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風読みの魔女は静かに過ごしたい  作者: おおりく
1-8章 光と闇の決着

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18 祭りの後、そして……

季節は、いつの間にか梅雨を迎えようとしていた。

王立マグノリア魔法学園の石造りの校舎は、しとしとと降る雨に濡れ、どこか沈んだ色をしている。

だが、その内側——生徒たちの間では、未だに「あの日」の出来事が、熱を帯びた噂話として語り継がれていた。


「聞いたか? あの光の正体」

「ああ。アークライト家の秘宝『聖女の涙』だってな」

「リアム様が、呪いに侵されたクラスメイトを救うために、家宝を使い捨てたらしいぞ」

「なんて高潔な……! さすがアークライト公爵家の嫡男だわ!」


学園祭の夜に現れた、天を衝く巨大な光の柱。

そして、その後始末として流布された「公式見解」。

それは、リアム・アークライトの名声を(本人の意図とは裏腹に)不動のものとし、同時に、アリア・ローゼンという存在を、再び「舞台袖」へと隠すことに成功していた。


「……ふぅ」


1年A組の教室。

アリアは、教科書の陰で小さく溜息をついた。

(よかった……。みんな、リアムさんの嘘を信じてる)


教室の雰囲気は、以前と少し変わっていた。

アリアへの視線は、相変わらずある。だが、それは以前のような「侮蔑」や「不気味なものを見る目」ではない。

「あのリアム様が命がけで守った現場に居合わせた、ちょっと運のいい(あるいは不憫な)女子生徒」という、同情混じりの好奇心だ。


「アリアちゃん、大丈夫?」

隣の席で、メアリ・スミスが心配そうに顔を覗き込んだ。

彼女は数日間の療養を経て、今日から復帰したばかりだ。

顔色はまだ少し白いが、その瞳には以前のような陰りはない。


「う、うん。大丈夫だよ。……メアリちゃんこそ、無理してない?」

「平気! ほら、この通り!」

メアリは、力こぶを作る真似をして笑った。

その笑顔を見て、アリアは胸が痛むと同時に、救われる思いがした。

彼女は、覚えていないフリをしてくれている。

操られていた時のこと。アリアに刃を向けたこと。

その全てを、「悪い夢だった」と言って、笑い飛ばしてくれているのだ。


「……ありがとう、メアリちゃん」

「ん? なあに?」

「ううん。なんでもない」


二人が微笑み合っていると、教室の前方が騒がしくなった。

リアム・アークライトが入ってきたのだ。

彼の左腕はまだ包帯で吊られており、頬にはガーゼが貼られている。

痛々しい姿だが、それがかえって「英雄」としての箔を付けていた。


「リアム様! お怪我の具合は!?」

「リゼットさんが特製の湿布を作ってきましたわ!」

「俺も荷物持ちしますよ!」


取り巻きたちに囲まれながら、リアムは淡々と席に着く。

その途中、彼は一瞬だけ——本当に、瞬きするほどの短い時間だけ、教室の隅にいるアリアへと視線を向けた。

アリアも、それを受け止める。


(——異常なし?)

(——はい、異常なしです)


言葉のない会話。

それだけで、十分だった。

二人の間には、あの夜の共闘を経て、誰にも入り込めない「秘密の回線」が繋がっていた。


放課後。

アリアは、呼び出しを受けて学園長室へと向かっていた。

ただし、今回は一人ではない。

リアムも一緒だ。


「……足の具合はどうだ」

長い廊下を歩きながら、リアムが前を向いたまま尋ねた。

「え? あ、はい。もう全然平気です」

「そうか。……無理はするな」

「リアムさんこそ。その腕……」

「これか? 名誉の負傷というやつだ。女子生徒からの差し入れが増えて、逆に困っている」

リアムは微かに口角を上げた。


学園長室の重厚な扉を、リアムがノックする。

「入れ」


中に入ると、ヴォルグ学園長が執務机で書類の山と格闘しており、その横のクッションで、クロノス(黒猫)が優雅に寝そべっていた。


「来たか。二人とも、座りたまえ」

ヴォルグはペンを置き、疲労の滲む顔を上げた。

「事後処理の報告だ。……結論から言えば、学園側は『今回の件を不問とする』ことで決定した」


アリアとリアムは、顔を見合わせた。

「不問、ですか?」

「うむ。本来なら、アークライト君の危険物持ち込みも、ローゼン君の……まあ、あれも、厳罰に処される案件だ。だが、今回は相手が悪すぎた」


学園長は、一枚の資料を二人の前に滑らせた。

そこには、地下牢のような場所で拘束されている、ヘレナ・ブラックウッドの写真があった。

彼女の目は虚ろで、口元からは涎が垂れている。完全に精神が崩壊していた。


「彼女は……もう、喋れない」

ヴォルグが重苦しく言った。

「君の光が、呪いのパスを逆流して焼き切った際、彼女の脳内に仕込まれていた『口封じの術式』も同時に発動したようだ。……黒幕に関する情報は、全て闇の中だ」


「口封じ……」

アリアは背筋が寒くなった。

ヘレナは、利用されていただけなのか。

トカゲの尻尾切りのように、用済みになったら捨てられる駒。


「だが、収穫はある」

クロノスが、クッションの上から口を挟んだ。

「奴らの狙いが『アリア』であることが確定した。そして、奴らはアリアの力を過小評価していたこともな」

「過小評価?」

「ああ。奴らは、アリアを『制御不能なエネルギー源』程度に思っていた節がある。まさか、自らの意思で光を制御し、呪いを浄化するほどの『術者』になっているとは計算外だったはずだ」


クロノスは、金色の瞳でアリアを見た。

「アリアよ。お前は強くなった。……だが、同時に『見つかった』。これからは、より慎重に行動せねばならん」


「はい……」

アリアは頷いた。

もう、ただ逃げ隠れしているだけでは済まされない。

自分の身は、そして大切な人たちは、自分で守らなければならない。


「そこでだ」

ヴォルグ学園長が、眼鏡の位置を直した。

「アークライト君。君には引き続き、ローゼン君の『監視』……という名目の『護衛』を依頼したい」

「承知しております。言われなくとも、そのつもりです」

リアムは即答した。


「そして、ローゼン君。君には……『特訓』を受けてもらう」

「と、特訓ですか?」

「うむ。今の君は、魔力こそ規格外だが、技術が追いついていない。光の制御も、風の応用も、まだ我流の域を出ない。それでは、次なる敵——ヘレナ以上の使い手が現れた時、対抗できない」


「……誰が、教えてくれるんですか?」

クロノスは猫の姿だし、学園長も忙しそうだ。


「ふふふ」

クロノスが、ニヤリと笑った。

「心配するな。最強の講師陣を用意してある。……もうすぐ、夏休みだからな」


アリアは、嫌な予感がした。

最強の講師陣。

夏休み。

そのキーワードから導き出される答えは、一つしかない。


(……まさか、兄様たちが来るの?)


アリアの顔が引きつるのをよそに、話はまとめられた。

アリアとリアムは一礼して、学園長室を後にした。


廊下に出ると、窓の外は雨が上がっていた。

雲の切れ間から、夕日が差し込んでいる。


「……ローゼン」

「はい」

「少し、付き合ってくれないか」

「え?」


リアムに連れられてやってきたのは、旧校舎の裏。

あの、「秘密の温室」だった。


「あ……」

アリアは、息を呑んだ。

温室は、ボロボロだった。

ガラスは割れ落ち、鉄骨は歪み、中は黒く焦げている。

あんなに生命力に溢れていたハーブたちは、見る影もなく枯れ果て、泥にまみれていた。


あの夜の激闘の傷跡。

それが、そのまま残されていた。


「……ひどい」

アリアは、胸が締め付けられるようだった。

メアリと二人で、一生懸命掃除して、土を作って、植えた場所。

大切な、秘密基地。

それが、こんな無残な姿に。


「すまない」

リアムが、痛ましげに言った。

「もっと早く、私が気づいていれば……。君たちの場所を、守れなかった」


「ううん、リアムさんのせいじゃありません」

アリアは首を振った。

「それに……メアリちゃんが無事だったんだもん。場所なんて、また作ればいい」


そう。

建物は壊れても、そこにいた人たちは無事だ。

それだけで、十分すぎる結果だ。


アリアは、割れたガラス片を拾い上げようと屈んだ。

その時。

焦げた土の隙間から、何かが覗いているのに気づいた。


「……これ」


アリアは、指先で土を払った。

そこにあったのは、小さな、小さな緑色の芽。

黒く焼け焦げたローズマリーの根元から、新しい命が、ひっそりと、しかし力強く芽吹いていたのだ。


「生きてる……」

アリアの目から、涙がこぼれた。

あれだけの呪いに晒され、焼き払われたのに。

アリアが注いだ「光」の残滓が守ったのか、それとも植物自身の生命力か。

彼らは、死んでいなかった。


「……強いな」

リアムが、アリアの隣にしゃがみ込み、その芽を見つめた。

「君に似ている」


「え?」

「一見、弱々しくて、踏めば折れてしまいそうで。……でも、どんな嵐が来ても、泥にまみれても、決して折れない芯がある」

リアムは、アリアの方を向き、優しく微笑んだ。

「君は、強いよ。アリア」


初めて、彼が名前を呼んだ。

「ローゼン」ではなく、「アリア」と。


アリアの心臓が、トクン、と高鳴った。

夕日に照らされた彼の横顔が、やけに眩しく見える。


「……リアムさんも」

アリアは、勇気を出して言った。

「リアムさんも、私にとっては……太陽みたいに、強い人です」


「太陽か。……買い被りすぎだ」

リアムは照れくさそうに立ち上がった。

「さあ、帰ろう。……ここを修復するには、骨が折れそうだ。明日からまた、図書委員の仕事の合間に、少しずつ直していこう」


「はい!」

アリアも立ち上がった。

「メアリちゃんも、きっと手伝ってくれます」

「ああ。三人で、また一から作り直せばいい」


三人で。

その言葉に、アリアは幸福を感じた。

一人ぼっちだった温室。

メアリと二人になった温室。

そして今は、リアムも加わって、三人(と一匹と一羽)の場所になる。


壊れたことは悲しいけれど。

壊れたからこそ、新しく築けるものがある。


二人は、夕焼けの中を並んで歩き出した。

影が長く伸びて、寄り添うように揺れている。


「そういえば、アリア」

「はい?」

「期末試験が近いな」

「……あ」


アリアは、現実を思い出して硬直した。

そうだ。

事件に巻き込まれて忘れていたが、来週は一学期の期末試験だ。

しかも、筆記だけでなく、実技試験もある。


「ど、どうしよう……! 勉強、全然してない……!」

「安心しろ。私の『監視』対象が赤点を取るなど、管理者の恥だ」

リアムは、意地悪く、しかし楽しそうに笑った。

「明日から、図書室でスパルタ補習だ。覚悟しておけ」


「ううぅ……お手柔らかにお願いします……」


アリアの悲鳴が、誰もいない旧校舎にこだました。

それは、久しぶりに戻ってきた、平和で、騒がしい日常の音だった。


嵐は去った。

だが、季節は巡る。

もうすぐ、暑い夏がやってくる。

そして、クロノスが予言した「最強の講師陣」——アリアの変人兄弟子たち「四天候」が、避暑(という名の乱入)にやってくる季節が。


アリア・ローゼンの波乱万丈な学園生活は、まだ始まったばかりなのだ。

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