76話 奇跡再び
全員で建物の外に出ると集落中の人たちが集まってきたようで大変な騒ぎになっていた。
子どもたちはすっかり元気になり、それぞれの家族と喜びを噛みしめている。
彼らはプラティナに気が付くと、口々に感謝の言葉を告げてきた。
クルトなどは何故か号泣していて、手がつけられないくらいだった。
各々話したいことはたくさんある様子だったが、お腹が空いた子どもたちを待たせるわけにはいかないとその場で炊き出しがはじまった。
ヤギのミルクから作ったチーズに硬いパン、野草のスープなど質素なメニューではあったがみんなで食べると美味しく、子どもたちの笑顔が何よりの調味料になってくれた。
お腹いっぱいになった子どもたちは回復した安堵から眠たくなったらしく、食事の片付けをしている間に船をこぎ出した。
早く家に連れ帰って休ませてやりたいという彼らを見送ってしまえば、その場に残ったのはアルマンをはじめとした数名の大人と、ゴルド達、そしてプラティナたちだ。
「本当になんとお礼を言ったらいいか」
アルマンが瞳を潤ませながら何度目かになる感謝の言葉を口にする。
もう十分だと言っても言い足りないと言われてしまうと対応に困ってしまう。
「すごいですねプラティナ様!」
「クルトまで……恥ずかしいからそろそろやめてください。私は私にできることをしただけですから」
「いやいや。僕たちがずっと手を尽くしてもどうにもできなかった青銅病を一瞬で治癒するなんて」
「そうだとも。我々にできたのは、子どもたちの体力を維持するだけだった」
「でもさぁ、あの病気って結局何だったの?」
しみじみとしている中、ノースが何気なく呟く。
「今回はプラティナちゃんがいたからいいけど、これから先も子どもたちが青銅病にかかるのを考えたら対策はしておきたいでしょう」
「そうだな。毎回プラティナがここに来れるとも限らない」
現実的なアイゼンたちの言葉に場の空気がずんと重くなる。
「病の原因はずっとわからないままなんです。この谷で希に発生することと、かつて生育していた薬草があれば自然と回復することしか」
「我らもいろいろ調べてみたがまったく謎だった」
アルマンもゴルドも手は尽くしてきたのだろう。
確かにアイゼンたちが言うとおり、今回は助かってもこれからの対策はとっておかなければならない。
「そのことなんですが、子どもたちを治癒していて気が付いたことがあります」
「……! そ、それは何ですか?」
「私はこれまでいろいろや病を癒やしてきたんですが、あんな症例ははじめてでした」
「君でも見たことがなかったのか」
「はい。でもだからこそわかるんです。あれは正確には病ではないと」
「病ではない?」
アイゼンとノースがまったく同じ顔をして首を傾げた。
だんだん似てきた二人の姿を微笑ましく見つめながら、プラティナは鞄の中にいるアンバーに声をかける。
「アンバー、ちょっと協力してくれる?」
『いいよ!』
周りを怖がらせてはいけないと鞄の中にいてくれたアンバーを外に出す。
ゴルドやアルマンは驚きつつも、プラティナがすることを黙って見守ってくれるようだった。
小さな羽根を羽ばたかせ空中をくるりと回ったアンバーは鼻をヒクヒクさせながら周りを見回している。
「アルマンさん、この集落の水源はどこにありますか?」
「え、ええと……奥に湧き水が。そこからくみ上げています」
「案内してください」
「はい!」
案内されたのは集落の片隅にある小さな井戸だった。
井戸の周りは切り立った崖になっており、聞けばここを開拓した時に掘り出してからずっと使っているのだとか。
アイゼンに水を汲んでもらい手持ちの大鍋にそれを満たす。
「アンバー、水分を飛ばしたいから火をお願い」
『はーい!』
ごおっと音をさせてアンバーが口から火を吐き出す。
鍋の中にあった水はみるまに蒸発して、鍋の中は空になった。
「あ、やっぱり」
鍋を覗き込んで頷けば、アイゼンが隣から覗き込んでくる。
「何だ? 空……ではないな。何だこれは?」
「たぶんこれが子どもたちの症状の原因です」
鍋のそこにはほんのわずかだが青い色の砂が残っていた。
「子どもたちの身体は、何らかの不純物が溜まっていたような状態でした。私がそれを押し流してあの子たちの身体を癒やしたんです」
「不純物……?」
「たぶんですがこれは何らかの鉱石なのではないでしょうか」
「あ、そっか!」
ノースが大きな声を上げた。
「似たような話を知ってる! 金属の混じった水を飲んで肌の色が変わった奴がいるって」
「で、でも症状は子どもにしか出ないんですよ!」
アルマンは自分たちが使い続けている水源が原因だとは認めたくないようだった。
「子どもは何もかもが未熟だ。大人は平気でも子どもにだけ症状はあらわれる病は多い。おそらくだが、この水を飲みはじめてから徐々に体内に金属が溜まりはじめあの年頃で発症するのだろう。発症しない子どもは金属を体外に出す器官の成長が早かっただけ、と考えれば筋が通る。赤子が発症しないのは水ではなく乳を飲んでいるからだろう」
「そんな……」
「今はなくなったという薬草はこの金属を押し流す作用があったのかもしれません。薬草の中には体内の循環作用を強めるものもありますし、金属と結びついて排出させる成分があったのかも」
(もしかしたら薬草が育たなくなったのも水に含まれていた金属の影響で土壌が変化したから?)
そんな考えが頭をよぎるが、言ってしまえばアルマンを更に追い詰めることになりかねない。
だが、それが正しいのならばいずれここは何も育たない不毛の土地になってしまうだろう。
「我らはこれからどうすれば。この水を使わないわけにはいきません」
「アルマン殿……」
その場に座り込むアルマンをゴルドが慰めるが、表情はうつろだ。
生きるために必要な水が原因だったとわかったのだ、当然だろう。
「まさか水が原因だったとは……大人には無害でも子どもには毒。思い付きませんでした。よく気付かれましたね」
「実は状況は違うんですが、水が原因で起きた不調に遭遇したことがあって」
興奮するクルトに苦笑いしながら、プラティナはちらりとアンバーを見る。
隣ではアイゼンも肩をすくめていた。
あの時からずいぶんと遠くにきたものだ。
「だからまず水を疑ってみようって。さっき食べた食材は一般的なものでしたし違和感もありませんでしたから」
「食物もこの水を使って育てているのだろう? 影響を受けていると考えるべきだろうな」
「そんな……子どもたちの病がやっと治ったというのに」
喜びも束の間。
そんな雰囲気になりかけたところでプラティナはぱんと両手をたたき合わせた。
「私にまかせてください!」
「おい。まさかまたあれをするのか?」
アイゼンが思いきり渋い顔をする。
プラティナが何をしようとしているのか察してくれたらしい。
「はい。今の私はあの時よりもずっと力が強くなってますし行けると思うんです」
「……くれぐれも無理はするなよ」
「止めないんですか?」
てっきり叱られると思ったのに酷くあっけなく許されてプラティナは大きく瞬く。
「止めたところで君は聞かないだろう?」
にんまりと笑うアイゼンに心臓がドキリと高鳴る。
「さっさと終わらせて、倒れた君を回復させた方が早い」
「今回は倒れませんよ!」
「ふうん? ならお手並み拝見といこうか」
すべてわかった顔のアイゼンに少しだけ頬を膨らませながら、プラティナはその場に膝を付き祈りを捧げるように両手を重ね合わせた。
これからすることは治癒や浄化とは違う。
だが、理屈は同じだ。
(この水、そして土地に溜まった金属を分離させてね)
頭の中でイメージを固めていけば身体がそれに必要な力を生み出していくのがわかった。
できる。そんな確信が心を満たす。そして、プラティナから地面に力が流れ込んでいく。
地面に散らばった金属たちそして水源の奥に眠る鉱脈の姿が頭の中にはっきりと浮かんだ。
(一箇所に集まって)
そう働きかければ、すべてが移動していくのがわかる。
井戸の周りにある崖にそれらが集まっていき、そして。
「おお!」
誰かが声を上げたのが聞こえた。
ゆっくりと目を開ければ、目の前が鮮やかな青銅色に染まっているのがわかる。
「奇跡だ」
アルマンの呟きが静かに響いた。
井戸の周りにあった切り立った壁のほとんどが青銅色になっている。
「水源と地中にあった金属をすべて崖の表面に集結させました! これでまた薬草も生えてくるはずですよ!」
疲れはしたが倒れるほどではない。
むしろ意識を集中させ、力の使い方の精度を上げることができたので、消費した力はほとんどない。神経を使って気疲れしたというのが一番だろう。
「こんな、ことが」
「頑張りました」
唖然とするゴルドに微笑みかけてみせれば、後ろにいたアイゼンがプラティナの髪をくしゃりとかき混ぜた。
「頑張ってできることじゃないんだ普通」
「そうだよ。聖女様、何でもアリすぎじゃない?」
「駄目でしたか?」
「駄目って言うか……ねぇ?」
「そうだな。まあプラティナのすることだ、しかたない」
「どういう意味ですか!」
何故か呆れ顔のアイゼンとノースの態度が納得できずにいると、うおおん、と大きな泣き声が響いた。
見ればアルマンが地面にうつ伏せるようにして大声で泣いていた。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。あなた様は聖女……いや、救世主だ」
なんだかとんでもないことを言われている気がする。
そんなたいそうな者じゃないと否定したいのに、アルマンはこちらの話を聞く気配がない。
「この青銅を使ってあなた様の像を建てさせてください。この集落を救ってくれた奇跡の聖女として生涯守り伝えます」
「えっ、ちょっとそれは……」
「いいじゃないか。記念に作ってもらえ」
「アイゼン!」
「すごくいいと思うよ」
「ノースまで!!」
『ボクも見たい』
「アンバー!」
誰も止めないことに脱力しているとアルマンは「絵のうまいものを連れてきます」と走っていってしまった。
「プラティナ様」
「ゴルドさん、アルマンさんを止めてください」
「いいや無理でしょう」
「そんなぁ」
がくりと項垂れていると、ゴルドが声を上げて笑った。
その笑い方は豪快なのに何故か心地良く感じる。
「あなたは本当にすごい方だ。龍の巫子であったクリスタでさえこんなことはできなかった」
クリスタと呼ぶ声に混じる深い愛情に胸が震える
彼は本当にプラティナの母の父なのだろう。
「あの」
「何だい?」
「お母様のこと、あとで教えてくれますか?」
おそるおそる口にすれば、ゴルドは少し目を丸くしてからすぐに優しく微笑んだ。
「ああもちろんだ」
嬉しそうに頷くゴルドと向かい合いながら、プラティナはずっと前に失った大切なものを見つけたような気持ちになっていた。





