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第4話 影武者、夕食を食べる

「なあ、ルーテシア?」

「なんでしょう、レナード?」


 結婚式を終え、戦争結果の報告も聞いて、俺たちは夕食の時間を迎えていた。

 戦争直後にまともな食事なんてないだろう、そんなことを考えていた俺だが、時間になったら普通に王と王妃の食事が用意されていた。

 正直、料理を出してもらえることはありがたい。

 俺はルーテシアと一緒に、城の使用人たちが見守るなかで、一緒の食卓についていた。

 しかし、ここでひとつ、疑問というか、問題が生じていた。


「普通、こういうのってもう少し離れて座るはずでは?」


 彼女が座っているのは、俺の右隣の席だった。

 それだけならば問題はない。

 国によって違いはあるが、王と王妃が横並びの席になるのは珍しくない。

 むしろ、このノーラン王国の作法と合致している。


 だがしかし、俺の椅子と彼女の椅子は、なぜか隙間なく、ぴったりとくっついていたのである。


「あら、そんな決まりは皇国にはございませんわ」


 澄ました顔で飄々と答えるルーテシア。

 さっきの玉座ふたり掛けといい、皇国のマナーはいったいどうなっているのだろうか。


「少なくとも、肩がぶつかるほど椅子をくっつけたりはしないだろう」

「いけませんか?」

「非常に食べにくい」


 利き腕が動かせないからな。


「あら、それは大変でございます」


 くすりと笑うルーテシア。

 この女、やはり嫌がらせでやっているのか?


「だから、直ちに椅子を――」

「では、こうすればよろしいですわね」


 ルーテシアは俺の言葉を遮ると、自分のフォークで俺の皿の上の野菜を刺した、

 そのまま、俺の口もとに差し出してくる。


「はい、あーん、してくださいませ」

「なっ!?」


 ルーテシアは、自分が食べさせてやるから口を開けろと、そんな辱めを俺に要求してきたのだ。


「ば、馬鹿を言うな! 一国の王を、赤子扱いして――」

「ああ悲しい。レナード国王に嫌われてしまいましたわ。腹いせに、王国民をなぶり殺しにしてしまうかも」


 俺は言葉を呑み込んだ。

 この黒滅姫なら、本当にやりかねない。


(羞恥に堪えるくらい、どうってことはない)


 使用人たちによる衆人環視のなか、俺は彼女の差し出す野菜を頬張った。


「お味はどうですか、レナード」

「……とても、美味しい、です」


 恥ずかしすぎる。

 いっそ殺してくれ。


「あら嬉しい。もうひと口いかがですか」


 まだ続くのかよ!


「……わかった、何口でも食べてやろう。その代わり、今後は冗談でも、国民を殺すなどとは口にするな」


 やりこまれながら、精一杯、釘だけは刺しておく俺。


「わかりましたわ。では、次にわたくしが同様のことを申し上げた時は、それは本気であるとご認識くださいませ」

「ぐっ……」


 簡単に刺し返される俺。

 ちくしょう、口ではどんなに頑張っても、本物の王族皇族には勝てる気がしねえ。


「もっとも、このような戯言は、今日しか使えぬものですが」

「む? どういうことだ?」

「明日になれば、おわかりいただけることですのよ」


 言いながらルーテシアは、再び俺のおかずを自分のフォークに刺して、「あーん」とこちらに向けてきた。

 本当に何口でも食べなきゃならないらしい。

 俺は顔を真っ赤にしながら、彼女が口に運んでくる料理をもぐもぐと咀嚼した。


「では、食べならがらお聞きください。今後の軍備増強計画について、簡単に説明いたしますわ」

「その前に聞いておきたい。さっき、王国の兵を再雇用するという話があっただろう。2倍の給金なんて、どうやって捻出するつもりだ?」


 皇国兵として雇うからといって、その給料を皇国側が出すとは思えない。


「もちろん、この国の予算からですわ。削減すべきを削減し、然るべき場所に割り当てます」

「軍備を増強できるほど削れるとは、思えないが?」

「あら、お金を減らせるところは、たくさんございましてよ」


 ルーテシアは、フォークでもう一度おかずを刺して、クスリと笑った。


「手始めに、国王の料理から変えさせていただきました」

「え?」


 これ、何か変わってたの?


「料理長に命じて、大幅にグレードを落させていますわ。王の食事が質素になれば、家臣の食事も質素になります」

「質素って、これがか? かなりの贅沢に見えるけど……」

「レナード、口調がおかしくなっていますわ」


 驚きで地が出てしまっていたのを、ルーテシアにたしなめられた。


「では、料理長から説明させますわ」


 彼女は使用人に目で合図して、厨房の責任者を連れてこさせた。

 やってきた料理長は、俺とルーテシアに一礼すると、これまでの経緯を説明し始めた。


「この国の王族は、伝統的に贅沢な料理を好みました。特に、レナード様などは即位の前から奢侈に溺れておりまして……1年前に王位に就かれてからは、ますますそれがエスカレート。ことあるごとに『料理の質をあげよ』、『高級食材を多用せよ』と、王権を濫用してまで無理難題を。それもこれも、大臣たちが若き国王を唆して……」


 王の厨房の不遇の歴史を、涙ながらに語る料理長。

 ていうかアンタ、俺が影武者のほうだって気がついてるだろ。

 そうでもなけりゃ、本人を前にして言えっこないよなそんなこと。

 問い詰めようと口を開く俺。

 しかし、


「あらレナード、お口が止まっていますわ。はい、あーん」


 開けた口は、柔らかいお肉で塞がれる。


「お味はどうかしら?」

「……とても、おいしいです」


 実際、料理自体は無茶苦茶おいしい。

 なのに、料理長が泣き崩れた。


「このような品質の食材を、こんなにも美味しそうに食べていただけるとは……」


 断っておくけれど、料理の質も、食材も、断じて低品質なんかじゃない。

 あのバカ国王、毎日の食事に一体どんなクオリティを求めてやがったんだ?


「毎日の食事の他にも、予算を削減できるところはたくさんありますのよ。わたくしが賄賂工作するまでもなく、この国は不正と癒着に満ちておりましたもの。国のお偉方から利権と財産を取り上げれば、相応の一時資金が確保できますわ」


 俺を売ろうとした大臣どもは、日頃から贅を貪る暮らしをしていたという。

 不正な金の流れは、すでに、ルーテシアの部下たちが突き止めているそうだ。


「しかし、一時的にはどうにかなっても……」

「もちろん、その場しのぎでは終わらせませんわ。腐敗しきった国政と軍部を立て直し次第、ただちに他国に攻め入って、戦後賠償で将来的な国家財政を確保するのです」


 内側にないのなら、外側から賄えばいいと、ルーテシアは堂々と宣言した。


「このノーラン王国の近隣には、弱小国家が軒を連ねております。他国に攻め入られぬよう軍事同盟こそ結んでいますが、もしも強国との戦争となれば、最後は自分の身の可愛さに、他所の国など見捨てることでしょう」

「……このノーラン王国が、誰からも助けてもらえなかったように、か?」


 ルーテシアはフォークを置いて、今度はパンをちぎって俺の口へと差し出した。


「一応、援軍は送ろうとしていたようですわ。国家というのは、とにかく体裁だけは取り繕いますから」

「つまり、この国は、他国の援軍なんてとても間に合わないほどあっさり攻め滅ぼされたってことなんだな?」


 色々諦めた俺は、彼女の持つパンを口に入れた。

 その際に、唇にルーテシアの指がぶつかって、再び彼女は「あんっ」と艶かしい声をあげた。

 なんかもう、本当にすべてが恥ずかしい。


「攻めはしましたが滅ぼしてなどいませんわ。この国にはあなたという王様がいて、わたくしという王妃がいるのですもの」


 ルーテシアはそんなことを言うと、自分のパンをちぎって口に運んだ。


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