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11月30日 白線

 私が小学生の頃、道路の白線を橋に見立てて歩く遊びがあった。もちろん、白線からはみ出してはいけない。簡単そうに見えて、意外と難しい。私は夢中になって遊んでいた。

 今回はこの白線遊びにまつわる都市伝説を調べてみようと思う。

 

 その内容はいたってシンプルだ。午前2時ちょうどに、ある白線の前でおまじないを唱え、その白線からはみ出さないように渡りきる。もしはみ出したら、あの世に引きづりこまれるらしい。なんとも荒唐無稽な話だ。

 その白線はS県内にある小さな町の外れの田んぼ道にある。約15m程の1本道、左右は田んぼに囲まれている。あまり人気がない道路だ。

 

 私は車を町の駐車場に止めた。

 空を見上げると、厚い雲が一面を覆っていた。もしかしたら、雨が降るかもしれない……。

 私は折り畳み傘をリュックの中に入れ、腕時計を見た。今から歩いて行けば、ちょうどいい時間に着きそうだ。私はリュックを背負い、車から降りた。


 警察官に職質されないかハラハラしていたが、何事もなく例の田んぼ道に着いた。

左右は田んぼ、直線の道路で周りはうす暗いが、白線ははっきりと確認できる。当然、人の気配は全くない。

 時計を確認する。午前1時59分55秒……後5秒、4、3、2、1……。


「渡せましょう、渡せましょう、渡せましょう……」

 

 私はおまじないを唱えた。しかし、何の変化もない。先ほどまでと変わらない道路。

 急に恥ずかしさが込み上げてきた。これではただの間抜けではないか……。

 ここまで来た以上、何もせずに帰るのは癪だったので、白線を渡ってみることにした。

 白線からはみ出さないように慎重に歩く。1歩、2歩、3歩、4歩……。何も起きない。

どうやら、根も葉もない噂話に過ぎなかったようだ。私はためしに足先を白線の外に出してみた。


あれ……?


 足先を手が掴んでいる。その手は非常に冷たくて、まるで氷水に足先を突っ込んでいるようだ。その手は力強く、私を白線の外に引っ張ろうとしている。咄嗟に掴まれた靴を脱ぎ捨てた。

 私は驚愕した。手は1本だけではない、先程まで車道や田んぼであった所がびっしりと手で埋め尽くされている。白線以外は。

 どうやら白線の中にいるかぎりは、手は襲って来ないようだ。だが、少しでも白線からはみ出したら、私はこの手の海の中に引きづり込まれるだろう。その後どうなるかは想像したくもない。とにかく、1歩1歩慎重に進もう。


 周りはグロテスクな手の海だ。見ているだけで吐き気がしてくる。

 目の前の白線だけに集中して歩く。ゆっくりでもいい、はみ出さなければ襲われることはないのだ。

 最初は奇怪な光景に動揺したが、試練は単純だ。この白線を歩けばいいだけだ。既に半分まで到達した、もう安心していい……わけがなかった。


 後ろから低い笑声が聞こえた。どこか機械的で無機質な笑声だ。振り返ると男がいた。普通の人間ではないようだ。まず、目に付いたのは下半身だ。腰からしたが1本の棒のような物になっている。そして手には見るからに物騒な斧を持っていた。顔はニヤニヤ笑いの真っ白な仮面を着けていて確認できない。


 私が呆気にとられていると、仮面の男はジャンプした。器用に白線の中に着地している。あきらかに私よりも速い、このままでは追いつかれてしまう。

 私はできるだけ急いで進んだ。といっても白線からはみ出さないよう慎重さも必要だ。

 予期せぬ出来事で、完全に平静心を失っていた。先程までは安定して歩けていたのに、今は足下がフラフラする。焦れば焦るほど進む速さは遅くなる。もうヤツは1回ジャンプすれば私に追いつくだろう。

 仮面の男はジャンプした。高く高く、私をも超えてジャンプした。そして私の前で通せんぼしている。ヤツは斧を身構える。

 私は悲鳴を上げ、後ろに戻ろうとした。しかし、仮面の男はまたジャンプし、また、私の前に着地した。ソイツは遊んでいた。

 私は恐怖のあまり、しゃがみ込んだ。その時ある考えが頭をよぎった。

一か八か試してみるか……。


 私はしゃがんだまま進んだ。そんな私をヤツは嘲るように眺めている。

仮面の男はまた私の前に立ちはだかった。私は後ろに引き返す。

ヤツは再びジャンプし、私の前に着地した。


ズルッ……。


 仮面の男はバランスを崩した。そして、手の海の中に倒れこんだ。

 一か八かの作戦だったがうまくいった。私は逆さに持った折り畳み傘を握り締めた。

 ヤツが着地した瞬間、私は傘の持ち手の部分をヤツの棒の足に引っかけ、思い切り引いた。少しでもバランスを崩せれば良かったのだ。

仮面の男はどんどん手の海の中に沈んでいく、仮面を着けているので、沈み込む瞬間までニヤニヤ笑っているようだった。


 追手がいない以上、後は慎重に進むだけで良かった。

 私が白線を歩き切ると、始まったときと同じように、一瞬で、元の道路に戻っていた。

 靴を脱ぎ捨てた所を見て回ってが、靴はどこにも無かった。

 ハァ……結構高かったのに……。



 





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