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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
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28.鍛錬と古傷

 リビトとマヤが妖精の森に来てから1カ月ほどが経った。


 最近のリビトの日課は早朝から剣の素振りをし、森の中の魔素を感じとる自主訓練。午後は長老から魔力の浪費を防いで効率的に使うための実践講義が昼食の時間まで続く。その後休憩を挟み、午後のお茶の後は魔力による攻撃と防御の対人訓練を妖精王から指南を受ける。


 リビト個人の自由時間は昼食から午後のお茶までの数時間だが、その間も筋力や体力をつけるためのトレーニングを行っていた。


 長老や妖精王からもあまり根詰めすぎるな、と言われているが、マヤと旅に出てから己の能力の低さや余裕のなさに焦りを感じていた。


 このままではマヤのことを守れない、守るどころか危険な目に遭わせるかもしれない、そんな不安に(さいな)まれていた。

 不安を払拭するには1日を無駄に過ごさないようにと、少々詰め込み過ぎとは感じるが、睡眠と食事以外の時間を鍛錬に使っているのだ。


 ただ気になるのはマヤのことだ。マヤとは夕食の時にしか顔を会わせる時間がない。


 己が強くなるため妖精王に師事したのだから、他のことにうつつを抜かしている場合ではない。(わず)かな時間も惜しいところだ。


 だが、前回温室でマヤと2人で過ごしてから随分日が経っている。夕食の時間ですら、マヤはセリンプスやジオウと楽しそうに会話をしていて、随分仲良くなったようだ。


 (しゃく)に障るのはジオウのマヤへの態度だ。奴はマヤとの距離が妙に近すぎる。

 俺が知らない間に「マヤ」と呼び捨てにするようになった。セリンプスから聞いたのだが、奴がマヤにこの世界の歴史や文化を教えているという。


 奴は気に入らない、昔からそうだった――。


 王の父に高貴な生まれの母を持ち、兄と慕う妹もいる。自分よりも年下だが魔力も生まれつき高く、いずれ王となる男。何もかも恵まれている。


 それに比べて自分はどうだ。マグスと人間の間に生まれた。マグスとも言い切れず、人間の中に溶け込むこともできない中途半端な半魔人だ。

 人間たちの町で生まれ、幼い頃自分も母も人間だと思っていた。自分がマグスと人間の両親の間に生まれた半魔人だと知ったのは母と2人、人間たちの町を追い出された日だった。


 行く当てもなく、母と北を目指し続け、はじまりの森へ辿り着いた。リビトがマグスに出会ったのはこれが初めてだった。

 マグスの王がいるという神聖な森だと母から聞いた。森には奇妙な容姿の者が多く、見慣れるまでに随分時間がかかったものだ。


 リビトの母は獣の姿をしたベスティア()族で、本来の姿は(うさぎ)の長い耳や短く丸い尾、少々突き出た切歯(せっし)が特徴的だった。


 リビトは母の本当の姿を知って驚いたが、まだ幼かったこともあり、母の姿を怖がることはなかった。むしろ母と同じ姿だったら良かったのに、と考えていたほどだ。


 はじまりの森に流れ着いて1年が過ぎた頃、前触れもなく母親が亡くなった。

 まだ幼かったリビトにとって母の死を経験するには早すぎた。それから母のいない家にひきこもるようになった。


 リビトの養父母を買って出てくれたのは、スノボマーモー夫妻だった。

 ボスはリビトを無理やり自宅から引き離すことはなく、好きなだけ自分の家にいるといい、と言った。

 それでも毎日朝晩1回は様子を見に来てくれていた。リビアは手作りの料理を毎食用意してくれた。


 数カ月が経った頃、ようやく母の死と向き合えるようになり、ボスの家で新しい生活を始める決心がついた。


 ボスから気晴らしに森の外へ行こうと誘われた。最初は森の外へ出ることが恐ろしく、断り続けていた。

 だが、ある日、(ちょう)に誘われるように森の出口そばまで出てしまった。幸い人間に見つかることはなかったが、その時見た遠景が美しく、気付くと心を奪われていた。


 帰宅後もその景色が忘れられず、ボスに森の外へ連れ出して欲しいと願い出ることにした。


 ボスに連れられて来たのが、この妖精の森だ。妖精王の息子の年齢がリビトと近かったこともあり、リビトの友達になれるのではないかと思ってのことらしい。


 大人たちの思惑通り、リビトとジオウはすぐに親しくなった。互いに勉学に励み、一緒に鍛錬もしてきた。

 セリンプスが生まれてからは(もっぱ)ら、子守り兼護衛役として朝から晩まで2人でセリンプスに張り付いて離れなかった。


 セリンプスが歩けるようになってからは、森の中で木の実や花を取りに行ったり、(つた)をぐるぐると巻いて丸くしたものを乾燥させて作った玉を投げたり転がしたりして遊んでいた。


 リビトとジオウに物心がついてからは互いに良きライバルとして日々鍛錬していた。魔力を自在に操れるようになると、妖精王からジオウと2人で森の外に出ることを許された。と言っても、妖精の森から他の森への伝達役を仰せつかったにすぎないのだが。


 何度かの任務を終えて魔馬に乗って妖精の森への帰路につこうとした時、ジオウが突然「人間の町に行きたい」と言い出したことがあった。


 リビトは人間の(みにく)さを知っていたため、行かないと言い張った。


 だが、ジオウは人間に会ったことがなく、強い興味を持っていた。リビトの制止を振り切り、魔馬に飛び乗って人間の町へ走って行ってしまった。


 リビトは人間の町に二度と足を踏み入れたくないと思っていたが、人間の醜さや恐ろしさを知らないジオウをみすみす1人で行かせたくないと思い直し、ジオウの後を追った。


 案の定、魔馬に乗って町の検問所へ着いたところで、門番の問いに答えられず、人間に化けた魔物だと言われ、追いかけられるはめになった。


 それもそのはず、魔馬は気性が荒く人間で乗りこなすのは魔力の高い上位貴族や王族のみである。

 ジオウは容姿こそ王族並み、いや、それ以上の美しさを誇るが、振る舞いからして貴族には見えない。バレるのは時間の問題だった。

 すぐに魔物認定されて、慌てて引き返してきたところでリビトと合流することになった。


 リビトはジオウを追いかける人間の姿を見て、吐き気がした。今の自分の魔力であれば、数人の人間など相手にはならない、と考えた。

 リビトの強い殺気を感じ取ったのか、ジオウが「ボスとの約束を(たが)えるな!」と叫んだことでリビトは我に返った。


 人間たちはすぐそこまで迫っていた。鎧を着た人間の1人が弓を引いた。勢いよく放たれた矢は、より近く狙いやすいリビトに放たれた。リビトは寸でのところで防御魔法を使い、難を逃れることができた。


 リビトとジオウは魔馬を全速力で走らせた。次第に人間たちの姿が見えなくなっていく。

 ホッとした束の間、リビトのやや前方を走るジオウの前に人間の魔導士が罠として張った青白く光る魔法陣が見えた。ジオウは気付いていないようだった。


 ジオウに魔法陣の存在を知らせるより前に、罠にかかってしまう。この間一瞬の出来事だった。

 リビトが乗る魔馬をジオウの魔馬に体当たりさせて、ジオウを魔法陣から遠ざけた。リビトは片手を魔法陣に向けて攻撃魔法を放った。


 何とか罠の魔法陣を破壊することができたが、体のバランスが崩れ全速力で走る魔馬から落馬してしまった。


 魔馬は普通の馬よりも数倍も早く走るため、落馬すれば大ケガのリスクがあり、寿命の長いマグスであっても命の危険があった。

 リビトは地面に強く叩きつけられ、気を失った――。


 リビトが目覚めた時には、すでに妖精の森にいた。妖精王は不在で長老が治療に当たった。

 その夜、長老と入れ替わるように妖精王がリビトの治療に当たり、何とか命を取り留めることができたのだ。

 妖精の森へ運ばれた当初のリビトは全身の骨を折り、頭部への損傷も激しかったと後から聞いた。長老、妖精王の2人の魔力を(もっ)てしても奇跡に近い生還劇だったという。


 妖精王はリビトの「命の恩人」となった。お礼を言うと、逆に()()()()()()()だと言われてしまった。


 一方、ジオウは父である妖精王から(ひど)く叱られたそうだ。リビトが罠の魔法陣に一早く気付き、ジオウを(かば)ったからこそ、ジオウは無事でいられた。


 実際のところは分からないが、妖精族はマグスの中で体力的に劣ると言われている。

 もしもジオウが罠にかかっていた、もしくは魔馬から落馬していた場合、体力の少ないジオウは救えなかったかもしれない、と妖精王は言った。


 リビトが目を覚ましてすぐジオウは見舞いに訪れ、笑い話のようにそんな話をしてきた。

 笑っていたかと思うと、事故当時のことを思い出したのか、次第に顔から血の気が引いていき、泣き出していた。


 リビトはジオウを慰めるのでもなく、ただじっと泣き止むのを静かに見守っていた。それはまるで兄が幼い弟を見るような目で。


 リビトはこの時、1つの決心をした。


 ジオウはまだ幼く、人間の恐ろしさを知らない。今回は自分が一早く罠に気付いたから何とかなったが、次も同じように難を逃れるとは思えない。しばらくは1人で任務に出た方が良さそうだ。


 だが、ジオウは自分のことを本当の兄のように慕ってくれている。自分1人で任務に出ると言えば、きっと自分も着いて行くと言い張るに違いない。

 言葉で(さと)したところで、あの強情な性格のジオウがそうですか、と納得する訳がない。


 ここは一芝居打って、ジオウに人間たちの危険性を理解させるしかないだろう、という結論に至った。


 それからリビトは体力を回復させると、はじまりの森へ帰り、二度と妖精の森へ近づくことはなかった。


 リビトが事故を機に妖精の森へ来なくなったことを不審に思い、ジオウははじまりの森を度々訪ねてはリビトとの面会を願った。

 だが、リビトは頑なにジオウとの面会を拒否し続けた。

 ジオウはリビトから拒絶されても諦めずにはじまりの森を何度も訪ね、慕っている兄を一目でも見たいと思い続けた。


 自分との面会を完全に諦めさせるため、リビトはジオウに1度だけ会うことにした。


「リビト兄上! ようやく会えた!」

「…………」

「もう体の具合は大丈夫ですか? 次はいつ妖精の森に来てくれるのですか? セリンプスもリビト兄上に会えるのを楽しみにしているんですよ――」

「お前のせいで、俺は酷い目に遭った。それだけでなく、思い出したくもない昔の記憶も(よみがえ)った。

 お前が人間の町へ行かなければ、俺は忘れていた記憶を思い出すことはなかった」

「兄上……」

「俺はお前の兄ではない。魔力の低いマグスと醜い人間の間に生まれた半魔人だ。マグスになりきれなければ人間にもなりきれない半端ものだ。

 俺がどれだけ辛く苦しい日々を送ってきたなど、お前には分からないだろう」

「…………」

「人間からは石を投げられ、『化け物』と(さげす)まれ、同族のマグスからは『半端者』と言われ続けた。あの日町を追い出されてから、この森へ来るまで平穏な時は一度もなかった。ずっと地を彷徨い続け、ようやくこの森へ辿り着いたんだ。

 やっと平穏に過ごせると思ったら、今度は母が死んだ。俺は何もかもを失ったんだ。お前のように全てを持つ者に俺の苦しみは分からないだろう。

 俺はマグスの底辺の半魔人だ。お前は人間の罠にさえ気付かない愚か者なのに、妖精王の王子で次期妖精王だ。そんなのおかしいだろ!」

「兄――」

「さっさと出て行け! 二度と俺の前に現れるな! お前の顔なんて見たくない!!」


 その日からジオウはリビトの前に姿を見せなくなり、二度と顔を会わせることはなかった。


 最初は演技のつもりだった。ジオウが人間を恐れ、人間の町に警戒心を持たせるためだった。

 演技とはいえ、いつジオウが来るのか分からず、ずっと自室にこもっていたせいか、昔の嫌な記憶が蘇り、心は次第に(むしば)まれていった。

 純粋で明るい太陽のようなジオウが自分と面会するまで、はじまりの森へ通い続けることは想定内だった。だが、思った以上に自分の心は弱かったらしい。


 ジオウを追い返すつもりが、心の奥深くに(よど)んでいるドロドロとした怒りや悲しみなどの黒い感情を、事もあろうかジオウにぶつけてしまった。

 ジオウは自分の言葉に酷く狼狽(うろた)え、笑顔が似合うその顔には大きく(ゆが)んだ表情が浮かんでいた。

 それでも一度開放された感情は止められない。ジオウは何も悪くはないのに。


 ジオウが帰った翌日、久しぶりに家の外へ出ることにした。日差しが(まぶ)しく辺りは明るいのに、自分の周囲だけ闇に(おお)われているような感覚を覚えた。


 最初にリビトの異変に気付いたのはボスだった。まさに闇落ち寸前のところだったのだ。


――闇落ちとは、善良なマグスの心が負の感情に支配され、字のごとく闇に落ちることをいう。

 多くは大切な者を殺されたり奪われたりして強い恨みや憎しみに心を囚われ続けると闇落ちし、誰彼(だれかれ)構わずに襲いかかる獣と化すのだ。


 ボスの早い処置のおかげで、リビトは闇落ちを免れたのだった。


 リビトの壮絶な体験は今後も闇落ちのリスクを(はら)んでいた。そのため、止む無く一時的にリビトの記憶を封印することになったのだ。


 リビトが心身ともに成長した頃合いを見計らって、ボスからその話を聞いた。

 今は精神をコントロールする修行の甲斐もあってか、過去の記憶を思い出しても感情をコントロールできるようになった。


 ジオウと会わなくなって随分時間が経ったこともあり、次第に妖精の森のことも思い出さなくなっていった。

 それがマヤと出会い、旅に出たことで止まっていた縁の輪が再び動き出すことになったとは。

 つくづくジオウとの縁の深さを思い知らされた。


 妖精の森で再会したジオウは幼い頃の面影はあったが、昔のように純粋で底抜けに明るい雰囲気は見る影もなかった。どこか()れているような気もする。それはあの日、自分を兄と慕うジオウを拒絶したからだろう。


 今となっては過去のことである。昔の仲を取り戻しても良いのだろうが、ジオウはリビトの存在を無視するかのように振る舞っており、関係を改善しようという気持ちは感じられない。

 それならば自分としても仲直りなど面倒なことをする必要はないと考えた。


 だが、ジオウの興味はまたしても人間であるマヤへと向けられていた。それはまるで気に入った玩具に執着するかのような危うさを秘めていた。

 事あるごとにマヤ、マヤと呼び、マヤにぴったりと張り付いている。


 次期王としてのレッスンや鍛錬に加えて政務まで担っているというのに、(すき)を見つけてはマヤに会いに行っているらしい。

 王子として、次期王としてもっとやることがあるだろう、と怒鳴りつけてやりたい気持ちになった。


 マヤもマヤだ。ジオウに笑顔を振りまいている。たしかに奴は人間から見ても美しい容姿をしているのだろう。若い娘が好きになることもあるだろう。

 だが、マヤは見た目だけで相手を好きになるとは思えない。それなのに、ジオウの我儘(わがまま)には甘すぎる。自分にはすぐ怒り出すというのに。到底納得できない。


 マヤが何を考えているのか全く分からない。なぜヘラヘラと笑って許しているのか。


――俺はお前のために毎日鍛錬しているというのに!


 もちろん鍛錬は己のためであるが、同時にマヤを守るためでもあるのだ。

 早朝から夜遅くまで鍛錬を重ねている自分に対し、マヤはジオウとばかり楽しい時間を過ごしているようだ。それが無性に腹立たしくて仕方ない。


 あれはいつだったか、あまりにベタベタとマヤに近づくジオウの態度に苛立(いらだ)ち、思わずジオウに魔法を使ってしまったこともあった。

 マヤから引き()がすように椅子に座らせ、身動きが取れないようにしたが、ジオウは余裕の笑みを浮かべて、「その程度では俺の動きは止められないぞ」と偉そうなことを言ってきた。

 マヤから引き剥がすのが目的で大して力は使っていなかった。だが、ジオウから馬鹿にされて、思わず魔力を多めに流すとジオウは大人しくなった。ジオウの魔力であれば当然打ち消すことができただろうが。


 ふと笑顔のマヤが頭に浮かぶと、強張った肩からスーッと力が抜けていった。


 最近は魔力の器が2段階上がり、鍛錬もより厳しいものへと変わっている。長老によると、短期間で魔力の器が2段階も上がるのはかなり珍しいことらしい。

 どうやら体力や筋力を上げる自主練の成果が今になって効いているようだ。

 日によって自主練をするのも辛い時があった。それでもマヤとの旅のため、これから何があっても自分がマヤを守り切れるようにするため、厳しい鍛錬も続けることができた。


 たまにはマヤでも誘って森の外へ出かけてみるのもいいかもしれない、とつい浮かんだ甘い考えを打ち消した。


――今は目の前のことに集中だ。マヤとは今後も一緒に旅を続けるのだから、今は会えなくても不安を感じることはない。


 リビトは未だ心に潜む不安の正体を知る由もなかった。

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