放振"Horrible"
シドニー・ラリエ曰く、音楽とは言葉をさがしている愛である。
ゆっくりと振り返った私の背中に、音が降り積もっていた。
その音には、形があった。形のある音とは奇妙な言い回しだが、私はそれを確かに“触れられる”ものとして感じていたのだ。
それは、足音だったのかもしれないし、誰かの咳払いだったのかもしれない。あるいは、もっと遠い昔に失われた誰かの嗚咽だったのかもしれない。
放たれた音が、私にまとわりついていた。
振動のような、振動ではないような、無限の残響だった。
駅の階段を一段ずつ降りるたびに、私はそれを背負っていた。
誰もいないホームに降り立つと、風が吹いた。風が吹いたはずなのに、髪の毛一本すら揺れなかった。
それなのに、私の鼓膜の奥だけが強く震えた。
振るえるのは、あなたの中の誰?
そう囁いたのは誰だったか、わからない。
たぶん私だ。きっと私ではない。
私はかつて、誰かを許さなかった。
あるいは、誰かを許したふりをして、自分を赦してしまった。
振りほどいたつもりの手の感触が、いまだに指の隙間に残っていた。
この場所には、かつて、会話があった。
ふたりぶんの声が、交差し、衝突し、微妙に逸れながら、やがて空気に溶けていった。
その残滓が、今日もここに浮遊している。
私はポケットから小さな鈴を取り出す。
それは、彼女が最後に私に投げつけたものだった。音を鳴らすためではなく、沈黙を壊すために。
けれど私は、その音を鳴らさなかった。
音を鳴らすことは、時間を再生させることだから。
私はその再生を恐れた。恐ろしかった。だから、放置して、震えるふりをした。
もう、震えていいよ。
今、その声だけが、耳元で確かに言った。
やわらかいけれど、揺るぎなかった。冷たいのに、温かさを知っている声だった。
私は、指先で鈴を鳴らした。
ちいさな音が、宙に放たれる。
音が空気を打つと同時に、私の背中にまとわりついていた全てが、細かく砕けて剥がれ落ちていくのがわかった。
まるで雪が降った後の朝にだけ感じられるような、誰も知らない振動が、あたりに広がっていく。
恐ろしいのは、音そのものではない。
振りほどいたつもりの感情が、いまだに自分の一部として震えていることだ。
ドビュッシー曰く、芸術とは、最も美しい嘘のことである。




