↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/12

第5話 影武者、初夜を迎える

「ようやく、ルーテシアから解放された」


 羞恥の限りを尽くした夕食を乗り越え、湯浴みを終えた俺は、ようやく自分の部屋に戻ってきた。


「自分の部屋って言っても、本物のレナード王の寝室だけど」


 広い王の寝室を、燭台の灯が橙色(だいだい色)に照らしている。

 眠るためにはおよそ必要のない美術品や装飾品が、蝋燭の炎に影を揺らしていた。

 どれも高価そうなものばっかりだ。


「奢侈に溺れてたって、マジなんだな」


 呆れながら、大きなベッドに腰掛ける。

 クッションがもの凄くふかふかで、座った瞬間に体が沈み込んだ。

 このベッドも、きっと名のある職人に、高級材で作らせたのだろう。

 脚や柱の全てに精緻な装飾細工が施されているし、豪勢な飾り屋根までついている。


「どれだけの税を国民に課せば、こんなものばかり買えるんだか」


 もしかしたら、ここの物品も例の削減対象なのかもしれないな、なんて思う俺。

 だとしたら、あまり触らないほうがいいかもしれない。


「このベッドも、使うのはやめとくか」


 今晩は床で寝よう。

 しょせん影武者である俺には過ぎた寝具だ。

 そんなことを考えながら、ベッドから立って、窓から外を見回してみる。

 見えるのは城の中庭。

 そこにいるのは、皇国の兵士、兵士、兵士……。


「王国兵なんて、ひとりもいやしない」


 ルーテシアの命令どおり、王国軍は本当に解体されてしまったんだろう。

 城の中には皇国軍が常駐し、我が物顔でのさばっている。


「この部屋には、さすがに入ってはこないようだけど」


 一応国王だからだろうか、部屋の中にも扉の前にも、見張りの兵士は置かれていなかった。

 ただし、これは王への礼儀というよりも、勝手に部屋から出たところで逃げ道はないということであろう。


「ルーテシアも、様子を見に来るようなことを言っていたしな」


 夕食の終わり際、彼女は俺に、こんなことを言っていた。


『部屋でおとなしくしていてくださいね。少ししたら、お伺いしますから』


 話があるなら今済ませろと言ってみたけど、ゆるりと躱された。


『女性には、夜を迎えるにあたっての準備が色々あるのです』


 たぶん、就寝前に美容法かなにかやっているのだろう。

 あの美しさを保つため、毎晩侍女にマッサージさせて、高級な美容薬でも塗りこませているに違いない。


「削るべきを削ると言いながら、自分は贅沢三昧、ってとこか」


 敵だったノーラン王国から吸い上げるだけ吸い上げて、王国民を他国蹂躙のための軍隊に仕立て上げる。

 そのための傀儡政権として、俺という影武者を王の椅子に飾っておく。


「属国なんてもんじゃない。これじゃ植民地として、一方的に搾取され続けてしまう」


 どうにかしなければ。

 俺は、強く拳を握っていた。

 きっと、国内にも反旗を翻そうという勢力がいるはずだ。

 そういう有志と、なんとか連絡を取ることができれば――。


 コンコン。

 ドアがノックされた。


「誰だ」


 すぐに思考を切り替える。

 影武者として叩きこまれた王の演技で、威厳を乗せた声を出した。


「わたくしですわ、レナード」


 ルーテシアの声。

 もう来たのか、早かったな。


「鍵は開いている」


 閉めたとしても、開けられていたのだろうけど。


「失礼しますわ」


 入ってきたルーテシアは、厚いバスローブを纏っていた。

 湯上がりなのか、少しほてったような顔をしている。


「手短に話せ。湯冷めして風邪をひいてしまうぞ」


 今日はもう、深い眠りに落ちたかった俺は、さっさと本題に入るよう促した。

 ルーテシアは、気を悪くでもしたのか、少し唇を堅く結んでから、深呼吸するようなそぶりをみせた。


「お気遣いは嬉しいですわ。ですが、長くなるか短くなるかは、レナード次第でしてよ」

「どういう意味だ?」


 ルーテシアは答える代わりに、着ていたローブに手をかけた。

 ばさりという音をたて、厚い布地が床に落ちる。

 その下にあったのは、ローブとは正反対の、透けるほどに薄い生地。

 彼女は、あられもない下着姿になって、艶かしい白い四肢を露わにしていた。


「な、なにしてるんだルーテシア!」


 俺は慌てて顔を背けた。

 だが、一瞬とはいえ見てしまったルーテシアの美貌の体は、あまりに情感たっぷりで、俺の眼の奥にしかと焼きついてしまっていた。


「ひどいお方ですわね。女性の口から言わせようだなんて」


 ひたり、ひたりと足音が響く。

 裸足になったルーテシアが、俺の傍へと近づいてくる。


「初夜を迎えた夫婦がすることなど、ひとつしかありませんわ」


 俺は目を背けたまま後退った。

 が、すぐにベッドの縁に足をぶつけ、それ以上下がることができなくなる。


「そ、そんなことをすれば、世継ぎが生まれることになるんだぞ!」

「ええ、もちろん。そのためにわたくしはここに来たのですから」


 すぐ近くで、くすりと微笑む気配。

 次の瞬間、俺は、ベッドの上に突き倒されていた。


「うわっ!?」


 背中がシーツに沈み込み、上からは、ルーテシアが覆いかぶさってくる。


「よ、よせルーテシア。からかうにしても、限度が――」

「レナードは、おもしろいことをおっしゃいますのね」


 くすくすと、ルーテシアは楽しそうに笑っている。

 それは、妖艶な魔性の女のようにも思えたし、胸を高鳴らせた純心な乙女のようにも感じられた。


「わたくしは、ずっと本気で生きてまいりましたわ。8年前のあの日から、ずうっと」

「な、何のことを――」


 言っている?


 そう聞こうとした俺の口は、ルーテシアの唇によって塞がれていた。

 満身に、柔らかで暖かな重さがのしかかってくる。


 それが女性の、ルーテシアの肉体であると意識が追いついた瞬間に、俺の理性のタガが外れた。


 ・

 ・

 ・


(う、ん……朝、か?)


 まぶたに感じた光の感触に、俺の意識は目覚めを迎えた。

 あまり眠った気がしない。

 睡眠時間が足りていないのか、目が開けられない。


(そう、だ、ルーテシアが……)


 少しずつ、記憶が鮮明になってくる。

 重いまぶたをどうにかこじ開け、横を見た。

 が、隣には誰も寝ていない。


(ああ、もしやあれは、全部、夢だったんじゃないか)


 安堵し、息を吐こうとした俺に、


「あら、もう起きちゃったのですね、レナード」


 頭の上から声。

 寝ている俺の頭頂方向、枕があるはずの位置から聞こえてきた。


「……おはようございます、ルーテシア」


 反射的に挨拶しながら、のけぞるように首だけ動かす。

 そこにいたのは、一糸もまとわぬ、あられもない姿のルーテシア。

 無防備に上半身だけを起こして、俺の顔を見下ろしている。


(……夢じゃなかった)


 やはり俺は、敵国の皇女と、肉欲に溺れ一夜を共にしてしまったのだ。


「ふふっ。おはようレナード。良い朝ですわね」


 微笑むルーテシア。

 笑った瞬間、双丘がたゆんと柔らかに揺れる。

 俺は慌てて目をそむけた。


「な、何をして、いるのだ?」

「あなたの寝顔を見つめていました、なんて申し上げたら、どう感じてくださいますか?」


 くすぐるような優しい声が、心を千々にざわつかせる。

 俺は必死に邪念を打ち消しながら答えた。


「とても、光栄、だ」

「心が籠もっていないようですわ。まだまだ目覚めが足りないのですね」


 そう言うと、ルーテシアは俺の真横に移動してくる。

 そして、目を背けている俺の顔を抑えると、


「ん……」

「んむっ!?」


 そっと唇を重ねてきた。

 思わず飛び起きる俺。

 ルーテシアは、うっとりとした顔で、艷やかに笑った。


「目覚めのキスですわ。効果があったようですわね」

「そ、そりゃあ、急にされたら、驚く――」

「わたくしも驚いておりますの。まさか初夜から、あんなにも愛していただけるだなんて」


 俺の思考は、たっぷり数秒近く凍結した。


「……押し倒したのは、君の方からだ」


 ようやく放った俺の言い分に、ルーテシアは、クスリと妖しい笑みを浮かべる。


「あら、女性のせいになさるんですのね。ああ、それとも、わたくしから押し倒したら、また夜空が白み始めるまで愛してくださるという隠詞(かくしことば)でございましょうか?」


 ルーテシアは、婀娜(あだ)っぽく頬を赤らめて、昨夜の情事を追想した。


「本当に驚きましたわ。わたくしには身動(みじろ)ぎする暇も与えてくださらず、あんなことや、そんなことまで……」

「うぐっ」


 あっけなく言葉に詰まる俺。

 ぶっちゃけ、昨日の俺は色欲に完全敗北していた。

 罠だと感じていたのに、相手は自国に攻め入った皇女だというのに、彼女の体に欲情した。

 一度理性が決壊したら、もう歯止めなんてきかなかった。


「まるで野獣のように雄々しく荒々しく、かと思えば、流れる清水のごとくに穏やかで優しい手つきを――」


 解説なんてしないでくれ!


「あ、あんなことは、昨夜限りだ! 1度でも既成事実があれば、ルーテシアだって満足――」

「えいっ」


 可愛らしい掛け声と同時に、俺の視界が反転した。

 ルーテシアが、俺をベッドに突き倒したのだ。


「さあ、押し倒しましたわ。どうなされます? 本当に、1度きりでよろしいのですか?」


 じりじりと、俺の上に迫ってくるルーテシア。

 昨夜の情欲と興奮が、否応なく思い返される。


(だめだ、負けるな俺の理性……!)


 これ以上、敵の罠にかかるわけにはいかない。

 誘惑を押しのけようと、彼女の体に手を伸ばした時だった。


 ガチャリ。


「ガチャリ?」


 不意に、寝室のドアが開かれた。

 入ってきたのは、ルーテシアが皇国から連れてきていた、彼女のお付きの侍女だった。


「おはようございます。ノックをしたのですが、お返事がなかったものですから」

「おはようターシャ。朝食の時間かしら?」

「はい。皇女殿下はこちらにおられると思い、お着替えをお持ちいたしました。湯浴みの用意も整っておりますが……」


 侍女は、この部屋の状況、特にベッドの状況を眺めると、


「料理長には、朝食は予定より1時間遅れると伝えておきます」


 淡然と、短くそれだけを言って、静かにドアを閉めて行ってしまった。

 あっけにとられている俺に、


「気が利くメイドでしょう?」


 ばさりと覆いかぶさってくるルーテシア。

 俺の頭のすぐ上に、彼女の顔が迫ってきた。

 黒い艶髪が降ってきて、さらさらと俺の頬を撫でていく。

 そのたびに、花のようないい香りが鼻腔をくすぐった。

 彼女は、キスができそうな距離まで近づくと、そのまま俺の耳元に顔をうずめ、小悪魔のようにささやいた。


「あと1時間は、誰も起こしに来ませんのよ?」


 理性はあっという間に焼き切れた。

 ルーテシアの妖艶な美貌の前に、俺は再び、情欲に敗北した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。