プロローグ1
アメリカ西海岸メタバース管区のメタロサンゼルス ―通称MLA― の政府関係者専用の非公開小会議場にて、市長と治安保全部長、それからLA市警に所属する検視官の三人が集まっていた。
「それでは、こちらは検視官のダッグ博士です」
保安部長が市長に向けて紹介し、博士も続けた。
「はじめまして、市長殿。よろしくお願いします」
「検視官ね。いつからメタバース世界で、そんな職業が必要になったんだ?」
「これは市長殿、冗談を言ってもらっては困りますな。私は現実世界の市警で、検視官を務めているのですから」
「そうか、これは失敬したね」
「とりあえず、本題に移りましょう」
そして保安部長は各種の資料を呼び出して投影すると、かいつまんで内容を話した。
市長は眉をひそめてその話を聞いた。
「で、つまりその映っている資料の写真は、死んだ人の写真ということか?」
「そうなります。私が検死解剖を担当しました」
「それで、いったいどんな問題なんだ?」
「では、」
保安部長がまた別の映像を出しながら言う。「こちらもご覧ください。これはメタ内で発生した“傷害事件”の収容記録です」
そこには、まるで切り刻まれたかのような無残な姿のアバターがあった。もう一件は、まるで銃撃されたかのように穴だらけとなったアバターだった
それぞれが、対処収容される際の記録映像であった。
「なんなんだ……これは。つまり、こうか? この二件は、現実世界での死亡事例とそれぞれ関係があるとでもいうのか?」
「関係があるどころか、それぞれアバターの当人であることが確認されています」
ダッグ博士も続けた。「記録の調査から推測するに、アバター内で被害者が襲撃された時刻と、現実での死亡推定時刻はほぼ一致します。それぞれのバイタルデータも確認しましたが、被害者は死亡直前に、急激な脈拍および血圧上昇が確認され、かなりのショック状態にあったと思われます」
「それで結局、死因はなんだ?」
「急性心不全……まあ、分かりやすく言えばショック死ということですな」
「だが、おかしいじゃないか。メタ内では人を傷つけることはできない。ましてや、現実で実際にショック死を引き起こすほどの激しい衝撃や痛みを、相手に感じさせるようなことは不可能なはずだ」
「お言葉ですが、不可能というわけではありません」
「なんだって?」
「システムの設計上、プログラム次第では可能なのです」
「なぜだね?
「もともとがそういった設計になっているのです。メタ内において、現実と近しい自然な感覚を維持するには、痛覚に対する刺激も一定の値が必要なのです。そして一番の問題は、何者かがメタバースを維持管理するためのプログラムにアクセスし、その重要な数値設定のいくつかに改竄を行なったということです。現状では内部から行われた操作によるものではないかと考えれています」
「では、その何者かというのは何者なんだ?」
「まだ分かっていません。現在も捜査中です」
「分かっていることは何かあるのか?」
「いいえ。めぼしい証拠も発見できていません」
市長はため息をついた。
「そういえば、いつだったか西海岸地域管轄施設の管理要員が亡くなったという話も聞くが、なにか関係があったりするのか?」
「それに関しても捜査中です。ですが状況的に、こちらは事故と思われます。おそらく今回の件とは無関係でしょう」
市長はまたしてもため息をもらした。
「私の任期もあと少しなのだよ。大きな面倒事は願い下げだ。この件は一切他言するな。全て内密に処理するのだ」
「捜査は継続でしょうか?」
「それはもちろんだとも! だがね、厄介ごとを背負うのは次期市長だろうね。そうしてもらいたいものだ」
市長は念押しするように続けた。「とにかく、内密に処理するんだ。この奇妙なアバター殺人事件は、悪質ないたずらとして報道各所へ発表してくれ」
「ええ、承知いたしました」




