27.王女の策
ジオウに押し切られる形で定期的に図書館での講義が始まった。
最初は馴れ馴れしく、見た目や言動のチャラさが気になってはいたのだが、思いの外、真剣に講師の役を演じてくれている。
ジオウは教え方がうまく、マヤは1人で本を読んでいた時の何倍も知識を身に付けることができた。
何度かの講義でルーディスの歴史を学ぶのが終わり、楽しみにしていたマグスの種族について教えてもらっている。
ルーディスには、マーモーやリビアをはじめとするマグス王族を筆頭に10の種族が存在すると言われている。
大昔はマグス王族がルーディスの管理者だったが、人間が勝手に国を建てたことでマグスたちは種族ごとに散り散りとなり、種族内で王を擁立する種族も少なくない。今ではマグス王族と各種族の王はほぼ対等な関係だという。
ただ、それでもマグス王族の地位は絶大なもので、マグスの王が一声かければ種族の王も従うというのが暗黙の掟となっているようだ。
ルーディスに存在するマグスの種族は以下の通りである。
・マグス王族
・巨人族(絶滅種)
・ドラコニス族
・妖精族
・デライヤダリス族
・プエリ族
・半魔妖精(マグスと妖精のハーフ)
・半魔人(マグスと人間のハーフ)
・デア族
・精霊
その内の1つである巨人族は大昔に絶滅してしまったそうだ。その理由もやはり人間だった。
マグスの多くは人間とさほど大きさが変わらないか、目に見えない存在のため、人間に見つからずに長い間森に隠れ住むことができた。
だが、巨人族はどこへ隠れてもすぐに見つかってしまい、その度に人間に捕らえられ、最終的には絶滅に追いやられてしまったのだ。
巨人族は人間の10倍も大きい体躯が特徴であるが、獰猛さは人間の一欠けらもないという。穏やかな性格で、大切な相手に魔法で作った花冠をプレゼントするような、愛情深い種族だったそうだ。
そのやさしさ故に抵抗もせず、あっという間に絶滅されたのだという。
巨人族の存在はマグスたちの記憶に刻まれているが、寿命の短い人間たちは幾度もの世代交代を後に、今ではすっかり巨人族の存在を忘れ去ってしまったという。
一部の国には神話として巨人族が登場するらしいが、いずれも人間の敵として描かれていた。
次に説明を受けたのは妖精族についてだった。
元の世界では、妖精は掌に乗るほど小さく、子どものような外見だと絵本やラノベ小説でその知識を蓄えたものだ。
だが、実際に体験してみると大きな違いがあることに気付いた。
1つは、彼らはマヤとそれほど体の大きさが違わないということだ。花や川、木などにいる小さな彼らは妖精族ではなく、精霊の一種だとジオウが教えてくれた。
もう1つは背中に羽根がないことだ。マヤが知る妖精は光の反射で玉虫色に輝く美しい4枚の羽根があり、羽根をもぎ取られてしまうと空を飛べなくなってしまう、繊細でか弱くもある存在だった。
だが、ジオウにもセリンにも、他の出会った妖精たちには羽根は1枚もなかった。羽根がなくても空を自由に飛び回れるし、姿を消すこともできる。全ては体に宿す魔力のおかげだという。
妖精族の特徴は姿を消すことができ、諜報活動を得意としていることだ。
森の図書館に世界中からありとあらゆるジャンルの本が所蔵されているのは、彼らの祖先が地道に世界中を旅しながら記録した結晶だと、ジオウから教えてもらった。
それを聞いて、マヤは本を丁寧に扱おうと、内心で誓った。
プエリ族はマヤが実際に見た通りの人たちだった。驚いたのはマヤの3分の1位しか背丈のない彼らが人間の大人を軽々と運んでしまうことだ。
その話をジオウにすると、大昔には巨人を1人で担いで運んだという強者もいたという。あの小さな手足や体のどこにそれほどの力があるのだろうかと驚くばかりだ。
「今日はここまでとしよう。そろそろセリンプスが走り込んでくる頃だからね」
ジオウがそう言い終えたその時、図書館の入口からバタバタと大きな足音が近づいてきた。天井に届く高さの本棚からひょこっと顔を出したのは紛れもなくセリンだった。
セリンの顔を見てからジオウに視線を移すと、まるで「ほらね、言ったとおりでしょ」と言われたような気がして、どちらともなく笑い合った。
突然笑い出した兄と友人を不思議に思ったセリンが「ずる~い、兄上とマヤだけ何をそんなに笑っているの? 私にも教えてよ」と駄々をこねるような声を発している。
すると、ジオウは唇に人差し指をそっと立てて、マヤにウインクしてきた。
「じゃあ、私は先に戻るよ。レディー同士、お茶を楽しんで!」
ジオウはそう言うと、従者と一緒に図書館を後にした。ジオウが去ってすぐ、セリンは「何を話していたの?」とマヤに問い詰めてきた。
正直に話すと、「マヤ、兄上といつの間に仲良くなったの? このまま私の義姉様になるのかしら?」と笑えない冗談を返されてしまった。
「違うわよ! ジオウ様は私の先生というだけで、仲が良いとかそんなんじゃないんだから!」
「うふふ、マヤにはリビト兄上がいるもの、ね!」
「えっ? 何でそこでリビトの名前が出てくるのよ! リビトとは友達で、そういう関係じゃ……」
セリンの突然の発言で慌ててしまい、ついつい語尾を濁してしまった。
セリンはニヤニヤと怪しげな笑顔を向けてくるが、気付かないフリをしてサーティスに紅茶の用意をお願いした。
セリンは紅茶を1口飲むと、隣に座るマヤに話しかけてきた。
「ねぇ、マヤ。私いい作戦を思い付いたのだけど」
「作戦? 何の?」
「当然、兄上とリビト兄上の仲直り作戦よ!」
「あ、あぁ、そういえば、そんな話をしていたっけ……」
セリンはマヤがどのような作戦かを聞いてもいないが、自分から作戦の中身を耳打ちしてきた。
「あのね……、それでね……。そこでマヤが……」
「えぇ!? 私、そんなことできないよ……」
「大丈夫! 私がコツを教えればあっという間にできるから問題ないわ」
「セリン、でも、私……」
「マヤは兄上とリビト兄上が険悪な関係のままでいいと思うの?」
「いや、それは……良くはない、と思う……」
「それなら! この作戦しかないと思うの! きっと成功するに違いないわ!! 私とマヤが協力すればね!」
マヤはセリンの勢いに押され、仲直り作戦への協力を断れきれず、引き受けることになった。
セリンの作戦がそう簡単に上手くいくとは限らないが、セリンが話している様子がとても楽しそうで、その空気を壊したくないと思ってしまう。
それに、マヤもリビトとジオウがいつまでも反目し合っているのは見ていて辛い。
毎晩、4人で夕食をとっているが、話の中心はジオウとセリンで、時々マヤも会話に参加している。
その隣で、セリンから話を振られた時だけリビトは答えていた。ジオウとは一切目を合わせることもなかった。
2人の仲が元通りになれば、マヤも冷たい空気に居心地の悪さを感じ、胃を痛める心配もなくなるだろうと考えた。
仲直り作戦を実行するのは不安だが、何とか2人の仲を取り持ちたいとは思う。
ふと思う。ジオウやセリンとは一緒に過ごす時間が長くなったが、その一方でリビトと会う時間は夕食の時間だけになっていた。
旅をしている間のリビトは明るく、それなりに楽しく会話をしていたものだが、妖精の森に来てからは、めっきり口数が減っている。
ジオウとの関係もあるのだろうが、なぜか自分とも少し距離を置かれているような気がしてならなかった。
これからも旅を一緒に続けるのだから、そんな心配はいらないだろう、と否定的な考えを頭から必死に追い出したのだった。
「リビト兄上、マヤ。私たちは話があるから先に行くわね。また明日ね!」
「あっ、おい。セリンプス、袖を強く引っ張りすぎだ。危ないだろう。じゃあね~、マヤ! おやすみ~」
「セリン、ジオウ先生。おやすみなさい」
夕食後、ジオウはセリンに腕を引っ張られるように温室を出て行った。セリンたちが出て行くのと同時に、温室に控えていた従者や給仕係も一緒に外へ出て行く。広い温室の中にはマヤとリビトの2人きりになった。
温室の中央のスペースにただ1つある丸いテーブル。囲うように並べられた4つの椅子の内、2つはすでに空席だ。席についているのは隣同士で座るマヤとリビトの2人だけ。
リビトはマヤの方を見ようともせず、食後の紅茶を静かに啜っている。
マヤも続く沈黙に耐え切れず、紅茶を口に流し入れようとした時。
「熱っ! ゲホゲホ」
紅茶は思っていた以上に熱く、口の中に入れた紅茶を吹き出してしまった。
幸いというべきか、温室にはマヤの他にリビトしかおらず、最小限の恥で済みそうだ。
「おいっ、お前何やってるんだよ。全く、子どもかよ」
リビトは乱暴な言い方をしているが、自分のポケットから出したハンカチを手渡してくれた。
受け取ったハンカチを口元に当て、空咳を何度かするとようやく気管に入り込んだ水分を吐き出すことができた。
ふいに口元へ寄せたハンカチを見ると、どこか見覚えのあることに気付いた。
ハンカチには青い糸でリビトの名前が刺繍されている。刺繍された文字は何とか読める程度の出来で、リビアが施す美しい刺繍とは程遠い仕上がりだった。
「リビト、これって……。私が前に上げたハンカチ?」
「――あぁ、そうだよ。そんなに下手な刺繍ができるのはマヤぐらいだろ」
リビトはティーカップを持つと、マヤと逆方向に体を寄せた。ふと耳を見ると、真っ赤に染まっていた。
マヤはリビトが自分の下手な刺繍が入ったハンカチを今でも大切に持っていてくれたのだと知り、うれしくなった。
「リビト、使っていてくれたんだね。ありがとう」
マヤの言葉を聞き終えると、リビトは動揺したのか紅茶を慌てて口へ流し入れた。
マヤは「あっ」と言葉を発したが、時すでに遅し。リビトはさっきのマヤと同じようにむせ出した。
「熱っ! ゴホゴホ」
「もう! リビトだって私と同じことしてるじゃない」
今度はマヤが自分のワンピースのポケットから自分の名前の刺繍を入れたハンカチをリビトに手渡した。
「ほら、これを使って」
「ゴホ、ゴホ――あぁ……ゴホ、ゴホ」
リビトの空咳が落ち着くと、自然に目が合った。お互いの服に紅茶の染みができていることに気付き、どちらともなく笑ってしまった。
リビトとこんなに和やかな時間を過ごしたのはいつぶりだろうか。
久しぶりの夜遅くのティータイムはリビトの鍛錬の話やマヤの講義の話、セリンとのお茶会の話で盛り上がり、いつもより長く続いたのだった。




