言っても、あの男はとっくに足を洗ったと言っていたが」
「足を洗った? それってどういうことだよ」
「奴らの組織は体のどこかにカラスの入れ墨がしてあるだろ? そいつは組織を抜ける時に足の部分を消されたんだと」
「でもよぉ、俺たちみたいな庶民にそんな大層な組織にいた奴が話しかけて来るなんておかしくねぇか?」
「そりゃぁ、俺だって偽物だろって最初は思ったさ。でもこの目で見たんだよ。足のないカラスの入れ墨をな」
「ほ、本当なのかっ? それでお前は何を聞いたんだ?」
「耳貸せ、何を聞いても大声出すなよ?」
「お、おぅ」
ジオとフィデリスは男たちよりも一足先に店を出た。
「驚きましたね、リビト殿の言う通りでしたね。酒場が情報の宝庫とは」
「あぁ、まさか、こんなところで、こんなに早く奴らの話を聞けるとはね――」
「――ジオ様、どうも臭いますね」
「恐らく、あの元カラスという若い男――私を捕まえた連中の仲間だろうね」
「えぇ、ジオ様から聞いた話を元に考えれば、その可能性は高いですね」
「――マヤが私を逃がしてくれた後、私は魔力の高い人間を空から観察していた。入れ墨があるかどうかまでは分からなかったが、カラスは魔力の高い人間が集まる秘密組織だと聞く。あれほどの魔力の高い者が同じ場所に2人も揃っていた。恐らく、奴らはカラスの一員に違いない」
「我が主を捕まえた罪、必ずや報いを受けさせるっ」
フィデリスは主の命とはいえ、ジオを1人にしたことをずっと悔やんでいた。そのせいで主を奴隷商人から守ることができず、易々と囚われの身にしてしまったのだ。
「そう早まるな。1対1であれば私でも何とかなるが、何人も同時に相手をするとなると、私とお前、兄上が揃っても難しい戦いになるだろう」
「くっ!」
「旅を続けていればいずれ会うことになるはずだ。それに、お前の言う通り私たちにこの話を聞かせるために奴らが動いている可能性もある。急ぎ兄上たちと合流し、今後の相談をしておこう」
「はい」




