20.同盟
悲鳴の直後。
「伏せろ!」
ティリスの鋭い声が響くと同時に、黒い影が天幕の隙間から飛び込んできた。
鋭い短剣がジュールを狙う。私が動くより早く、ティリスがジュールの前へ飛び出した。その手にはおなじみのおたま。もはや武器認定。
金属音が鳴り響き、短剣が弾かれる。私もバットを構えてアイルを守れる位置に立つ。武蔵坊弁慶ポジションね。
「アイル様!」
ティリスの叫びに振り向くと、反対側からアイルを狙っている刺客がいた。
「くそっ……!」
しまった。乙女らしからぬ言葉が出ちゃった! ――とか言ってる場合じゃなくて。
間に合わないと判断した私は、やり投げの要領でバットを投げつけた。うまいこと刺客の肩口に当たる。
「ストライク!」
やるじゃん、私。
「邪魔をするな!」
刺客が不気味な声を発した。
「お断りよっ!」
素早く足元に転がったバットを拾い、構え直す。いいタイミングで剣に変化している。ついでにアイルも拾って背中に隠した。
「ティリス!」
アイルの叫びと同時に、ティリスがもう1人の刺客を蹴り飛ばす。
刺客たちは勝ち目がないと察したのか、来た時よりも俊敏な動きで去って行った。
――静寂。
私は息を整えながらジュールを振り返った。その顔には未だ緊張が残っていたが、目には安堵が浮かんでいるように見える。
「美しいだけではなく、強いのだな」
私に言ったのかと思ったが、さもありなん。推しを見るような目でティリスを見ていた。ま、だろうとは思ったけど。
「しかし――我が国とクレイズの同盟を良く思わない者どもがいるのだろうか」
アイルが転がったイスを起こし、座り直しながら言った。1つだけステップ付きの子どもサイズのイス。ちょこんと座る姿はかわいらしいが、目つきは鋭い。
「そのようだな。私と貴公を亡き者にしようなどと……」
ジュールも元の席に座りながら呻くようにつぶやく。アイルに感化されたのか、なにげに目つきが鋭い。王の目つきのスタンダードなのだろうか。
「それで、ジュール殿。いかがいたしますか?」
主語がないアイルの言葉に、ジュールはにこりと笑った。
「命を救ってもらって感謝しないわけにはいくまい。私は恩知らずではない」
ジュールの真剣な眼差しがアイルに向けられる。
「エルドロウとの同盟を望む」
アイルは短く息を吸い込むと、にっこりと笑った。破顔一笑とはまさにこれ、という表情にその場にいた全員がほんわかした気持ちになる。
「ありがとうございます。ありがたくお受けいたします」
クレイズとの同盟は素直に嬉しい。これで、アイルの安眠を邪魔する刺客も来なくなるってことだよね。
「その言葉、こちらも嬉しく思う」
ジュールは満足げに頷いた。直後、表情から緊張が消えた。
「それにしても、余計な荒事のせいで肌が乾燥して仕方がない……」
ジュールが深いため息をつく。
アイルがきょとんとする。いや、アイルだけじゃない、私もティリスも何を言い出したのかときょとんだ。
「……」
ジュールは先ほどまでの威厳ある顔つきとは打って変わって、袖から小さな鏡を取り出し、真剣そのものの様子で自分の顔を見つめている。
「先週、砂漠に出向いたせいか……行かなきゃよかったな……」
そして、ふと目を上げると、卓上の瓶に目を留めた。
――エルド湖の水。
刺客に襲われてドタバタしても倒れずにいた瓶。なかなか重心がしっかりしてるじゃないか。
「それ、ちょっともらえるか?」
「もちろんです」
どうぞ、とアイルが瓶を差し出す。
ジュールは瓶を受け取ると、中の液体をためらいなく顔にびしゃがけした。
「あ……」
肌に馴染ませるためにはスポンジを使った方がいい、と言おうとしたが、そんな都合よく持っているわけないかと思い直し。
「うむ、少しはマシになった」
いや、どう見ても雨に濡れた子犬のようにびしょ濡れだ。
そこで思い出した。
――メー太。
羊毛の一部をまだポケットに入れたままだった。ふわふわもこもこの毛のかたまり。
「ジュールさん、こちらをお使いください。肌に馴染みますよ」
メー太の毛玉をぎゅっと握り潰してジュールに渡す。ポケットのゴミが付いてないかと心配したが、まあ大丈夫そうだ。
ジュールは慎重に受け取ると、エルド湖の水を浸して顔をパフパフした。
「おお……これはすごい! しっとりするな!」
目をキラキラさせて喜んでいる。王の威厳は冬眠に入ったらしい。
「乾燥が気になってたんだよねー」
はしゃぐジュールに、心の中で「わかる」と頷いた。
隣で見ていたキャプテンがぼそっと呟く。
「まあ、男でも普通にパックするしな」
こうして、エルドロウとクレイズの同盟は、やたらと和やかに落ち着いた。
***
大広間に集まった人々が静かに見守る中、ジュールが高らかに宣言した。
「本日より、クレイズとエルドロウは同盟を結び、共に未来を築くことを誓う」
エルド湖の美容効果でお肌の調子が良くなったのか、やたら自信満々に顔を上げてアピールしている。誰が王様の肌ツヤに注目するというのか……。まあいいけど。
場内に拍手が響いた。ドームのライブにアイドルが登場したかのような拍手。音響が良いな。
拍手の中央にいるのはジュールとアイル。
緊迫感のある空気の中、堂々と立ち振る舞っているアイルの幼い姿を見て、ちくりと胸が痛んだ。
こんな小さな子が、あの鳥人間のせいで危険な目に遭いながらも、こうして他国との同盟を結ぶことができたなんて。
まあ、私の働きも半分――いや、8割ぐらいあるけどね。
同盟の宣言が終わり、大広間を出たところで。
「えらいぞ、アイル」
頭をわしゃわしゃとなでる。金の巻き毛がやわらかく指に絡んだ。
「ぼくを子ども扱いしすぎだ」
ふくれっ面で見上げられる。
「ふふ。だってまだ子どもじゃん」
「将来、アイリの好きな『いけめん』とやらになるかもしれないじゃないか」
「はいはい。何年かかることやら」
かわいくてますます頭をなでくりまわしてしまう。弟というかペットというか、なんとも言えない愛おしさがある。
「そのときまで待ってろ」
ボサボサになった髪を気にすることなく、青くて大きい目が真っ直ぐに私を見上げている。
「期待してます」
何だか自分の方が子どもっぽいことをしているのが恥ずかしくなり、慌てて手を放してそっぽを向いた。
――そして。
クレイズとエルドロウの同盟が結ばれたというニュースは、あっという間に全世界に広がった。
ほどなく、ココスからサシャ、ケセラから耳と鼻――ミミとハナの双子がやってきて、それぞれの国に赴き、すんなりと同盟が結ばれた。
直後、他国の動向を注視していたカーラからも使者が訪れ、「クレイズが落ちたなら、戦う理由はない」とのことで、こちらもすんなりと同盟が結ばれた。
これで、周辺5か国のうち4か国との同盟が結ばれたことになる。
最後に残ったのは――キース。
ティリス曰く「何を考えているのかまったく読めない」国らしい。
それでも、この流れを止めるわけにはいかない。
私たちは勢いに乗ってキースへ向かった。




