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21.漆黒の女王

 キースに入国してすぐ、ティリスが忽然と姿を消した。


 ちょっとした迷子かと思ったが、数日探しても見つからなかった。


 アイルと2人、町中を駆け回って人々に聞き込みをした結果、ようやく得られた手がかりは「それっぽい人が城に向かっていった」という情報だった。


「――どういうことだろうね」


 歩きすぎて足が痛い。クリーニングと靴磨きのスペシャリストとはぐれたせいで、制服もローファーも薄汚れてJKにあるまじき姿になっている。


「ぼくにもさっぱりだ」


 探し疲れ、途方に暮れたアイルは、いつものキラキラ度が2割引きぐらいになっている。20%オフ。それでも元が高値なのでまだ輝きは失われていない。


「忠臣ティリスのことだから、アイルの手を煩わせずにフライングで同盟しちゃってるのかな」


 ぼやきながら歩いているうちに城に着いた。


 門番をしていた兵士に用件を伝えると、ここ最近の同盟ラッシュのニュースを耳にしていたらしく、王への謁見を確認してくれるとのことだった。


 小部屋に通され、しばし待つ。


 暇つぶしに素振りをしたいのは山々だが、部屋のあちこちに高価そうな調度品が置かれているのでやめておいた。壊して弁償とかなったら大変だ。


 バイトして払います、で済めばいいが――私の時給じゃ一生タダ働きさせられそうな調度品ばっかりだ。


 やがて、侍女が迎えに来て、玉座の間に通される。


 そこで待っていたのは、漆黒の髪と真っ赤な目を持つ女王だった。この既視感は何だろう、と思っていると、玉座の陰から1人の人物が出てきた。


 それは、見知った顔――。


「「ティリス!?」」


 私とアイルの声が重なる。それは、見間違うわけもなく、ひとつ屋根の下で寝起きしているイケメンの姿。女王とよく似ている。


 アイルが警戒するように私の前に立った。小さな背中が頼もしい。


「ようこそ、エルドロウの王。そして勇者殿」


 女王の涼やかな声が響く。


 そして、ティリスが一歩前に出た。


「アイリ、隠していてすまなかった。俺は、この国の――」


 語尾がモゴモゴして聞き取れなかった。


「え、なんて?」


「この国の――王女なんです」


 耳を疑った。超絶イケメンが女子だったばかりか、王女だったなんて。「俺は王女です」って文法合ってる? 国語で習った言語?


「スパイのようなことをして、すまなかったと思っています」


 ティリスが続ける。


「いや、「ようなこと」じゃなくて、まごうことなきスパイでしょ」


 スパイってイケメンが多いよね。ショーン・コネリーしかり、トム・クルーズしかり。だから、ティリスがスパイってのも納得できちゃうかも。


 脳内はスパイという単語で混乱していたが、口はちゃんと反応できている。私の脳と口は別々に機能しているらしい。


「それで、これ、どういう状況?」


 アイルの背中越しにティリスを見つめる。睨んじゃダメだ、睨んじゃ。


 ティリスは困ったように女王を見る。女王は穏やかに口を開いた。


「エルド湖の水には、美容効果があると聞いております。その力が欲しいのです」


 ここにも美容マニアいたー!


「そのためなら、懐柔でも、婚姻でも構わない。我がものにできるならば……」


 穏やかな声なのに、言ってる内容が恐ろしい。幼いアイルと婚姻とか。色仕掛け? 枕営業? ティリスが!?


「幸いにも、エルドロウの王は幼い。魔法の薬を使えば、簡単に落ちるでしょう。ティリスはそのためにエルドロウの王のもとへ送り込んだのです」


 待て待て待て。クスリ漬けにするとか、本気じゃないよね? 私はアイルの手を引いて自分の背中に隠し、ティリスを睨みつけた。


「ティリス……その話、ホントなの?」


 ティリスの表情がわずかに曇り、ゆっくりと口を開いた。


「初めてアイル様に会った日、アイル様は魔物に襲われていました。助けようとした私も、ケガを負ってしまい……」


 アイルが私の腰のあたりから顔だけ出してティリスを見る。その視線を受け、ティリスが続けた。


「それでも何とか魔物を追い払い、すぐにアイル様に魔法の薬を飲ませようとしました」


「ああ、そういえば……」


 アイルが頷く。


「アイル様は勘違いしたんです。「お前の方がひどいケガだ」って、その薬を私に使おうとした」


 ティリスの表情がますます曇る。


「私は問いました。「薬は貴重品です。王なのに、民に薬を与えるのですか?」と。すると、アイル様は迷いなく答えました」


 短い間をおいて、しぼり出すように続ける。


「国は、民がいないと成り立たない。だから民は大事なんだ」


 言いそう。この、こまっしゃくれた幼い王様なら言いそう!


「その時、私は初めて、疑問を抱いたんです。母の言うとおりに動くことが、本当に正しいのか、と」


 私はティリスから目を離さずに、続きを促した。


「それで、今は?」


「……わからない。ただ、アイル様を傷つけることはできない」


 ティリスの拳がぎゅっと握られる。その言葉に、私はほっと胸をなでおろした。アイルに危害を加える気はないみたいだ。


「そう、よかった。それならスパイでも王女でも関係ないわ」


 そう言った自分の声は、思いのほか明るく響いた。


 ティリスは一瞬泣きそうな顔になったが、すぐに無表情になり、女王の正面に歩を進めると、片膝をついて頭を垂れた。


「母上。私はやはり、アイル様を手にかけることはできません」


 ティリスの声は重く、震えていた。


「薬で心を奪うこともしたくないのです」


 女王はティリスを見つめ――そして、首をかしげた。


「心を奪う? なにそれ?」


 不思議そうに天井を見つめ、そしてポンと手を打つと、懐から小瓶を出した。中には茶色の液体が揺れている。


「もしかして、これ?」


「はい、それです。魔法の薬と伺いました」


「そうね。めっちゃ美味のシロップだけど、毒じゃないわよ?」


 ティリスは顔を上げた。私の方から表情は見えないけど、きっと「え?」って顔をしてるはず。だって私も同じ顔をしているから。


「これは……人心を操る薬では……」


「美味しすぎてイチコロってことよ。ほんとに操れるわけないじゃない、バカね」


 女王はくすくす笑っている。


「そんなものがあったら、とっくに全国統一してるわよ」


 ティリスは言葉を失っていた。こちらから顔が見えなくてよかった。イケメンの唖然とした顔も悪くないと思うけど、ティリスは見られたくないだろうから。


 その時、私の背中に隠れていたアイルが、ひょっこりと姿を出し、すたすたと女王の前に歩み寄った。


「エルド湖の水がなくても、あなたはすごく美しい。これ以上美しくなったら、夜空の星々が嫉妬して、空から落ちてきてしまうでしょう」


 幼い声に似合わないセリフ。どこで仕入れてきたんだか。お約束の古い文献だろうか。


 しかし、女王には刺さったようだった。アイルの言葉に女王の目が輝く。


「まぁ! なんて正直な子なの!」


 うわ、チョロいわ。


「きっと素晴らしい王になるわね。ふふっ、ぜひ同盟を結びたいわ!」


 うわぁ、チョロすぎる……。


 私とティリスは石のように固まったまま、言葉も出なかった。


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